バンドサークルのクリスマス

猫田パナ

バンドサークルのクリスマス

「今日なにげに、クリスマスイブじゃね?」


 龍太に唐突にそう言われて初めて、私はその事実に気づいた。


「あー。今日って24日? 24日がクリスマスイブなんだっけ?」


 正直私はクリスマスが何日なのかさえも、よく覚えていない。12月の23~26日のどれかだった気がする、くらいのおぼろげなイメージしかない。


「は? 嘘だろ? クリスマスが何日なのかも知らないわけ?」


 龍太は驚いた顔をしている。クリスマスが何日か知らないことでそんなに驚かれるとは思わなかったな。

 だって私、仏教徒だし。あ、でも神社にもお参りするからそうすると神教……神教徒? 神教を信じている人のことって何て呼ぶんだっけ?


「朱音(あかね)ってほんと、ボーっとしてるよな……」


 言いながら、龍太は伸びをした。そしてドラムセットの向こうから出て、こちらに向かって歩いてくる。


「もう休憩?」


 私がそう聞くと、龍太はあくびしながら言った。


「わりぃ、ちっと眠いんだ。昨日のバイト、夜勤だったしな。自販機で飲み物買ってくるわ」


「なら、私も行く」


 私はギターを降ろして、スタジオを出る龍太の後についていく。





 スタジオのある課外活動棟から外に出る。もう冬休みに入っているから、大学の敷地内に人気はまばらだ。

 冬休みになると実家に帰省する子が多いけれど、私には帰省の予定もなくて暇だったから、なんとなくギターを背負って学校まで来てしまった。


 私はバンドサークルに所属している。大学のサークルに加入して良かったことは、この課外活動棟のスタジオが無料で使用できること。

 それも普段なら使用したい生徒の予約が結構詰まっているのだけれど、今日はほとんどガラ空き状態だ。クリスマスイブにまでスタジオで練習しようと思う生徒は少なかったのかもしれない。


 一人で練習してもいいと思っていたけれど、偶然同じサークルの龍太に出くわして、それで二人でセッションをすることになった。

 

 普段はバンドのコピーばかり練習しているから、セッションはとても楽しい。自由に音楽を楽しめている感じがするし、相手と言葉ではないもっと奥の部分で交流できるような不思議な感覚を味わえる。


「朱音、まだ何買うか迷ってるわけ?」


 既に買った缶コーヒーを飲み始めている龍太に言われ、私は「うーん」と生返事をしながら商品ボタンを押した。

 出てきたのは、真っ赤なラベルの貼りついたコカ・コーラのペットボトルだった。


「寒くね? コーラ」


 そう言う龍太に私はコーラを突き出して見せながら言った。


「赤くて、クリスマスっぽい」


「まあ……な」


 ペットボトルのキャップを開け、コーラを喉に流し込む。そして噎せる。

 私は炭酸飲料が苦手だ。それなのにコーラを買ったのは、本当に、ラベルがクリスマスっぽいと思ったから。ただそれだけだ。


「お前って変な奴」


「そう」


 変な奴、って言われても、喜んでいいのか怒った方がいいのか残念に思ったほうがいいのか、わからない。狙って変な奴をやっているわけでもないし、でも世の中で「変な奴」って言われる人たちが嫌いなわけでもない。むしろ、好きなことの方が多いかな。


 龍太は変な奴かなあ、と考えてみる。バンドをやっているしピアスもしてるし服装は黒づくめなことが多いけど、ちゃんとパン工場でバイトも出来ているし、飲み会の幹事も出来るし、色んな人と仲良く出来るし、変な奴ではないかな。


「龍太はそんなに変な奴じゃないよ」


 試しにそう言ってみたら、龍太はショックをうけた顔をしていた。


「そうか……俺って普通か」


「まあ、普通かはわからないけど」


 龍太は自分の黒いブーツを眺めながら悲し気な顔をしている。よくわからないが、もっと別の言葉をかけたほうが良さそうだ。


 うーん、龍太のイメージねえ。


「……さっきセッションして、私と合うなって思った」


 正直なセッションの感想を投げかけてみる。すると、みるみる龍太の顔色は明るくなり、嬉しさを噛み殺したような笑顔をこちらに向けてきた。


「それは俺も思った」


 ホッとして、私はもう一度コーラに口をつける。わっ、また噎せそうになった。炭酸飲料ってどうやって飲めばいいんだろう。コーラの味は好きなのにな。でもコーラから炭酸が抜けちゃったらきっと、コーラの魅力がなくなって飲む気のしない液体になるんだろうな。


