第8話 ドゥーンと武器職人と「明けずの暁」


 》


「じゃ、よろしく」


 そう言って俺は、広大な空間の中で何十人もの鍛治師が槌を振るっている、熱気漂うブルーフレア随一の「工房」をあとにしようとする。

 この場所には用事があってきたものの、長居をすれば、ムサ苦しい男どもの臭気が、俺たちの体にも移りかねないからだ。


「待てえ」


 しかし、そうは問屋がおろさない、とばかりに、こちらの進路を塞いできたものがあった。


 飛んできたハンマーだった。


「うおぅ! あ、危ねェなバカ! 当たったらどうすんだ!」


「当たんねえだろうがよう、おめえさんに限って」


 そう言って、言葉の主は、のそりのそり、と歩いてきて、恐ろしいことに地面に深々と突き刺さってしまった、二メートル超のハンマーを持ちあげる。


 それは、むしろハンマーの方が小さく見えるほどの恵まれた体格を、惜しげもなく熱気の中に晒す、浅黒い肌と立派にたくわえられた髭が特徴の、大男だった。


 ゴゾーラ・パドル。

 その名は、前線都市全体で見ても、一、二を争うほどの大工房、「紅蓮の釜戸」の創設者にして筆頭鍛治師でもある、人間種の男性を示すものだ。


 基本、技術を練磨した時間の量と、扱った武具の数こそが、ステータスとなるのがこの業界だ。自然、鍛治師として名をあげるのは、長命系の種族に偏ることとなる。


 しかしこのゴゾーラという男は、幼い頃に見たのだという、ある虹等級の剣に心を奪われ、その境地を目指し、走り続けた結果、わずか三十年足らずで今の地位を築くに至った、本当の意味での叩き上げ鍛治師だった。


 無論、開拓者にとって、武具の極みとは、強力な魔獣から出土する獣王武装である。


 しかし、そんな強力な獣王武装も、「最初の一本」に限って言えば、通常の武具を用いて討伐された魔獣から、出土したものであるはずだ。

 ここ前線都市における彼ら「鍛治師」とは、そんな、「獣王」と呼ばれる魔獣や武装に勝るとも劣らない「成果」を目指し、己を練磨し続ける、戦闘職とは違った意味での、英雄の巣窟なのだった。


 そんな鍛治師たちの筆頭、ゴゾーラが言う。


「てめえ、いつもいつも説明が足りねえんだよう。今はまだ構わねえけどよう、おっさんだって、こちとら普通の人間種、いつまで現役でいられるかわからねえんだからよう」


「俺だって人間だってェの。少なくとも俺が現役でいる間は、あんただって現役だろうが」


「それはおめえ……、それは、まあ、そうか」


 二メートル半もの身長を持った大男はそう言って、どうしてか納得させられてしまう。

 いや、同じ人間種だからと言って、普通に考えれば、もう五十過ぎになるあんたの方が先に引退しそうなもんだが。

 そのあたり、「自分が先に退くはずがない」と疑問も抱かず思っているのが、やはり世界一に迫る鍛治師たるゆえん、ということだろうか。


「んで、おめえ……コイツァなんだ?」


 そう言ってゴゾーラは、その体格に比べるとまるでナイフのようにも見えてしまう、一本の直剣を目の前に掲げる。


 それは、俺が今しがた、そのまま帰ってしまおうとする前に、ゴゾーラの前に放り出したものだ。

 つまりは、今回俺がこの工房まで足を運んだ、その理由となる武具だった。


 トワイから渡された、例の黒剣だ。


 》


 つい昨日まで俺とノエルは、統括局のギルド結成審査のため、はるか北西数百キロの地で、いつ終えるとも知らない魔獣狩りをしていた。


 当初の予想よりは早く終わったが、それでもまる二日以上をかけた大仕事だった。

 無論、人数がいればもっと早く終わったのだろうが、「俺たちは二人でもギルドとして機能しますよ」というのを証明するのが能力審査なのだから、そこのところで否やを言うつもりはない。


 ただ、流石に疲れたし、剣にも相当に負担をかけた。ついでに言えば幾度も囮として使い倒した試験官は、ブルーフレアに帰ってくるなりばたりと倒れた。


 獣王武装であればそうそう壊れる心配はないが、この剣の由来はそもそも不明なものだ。

 妙に頑丈な感じはあるが、どちらにせよ一度手入れを依頼することは、剣にとって必須の事柄だったし、さらに言えばもうひとつ、用事もあった。


 俺がそれを話し終えると、


「はあ。その……まあ、なんだ。おめえ、『黄昏』クビになったって、本当だったのかよう?」


「うっわ言わなきゃよかった」


 藪蛇である。

 新ギルドの結成、という話になれば、無論そういうことになるのは自明の理。

 そうでなくとも、ノエルの友達だという幽鬼種のせいで、噂が広まっているかも知れなかったのに。


「まあ、言わなくてもわかるがよう。既に大手のギルドや工房、商会やなんかには、そういう噂が広まっちまってるし。おめえがこの三日行方不明だったから、真偽のほどはわからんままだったが」


