宇宙人と休息

 開いている教室の入り口を見てごくりとつばを飲み込む。深呼吸をしてから意を決して中に足を踏み入れると、いつも通りの騒々しさだった。共通の話題で盛り上がるグループの間をぬって、自分の席を見ると――

 ああ、やっぱりだ。席が使われている。

 私が来たことに気づいたのか一瞬目があったものの、また談笑を始めてしまった。待っているしかない……かな。

 居場所がなくてそのまま突っ立っていると、やがてチャイムが鳴り担任の先生が入ってくる。すると、さっきまでの光景が嘘のように皆自身の席に戻っていく。

 まあ、いつものことだしね……。軽くため息をつくとそっと席に着いた。

 先生は静まった教室を見渡し、快活な声で転校生の話をすると、

「それじゃあ遠乃、入ってこい」

 呼ばれた空が黒板の前に立つと、教室がざわめきだす。眼鏡がどうとか、あちこちから聞こえてくる。やっぱり……。

「遠乃空だ。よろしくな」

 腕組みをしながら簡潔にそう言って、空は空いている席に座った。

「えー、遠乃は遠くの地域からきて、まだここら辺について詳しくないらしい。みんな、遠乃が困ってたらちゃんと教えてやれよー」

 遠くの地域から……まあ、間違ってはいないよね。宇宙は遠いから。

 それにしても……空には私のいじめに巻き込まれないように私に近づかないように言ってあるけど、あまり意味なさそうだな……。

 空の周りを見ると、既にその格好を見てくすくすと笑っている姿がちらほらと。私のことはどうだっていいけど、せめて空には地球の良いところだけを見せたかったな。

 その後も小さな嫌がらせが普段通りに行われて、昼休みになった瞬間屋上に逃げるように駆け上がった。

 澄み切った風を全身に受けると、さっきまでのことが嘘のように体が軽くなる。このまま空に飛んでいければいいのに……。

「空気が淀んだこの学校とやらにも、こんな場所があったのだな」

 声のほうを振り返ると、三つ編み眼鏡姿の空がいた。

「空……」

 つい最近出会ったばかりなのに、空の顔を見ると安心して泣きそうになる。

「瞳、どうした?」

「なんか、空見たら安心して」

「そうか。確かに空見ると安心するよな、その先に宇宙があるからな」

「そっちの空じゃなーい」

 突っ込む私に、空はきょとんとした顔を向けてきた。説明するのももどかしく、手に提げていたお弁当箱二つを取り出すと

「とにかく、お昼ご飯食べよう!」

空の分を手渡して壁にもたれかかって座った。数秒の間を置いて、空も私の隣に同じように座る。

 こういうの懐かしい。中学までは一緒に食べる友達はいたから。お弁当はいつも通りのおかずに私の大好きなミニオムレツが入っていた。思わず頬が緩む。

「このようにして食べ物を持ち運ぶとは、人間も考えたものだな」

 感心したようにお弁当箱をまじまじと見つめる空。箸を取り出すと、ゆっくりと食べ始めた。私たちが当たり前にしていることでも、空からしたらそういう風に感じるものなんだな。

 空が初めて家に来た時、食べ物を口にしたことがないと言っていたのは驚いた。説明好きのお母さんがカルシウムとかビタミンとか色々教えていたけど、空は見たことのない生き物を見るような目で慎重に料理を口に運んでいた。

「ところで、昨日学校では瞳に話しかけてはいけないと言っていたが何故なんだ?ここではいいのか?」

「えーっと……」

今度は完全に言葉につまってしまう。それは私が唯一空に教えたくないと思っていたことだから。

「せっかく学校に行くんだから、私に関係なく楽しんでほしいなと思って!」

自分でもよく分からない言い分だけど、笑顔と勢いでごまかす。

「なんだかわからんが、人間はよく分からん生き物だな。さっきも、私を見ただけで笑っているやつらがいた」

空はお弁当を食べ進めながら、表情を変えずに言った。

「それは……空のしている格好が珍しいからだと思う」

「私が見た資料ではこれが普通だと書いてあったのだが、違うのか?」

「それが基本みたいにはなっているけど、実際には少ないかな」

髪の色もスカート丈もその他諸々、長い校則に決まりが書いてあるけれど、守っている人は少ない。携帯の所持だって、校内では使ってはいけないことになっているのに、隠れてゲームやメッセージアプリでやりとりしている人が大半。

「なら、明日の格好は瞳に任せる」

「任せて!」

気づけば二人ともお弁当箱の中身が空になっている。

私はのそっと立ち上がると言った。

「じゃ、そろそろ教室戻ろっか」

空から食べ終わったお弁当箱を受け取り、自分のものと一緒にランチバックに詰め込む。

階段を降りていると、下の階からの喧騒が聞こえてくる。一緒にいたことが分からないように後から入ってきてと伝えると、空は静かに言った。

「まあ、理由は分からんが、瞳がそうしてほしいというのなら、こちらからは話しかけないでおく」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る