「戻ってもう一度セッションしよ?」


 私が誘うと、龍太も頷いた。


「おう。ちょっと喫煙所で一服してからすぐスタジオ行くから、先戻ってて」






 スタジオに戻ると、同じサークルの金田先輩が私のギターを掻き鳴らしていた。


「あーわりぃ、朱音ちゃん! ギター借りてたわ」


「よく私のってわかりましたね」


「さっき龍太と二人でスタジオから出ていくのが見えたからさー。二人でセッションしてたんだろ? 俺も混ざりてーって思って、一人でここで弾いてたわ」


「そうですか」


 勝手に人のギター弾くなんて、ちょっと失礼だと思う。それに私よりギターが上手いだけに、なんかムカつく。

 心の中のモヤモヤを抱えたまま、とりあえずキーボードの前に立ってみる。そして金田先輩のギターと私のキーボードでセッションを始めてみる。


 さっきと、全然違った。心が交わらなくてざわざわする。なんて自分勝手なギターなんだろう。趣味も合わない。

 お互いの違った個性が尖り合って、まるで喧嘩をしているみたい。


 私は途中で弾くのをやめた。


「あれ、朱音ちゃん、もう終わり?」


 そう尋ねる金田先輩に、私は答えた。


「すいません、今日は用事があって、もう帰らなきゃなんです」


「そうだったんだ。ごめんねー、ギター勝手に奪った上セッションに付き合わせて」


「いえ……」


 金田先輩はすぐにギターを降ろして私に手渡してくれた。

 わかっている。金田先輩はそんなに悪い人じゃないんだ。

 でも、私とは合わない。


 ギターケースを背負い、私は課外活動棟から出た。

 するとそこに、龍太が立っていた。


「あれ? もう帰るの?」


「うん……」


 龍太の顔を、まじまじと見つめる。

 さっき金田先輩といた時と違って、龍太といると安心している自分に気づく。

 龍太といると心が穏やかになる。

 本当はもっと龍太とセッションしていきたかったのにな。それが心残りだ。


「龍太はさ」


 私がそう言うと、龍太は少し緊張した面持ちで「うん?」と言いながら、真剣な目で私を見つめた。

 私の心のうちを、私の瞳の中から何とか見つけ出そうとするみたいに。


「龍太は、変な奴を、丸く包み込む奴だわ」


 さっきまで、なんで変な奴の私と、そんなに変じゃない龍太のセッションが合っていたのか、わからなかった。

 でもなんとなく今わかったのだ。どうして龍太と私が合うのか。


「俺は……豚まんの皮か?」


 そう言いながらも、龍太は楽しげに笑った。私の言葉を悪くは思わなかったらしい。そのことが、私も嬉しい。


「冬休み、龍太は実家帰らないの?」


「帰らないもなにも、俺の実家、ここから電車で二駅だからな。毎日帰ってるよ」


「そうだったんだ」


「冬休み中は暇なんだよなー。パン工場のバイトも、年末年始は休みだし」


「じゃあ、また一緒にスタジオ入らない?」


 勇気を出してそう誘ってみる。どうかな。私みたいな下手なギターとじゃ、龍太は嫌かな。

 龍太はドラムが上手いから、他のバンドからも引く手あまたなのだ。

 だけど龍太はやっぱり、嬉しそうにしてくれた。


「入る入る。てかさー、朱音と曲作ったらすげーいいの出来る気がするんだよな。オリジナルやらねー?」


 それからどんな音楽をやりたいかで、私たちの話は盛り上がった。

 話が長くなってきたから、近くの中庭のベンチに移動する。

 中庭にはクリスマスツリーを模したイルミネーションがピカピカと光っている。


 それを見て龍太が言った。


「俺らくらいだな、クリスマスなのに恋人もつくらずに、イルミネーションの前で音楽の話してる奴とか」


「クリスマスに彼氏つくるより、私は全然こっちのほうがいいけど」


 率直な感想を述べたら、龍太は顔を赤くした。


「は? お前、何言って……。いや、まあいいか……でも……」


 それから龍太はなにかもごもご言っていたけれど、私はイルミネーションに見とれていてあまり話が頭に入ってこなかった。


 私はお寺にも神社にもお参りするし、クリスマスが何日かさえ覚えていないけれど、クリスマスは嫌いじゃない。

 特に今日は良いことがあったから、素敵なクリスマスになった、と思えた。このピカピカ光るイルミネーションは、まるで私の気持ちを表しているみたい。


「メリークリスマス」


 私は空を見上げながら、この世界と龍太に向けて、呟いた。

 

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