第7話 マティーファと新ギルドと謎の客人


 》


 その報せは、私が執務室で仕事をしている際、唐突に舞い込んできた。


「ドゥーンが新しいギルドを?」


「はい……」


 それは、数日かけて行った、各種公共機関への挨拶周りもひと段落し、改めてドゥーンの仕事の再割り振りを行っていた、午前中のことだった。


 その報せを、私の執務室の西窓から直接伝えにきてくれたのは、一年ほど前に「黄昏」に加入した、身長三十センチほどの、妖精種の女の子だ。


 多くの妖精種の例にもれず、魔術式の扱いに優れる彼女は、特に自己を対象とした補助系術式に長けていた。


 戦場において大規模な攻撃術式を展開し、また他者を助ける連携を華とするのが、術師という戦種だ。

 それがゆえにこの妖精種の女の子は、他のギルドで少々不当な立場を強制されていたのだが、私が見るに、その認識は間違いだった。


 己を強化する術式は、つまりは生存能力の高さにつながる。

 加え、妖精種としての身のこなしと、文字通り「自然と会話をする」能力を駆使すれば、この通り、貴重な情報収集員として彼女が機能してくれるのは、自明の理だったのだ。


 ついで言えば、私に恩義があるこの妖精種は、ギルドの中でも特に私に忠実だ。そこのところも都合が良かった。


 妖精の女の子が言う。


「どうやら、ドゥーン・ザッハークは、ノエルちゃんと一緒に、ギルドを抜けたその足で新ギルド申請に向かったそう、です……。それが受理されたのが当日。通常与えられる準備期間もすっ飛ばして、審査を受けたのが三日前。そして今日の朝一で、その結果が正式に認可されたそう、です……」


「なんてめちゃくちゃな……」


 通常、新たなギルドの設立申請というものは、マスターの身辺調査など含めて最低一週間以上はかかる。

 加え、設立審査というものは、場合によっては一月以上もかけてギルドの適性を図るものであるため、合計で三ヶ月以上もかかる、ということも、珍しくはないのだ。


 そこのところをどうクリアしたのか──とも思ったが、あの男のことだ。何か卑怯な手段を用いたのだろう。


「しかし、ノエル・ザッハーク、ねぇ……確かに、あのドゥーンがギルドを作ろうと思ったら、彼女が必要不可欠だったろうけどぉ……」


 それでも、この速度、この手際の良さは異常だ。

 いかにドゥーンが、この五年をかけ、各局とのコネを形成していたのだとしても、それで通過できるほど、解決能力審査は甘くないはずなのだ。


 だとすればやはり、ノエルが鍵、なのだろうか。


「やっぱり彼女まで出ていってしまったのは、想定内とはいえ正直痛いわねぇ……」


 ノエルは、兄であるドゥーンに(心底信じがたいことに)心酔している。

 ゆえに、ドゥーンを追い出そうと、トワイライトにセクハラ告発文書を届けた際にも、できればノエルはギルドに残したい、という旨を相談していたのだ。


 しかしトワイライトが言っていたのは、


『それは心配ない。彼女はギルドに残るだろう』


 とだけ。


 それで結果、ノエルも出ていってしまったのだから、こちらとしては困惑するばかりである。


 ……あそこまで自信満々におっしゃるので、大丈夫だと思っていたのだけれど……うまくいかないものねぇ……。


 加え、ドゥーンが追放処分となって以来、トワイライトはろくにギルドに顔を出さなくなっていた。

 否、一日に一回くらいは顔を出すのだが、こちらが声をかけようとしても、「すまない、野暮用が済んでなくてな」と言って、どこかへと出かけて行ってしまう。


 おかげで、こちらはドゥーンがやっていた仕事の引き継ぎや割り振り、新たな職員の募集などを一手に引き受ける羽目になり、てんてこまいなのだ。


 ……大体、書類仕事はまだしも、新メンバーの募集・面談などは、ギルドマスターとしての仕事ではなくてぇ?