「あ、やっぱ噂になってンのか?」


「まあな。『ついにかあのヤロウ』って感じで」


「俺の評価どうなってンだ」


「正当だと思うがよう」


 とんだ濡れ衣である。遺憾の意を表明したい。


「それに、まあ……噂も何も、おめえんとこの、なんつったか。マティーファとかいう翼人が、せかせかと挨拶まわりしてたからよう。それで一気に噂に信憑性が出た、って感じだ」


「あいつ……」


 いや、挨拶まわり自体はまっとうな仕事だが、こちらの事情も考えて欲しい。「ギルドをクビになった」なんて広まったら、どう考えてもカッコつかないだろう。それが目的かも知れんが。


「つうかよう、ドゥーン……あの女、大丈夫なのか?」


「あ? 大丈夫も何も、俺を追い出した張本人だかンな。頭は結構アレだ」


「いや、そうじゃなくて……ん? そういうことでもあるのか? いや……」


 ゴゾーラは何やら歯切れ悪く、言葉をこねくり回し、


「マティーファさんとやら、うちの工房にも顔出しに来たんだがよう。おめえが取り仕切ってた時と、どうにも勝手が違うっつうか、なんつうか……」


「担当者が変わる、なんてよくある話だろう」


「それはそうなんだがよう。ええっと……おおい! クダル! アレ持ってきてくれ!」


 そう言ってゴゾーラが大声で呼びかけたのは、鍛冶場の入り口付近にいた、耳に妖魔種の特徴を持った、年若い鍛治職人だ。


 俺もそちらの方を見れば、クダルと呼ばれた年若い職人は、俺と一緒にここへと来ていたノエルと、何やら話し込んでいた様子だった。


 ゴゾーラから声をかけられたクダルは、何やらニヤついた顔でノエルにペコペコと頭を下げると、走って鍛冶場の出入り口から出て行った。


「惚れたな……」


「今月何人目だよう」


「忘れた。この工房では?」


「あー……確か先月に月別記録更新したから……ちょうど三十人目かよう」


 とんでもない記録である。あいつ、誰にでもフレンドリーで妙に距離が近いから、童顔の割にこういうところがあるんだよなぁ。


「おめえは軽く見てるみてえだがよう、当事者たちの監督者としちゃあ、結構深刻なんだぜえ? 人死にが出る前に、どうにかした方がいいんじゃねえのか?」


「ははは、いやまさかァ」


「いやマジで」


 うーむ、目がマジである。そこまでだったか。


 そうこうしているうちに、クダルが何やら分厚いファイルを持って、こちらへとやってきた。


「ありがとよう。クダル、ほどほどにな」


「え!? な、何がっスかね!?」


 そう言って、妙に焦った様子で去っていくクダルだが、その先のノエルは既に別の鍛治師の肩に腕を回して楽しそうに語らいでいた。三十一人目である。


 俺は気を取り直して、ゴゾーラへと向き直る。


「で、なんだ、そのファイルは」


「見てみろ」


 俺はゴゾーラから差し出されてきたファイルを受け取り、適当にページをめくってみた。


 それは、どうやら「暮れずの黄昏」から新たに発注のあった、日常・戦闘用問わない、ありとあらゆる鉄鋼製品の目録のようだった。


「はァーーーー……随分と大盤振る舞いだなァ。あいつ、自分が担当になった途端好き勝手やりやがって。確かにマティーファは、日用品や備品の新調をすべきだとか何回も言っていたが」


「こっちとしちゃあ、儲かるからいいんだけどよう」


「うーん、まァ許容範囲だろ。俺の時はどっちかっつうと個人武装にリソース割いてたけど、ここらの買い足しも必要っちゃあ必要だし」


「それなんだがよう。それ、前の方見てみろ」


 俺は、ゴゾーラの言う通り、ファイルのページをペラペラとめくっていく。

 すると、


「……ん? なンだこりゃァ」


 そこに書かれていたのは、剣や盾、防具、弓矢など、主に戦闘用として発注された武具の数々だった。


 しかしその数が、どうにも多い。戦闘用と訓練用、ギルドにある在庫を全て一新して、それでようやく、と言うような量だった。


「……戦争でもおっぱじめようってのか?」


「こっちとしちゃあ、儲かるからいいんだけどよう。それに加えて、そんな画一的な発注の仕方で、大丈夫なのか?」


 こう言っちゃなんだがよう、とゴゾーラは言って、


「おめえの時は、武器ひとつとっても、個人個人に合わせた発注をかけてただろう。体のサイズ、戦種、ポジション、それから戦う魔獣まで想定して」


 確かにそれは、俺がこの工房に発注をかける際、いつもやっていたことだ。

 ギルドメンバー100人弱の固有武装として「獣王武装」を用意する財力は、流石にうちのギルドにはない。と言うかどこのギルドにもない。


 それでも、人間にとって圧倒的な脅威である「魔獣」と、日常的に戦わなくてはいけないのが、開拓者という英雄たちだ。


 彼らが扱う武器に関し、妥協は決して許されない。

 実力が足りなかったのならともかく、十把一絡げの剣を使い、盾を使い、それが原因で戦死したとあれば、本人も、戦わせたギルドも、そして何より、武具をつくった工房の皆が、深い後悔を刻むことになる。