 無論、自分でなくてもこなせる仕事は、己を慕うメンバーなどを中心に、適度に割り振っている。


 しかし、「暮れずの黄昏」は、末端まで含めれば、100人をも悠に超える大規模ギルドだ。

 その全ての任務状況や戦闘訓練、物資やシフトの融通など、多岐にわたる仕事を全てこなし続けるのには、やはり専門の事務職員の採用が、必要不可欠なのだと思えた。


 ……まぁ、新たな職員の選定ももう終わるのだしぃ? トワイライトが戻ってくれば、単純に手間は半分。どうにかなるわよねぇ。


 しかし、


「マティーファさぁん!」


 執務室の扉を蹴破る勢いで開け放ち、入ってきたのは、やはり己を慕ってくれるメンバーの一人である、茶色の髪を持った、人間種の女の子だ。

 戦種は闘気法。ポジションは遊撃手。

 戦場において、勇猛果敢に大型魔獣の攻撃を受け止める女の子は、しかし今、目尻に涙を浮かべて執務室に飛び込んできていた。


「あ、あ、あ、あのジジイ信じられません! こっちがせっかく持っていった手土産のタオルセットを、『うひょう! 女の子ちゃんが持ち込んだタオル!? とんだご褒美だね!』とかなんとか言って、その場で服を脱いで」


「あー、待って、待って。聞きたくないわぁそれ以上」


 情報局との密なやりとりは、他の前線都市の情報や、魔獣の討伐状況を得る上で不可欠である。

 ゆえにこの数日、あのクソジジイの元には都度人を送っていたのだが、色々省いて言うとこれで三人目であった。


 ……今度からは男性を送りましょう。というか、最初からそうしなかった私が馬鹿ねぇ……。


 子飼いの男性メンバーはそう多くないため、そのほとんどは進行中の討伐任務や、戦闘訓練に同行させている。

 あのクソジジイも、女性メンバーの方が御しやすいだろうとも思ったのだが、ここ数日、まともな情報のやり取りも、それどころか前任のドゥーンが依頼していた、いくつかの仕事の結果も、一切受け取れていないような有り様だ。


 ……あの男、あのクソジジイ相手に、どうやってまともに仕事していたのかしらぁ……?


 考えても栓なきことではあるが、そんなことに、数が限られたリソースを割かずにはいられない。

 未だ、我が思考の一角にあり続けるドゥーンという男の存在に、私はだんだんと、苛立ちを募らせつつあった。


 私はどうにか茶髪の女の子を宥め、妖精種の女の子といくつかのやり取りをして、それからようやく、本来の仕事に戻ることができた。


 扉を閉めた翼人の女の子の足音が、館の階段方向へと遠ざかって行くのを聞き、一息をつく。


 と、その時だった。


「もし」


 こんこん、と。


 開け放たれた扉を、右手の甲で叩きながら話しかけてくる、一人の少女の姿が、目に映った。


 少女が叩いていたのは、たった今、茶髪の女の子が閉めていったはずの、その扉だった。


 》


 ……は?


 その姿は、若い女性のものだった。


 少女、と言っていい風貌だ。

 スカイブルーの長髪と、同じ色の瞳を爛々と輝かせた、生気に溢れた雰囲気をまとっている。


 しかしその一方で、顔に貼り付けられた表情には起伏がない。

 整えられた形のいい眉は、自然なカーブを描き、すっと通った鼻筋と、引き締められた唇は、間違いなく美人の部類だが、そのどれからも、感情というものを読み取ることができなかった。


 服装は、どこか軍服めいた意匠を施した、黒の膝丈ワンピースだ。

 ポイント程度に施された金刺繍も、腰に刷かれた細剣も、軍人じみた印象に拍車をかけている。


 しかし、それらの特徴を差し置き、ひときわ際立つのが、


 ……灰色の翼……。


 少女はどうやら私と同じ、翼人種のようだった。


 》


 白系の翼は、神の寵愛を受けた証とされたため、はるか昔には、白翼の翼人を己が血に取り入れ、縁起を担ごうとする動きが、権力者たちの間で流行したことがあるらしい。

 しかしその結果は、ただいたずらに半端な色の翼を増やすだけにとどまり、白に劣らず珍しいとされていた灰色の翼を、市井に溢れさせる結果となったのだという。


 結果として、今の世で灰色の翼は、黒のそれと同じくらいありふれた色として知られている。

 要は、フツーだということだ。


 だが、それ以上に気になることがある。


「あなた……いつの間にそこにいたのぉ?」


 私は、これでも前線で現役を張る開拓者だ。


 魔獣の種類と能力は十人十色。常に奇襲や狙撃を警戒しなければならない現場も珍しくはないし、感覚のアンテナは常に張っている。

 ここ最近の話に限って言えば、それを超えてきたのは、言わずもがな私より格上のトワイライトか、幽鬼系の友人たちくらいの──いや、そういえば数日前クソジジイにやられたっけ。なんなんだアイツホント。


「ああ、驚かせてしまったようじゃの。すまんすまん」


 ……じゃの?


 えらく古風な言葉を落とした少女は、軍服めいた服装に、わざわざあつらえたような、うやうやしい仕草でお辞儀をした。


「わら……我の名は、レイ。レイ・ホープ。ゆえあってこの『暮れずの黄昏』を訪れたのじゃが、返事がなかったものでな。こちらから声がしたので、勝手ながら上がらせて頂いた所存じゃ」


 と、そのようなことを言った。


 ……レイ・ホープ?「希望の光」? どんなキラキラネームよぉ? そんで今、「わらわ」って言いかけたぁ?


 そうして言い直した結果が「我」なのが、なんとも間抜けな話だ。


 わらわ、も我、も、ついでに言うならジジイ語尾も、常識に当て嵌めるなら、まともな言葉遣いではない。

 そもそも勝手に上がった、というのも、誰か人が出てくるのを待てばいい話だ。

 それすらしなかったのは、よほど急いでいたか、それともよほど常識がないのか。


 どうにも、後者のような気がひしひしとしている。


「ああ、こ挨拶どうもぉ。私は、マティーファ・ギブソン。それで、ええと、ホープさん? いかに返事がなかったからといって、勝手に入ってきて、扉まで開けてくるのは、ちょっとぉ……」


「む。ああ、やはり失礼だったじゃろうか。いや、こちらから人を訪ねる、というのは、わら……我の人生の中でも、とびきりクレイジーな出来事なものでな。勝手がわからんかったのじゃ。まことに申し訳ない」


 そう言って少女は、また頭を下げた。


 ……どうにも調子が狂うわねぇ。


 何せこの少女、古風な喋り方の割に、妙に砕けた話し方をする。そのふたつが両立しているのもよくわからないことだが、とにかくなんと言うか──独特だ。


 喋りかたに似つかわしい、貴種らしい佇まいといえばそれはそうなのだろうが、今や王家の人間も、「元」貴族の係累も、王都に住んでいるか、さもなくば「前線都市」とその周辺を統治する、領主として据えられているくらいのものなのだ。


 ブルーフレアの領主は、翼人ではあるが、紛れもない純白の翼もつ本物のお偉いさんだ。

 と言うかそもそも、彼は見た目年齢40前後の男性なので、この少女は間違いなく違う。


 ならばなんなのだ、この少女は。


「ああ、まあ……勝手に上がってきたことは、もういいわぁ。それで? わざわざこのギルドを訪ねてきた、ってのは、どういった用件かしらぁ? 依頼であれば、団体にしろ個人にしろ、統括局を通す必要があるけれど」


「ああいや、そういうのではなくてな。ちょっと、人を訪ねてきたんじゃよ」


 ああ、と私は思った。

 これは、この展開は、市井に出回っているフィクション小説や漫画で、見覚えがある展開だ、と。


「ドゥーン・ザッハークという人物が、このギルドに所属しているはずなのじゃが」


「……いないわ知らないわ帰ってちょうだぁい!」


 何か私の叫び、オチ担当になっていやしないだろうかと、そう思わずにはいられなかった。

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