 無論、この業界、そのような悲劇はどこにでもある。

 しかし、発注をかける側も、それをつくる側も、全力をかけ、死力を尽くした結果、そうなったと言うのであれば、後悔はいくらか少なくて済むのだ。


 尽くすならば、常に全力を。

 もしも万回に一回、たまたま気を抜いたタイミングで悲劇が襲ってきたのなら、それに対して抱く後悔は、万感ではすまないのだから。


 だがまあ、


「アレ、めっちゃ大変だからなァ……今だから言うが、二度とやりたくねェ」


「お、おめえ随分とぶっちゃけたなあ今!」


 そんなこと言っても大変だからしょうがないだろう。あのギルド、ギルドマスターが強いけどアホだから役に立たねェし。


「だからまァ、これはしょうがねェよ。確かに量は気になるが、個人個人のカスタマイズに関しては、こっちがどうこう言う話でもねェし」


「そうかあ? でも、最近上がってきた、『灰色の灯籠菴』なんかは、少人数だがそのあたりしっかりしてんぞう?」


 ゴゾーラの言った「灯籠庵」は、まだまだ序列四十位前後だが、急激にランクを上げている新進気鋭のギルドだ。

 武具においては、獣王武装こそが華とされるこの業界、通常の発注に気を遣うところは本当に少ないのだが──なるほど、急成長を遂げるだけの理由は、あるということだろう。


 俺は言う。


「まあ、俺を追い出したのはアイツらだしな。これで凋落すンなら、願ったり叶ったってモンよ」


「おめえ、そういうのだけ表に出してっから、評判悪ぃんだぞ?」


 なんだその言い方は。まるで俺の評判が最悪みたいではないか。


 》


 剣も預けたことだし、今度こそ本当に帰ろうかと、そう思った時だった。


「ああそうだ。おめえ、用事ってなんだよう」


「用事?」


 俺はゴゾーラに呼び止められて、ノエルと共に振り返った。


「とぼけてんじゃねえよう。おめえ、この剣の手入れの他に、何か用事があるって言ってたじゃねえか」


「ああ、そうだった」


 マティーファの話が挟まってきたため、すっかり忘れていた。というか、それを言わなければ、剣を預ける意味も半分だ。


「その剣、手入れっつうかな、やるよ、あんたに」


「おう。……おう? は? な、なんだって?」


 聞こえなかったわけでもないだろうに。ただまあ確かに、正確ではなかったな。


「やる、っていうか、売る。この工房、表では武器の買い取りもしてンだろう? その剣、そんななりだが、かなーり頑丈だかンな。そこそこの値段にはなンだろう」


 そう言いながら、俺はゴゾーラの手に収まった、黒の剣を指で示す。


「んで、その金で、俺が立ち上げたギルドが使う、しばらく間の武器や備品なんかをつくってもらいてェ。できっか?」


「そりゃあ、できるけどよう。ものによる、としか……」


 そう言ってゴゾーラは、手にしていた黒剣を、まるで楊枝をつまむかのようにして、鞘から引き抜いた。


 まあ、確かに剣としては二流(推定)だが、素材はかなり良いもののはずだ。

 潰すなりなんなりすれば、それなりの値段にはなるだろう。


「とりあえずは使い潰しても構わねェような普通の剣を、そうだな、新人も入れるとして……十本ほど」


「普通ってなんだよう」


「あんま曲がンなくて、そんなに折れなくて、そこそこ斬れるヤツだ」


「そりゃあおめえ……普通ってことじゃねえか」


 だからそう言ってるだろうが。


「他の備品の詳細は追って知らせるから。まだ部屋見てすらねェんだ」


「部屋?」


 俺は、昨日から今日にかけて矢継ぎ早に行った、統括局での各種手続きの内容、そして局長たちと行った会話を思い出しながら、言う。


「二人だけの新ギルドだかンな。とりあえずは統括局内部の、普通であればギルドの資料室になるような部屋を借りることになった」


「大衆向け小説の部活モノみてえだなあ」


 それはそうだが実際に口にするんじゃない。何故かノエルがウケてるし。


「じゃ、頼んだぞ」


「あー、まあ、おう。あ、ギルド名は?」


「ああ、そうだ。伝え忘れてた」


 俺たちがつくった、これから急成長を遂げることとなるであろう、新たなギルドの名前。

 暮れずの黄昏と対になり、トワイたちがこれまで稼いできた名声、これから築く名声の、一切を奪い取る、俺の個人的事情のためだけに生まれたギルド。


 その名は、


「『明けずの暁』。カッコいいだろ?」


「いやそれはおめえ……当て擦りが過ぎんじゃねえのかよう」


 うるさい。自覚はあるっつうの。

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