第25話 シャレル アキバを往く

日本視察 2日目 の7月23日 視察団一行は各々案内付きで、東京を自由に観光する事が出来る。


技官のシャレルはこの日の最初の目的地を秋葉原にした。 勿論だが、目的はジャパニーズポップスカルチャーの体験では無い。というか、そもそもアニメ文化などは最初からそこまで調べていない。


スマートフォンを手に入れた日の夜、彼はネットサーフィンに時間を費やしていた。

その途中彼はある記事に目が留まった。

『秋葉原の電気街だけでミサイルの制御部品は揃うのか?』

ある新聞のデジタル版であった。

スマートフォンの翻訳アプリを使いながら読み進めていくとなかなか面白い事が分かった。

この国では一般人であっても日曜大工感覚で電子演算装置を扱う事ができるのだ。

一般誌なのだろう、記事の中に余り詳しい事は書いていなかったが、とにかく興味が惹かれた。


そしてもう一つ、面白そうな記事を見つけた。

『首都圏 朝の通勤ラッシュ 混雑率200%超!』

見出しの下には人で埋め尽くされた駅のホームの写真が掲載されていた。


これを見た好奇心旺盛なシャレル技官はこの通勤ラッシュなるものを体験してみたいと思い、担当官に頼んで敢えて移動時間を通勤のピーク時間に被せて貰った。


そして今、シャレルと担当官の坂田(32)の二人は東京メトロ銀座線虎ノ門駅のホームに立っていた。



正直予想以上の人の多さだった。隣に立っているサカタ氏だけで無くホームにいる背広姿の人たちは皆平然としているけれど、この人の多さに少し後悔した。


目的地にたどり着けるだろうか...


『まもなく浅草行きの列車がホームに入ります...』


「降りる人が出きったら直ぐに乗って下さい。そして降りる駅は次の新橋です。私からはぐれた時は改札前の券売機の所で待っていて下さい」

そう言ってきたサカタ氏の顔は緊張そのものだ。

(彼は普段通勤に鉄道を利用していない)

「わ、わかりました」

彼の表情につられて緊張してきた。


目の前に黄色列車が勢いよく入ってきた。


ホームドアと列車のドアが開くや否や、中から人がどっと出てきた。そして降りる人の流れから今度は乗り込む人の流れに変わった。

「今です!シャレルさん早く中へ!」

サカタ氏が言い切る前に後ろから列車に乗り込む人に押し込まれ、気付いたら強制的に列車の奥に立っていた。


十数秒するとドアが閉まり列車は動き出した。

これまでに体感したことの無い密度だ 人が多すぎて人酔いしてしまいそうな程だ。

そしてサカタ氏も見失ってしまった。


発車してまだ5分も経たないうちに次の駅への到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。


『次は新橋、新橋です....』


直ぐに窓の外が明るくなり駅構内に列車が侵入したのがわかる。


そして列車が止まり、ドアが開いて。


サカタ氏に言われた通り、兎に角列車から降りて人の流れに乗って改札の辺りまで出た。

流れから抜けて待っていると、直ぐにサカタ氏が現れた。彼も無事に降りることが出来たようだ。


「さぁ、次が本番ですよ」


これから乗り換えるのは、東京メトロ銀座線よりもかなりハードな戦いになる山手線である。


山手線の通るホームに上がるとそこは人、人、人 とにかくスーツに身を包んだ男女がそこを覆い尽くしているのだ。


ホームには既に緑色の縦ラインが特徴のE235系がドアを開いて乗客を詰め込んでいるところだった。

各車両のドアでは駅員が客を押し込んでいる。


ホームに車両が入っていると言うのにサカタ氏は乗ろうとしない。

「これに乗るんじゃないですか?」

そう言っている間に、目の前の車両は乗客を詰め込み終わりホームを去った。


「次の電車が直ぐに来ますからこれに乗らなくても大丈夫ですよ」

サカタ氏はそう言いながら列車が去っていったのと反対の方を指した。


その方向を見ると、なんと既に次の列車が近づいて来ている。


「ほら、直ぐ来たでしょう」

直ぐというか、間髪入れずに次の列車が来たことがびっくりだ。

「は、早いですね....。これだけ間隔が短いと事故とかが多発しそうですが。大丈夫なんでしょうか?」


「勿論大丈夫です。この超過密ダイヤを制御する技術も我が国の得意分野で うぉぉぉと」


話に夢中になっていて既にドアが開いている事に気がつかなかった二人は強制的に車両の中に押し込まれた。


気がつくと周りは人、人、人であった。周りの背広姿の男たちと体が密着しているのだ。暑苦しい事この上ない。 心なしか酸素濃度も低い気がする。


ふとサカタ氏に出発に言われたことを思い出した。


・車内に入ったら鞄を持って両手でつり革をつかむ事

・女性が近くにいたら直ぐにその場を離れる事


直ぐに言われた通りに鞄を持ってつり革を握り周りを確認したところ 大丈夫なようだ、周りに女性は一人もいない。


しかし毎朝この究極に人を詰め込んだようなこの列車に揺られて出勤とは、日本のお父さん達は大変だ。


もしムー共和国内の鉄道でこれだけの便数を運用する事が出来たらロジテックスが劇的に変化するかもしれない。これは要研究だ。


すし詰状態の中で色々と思考を巡らす内に列車は目的地秋葉原に近づいていた。


『次は秋葉原 秋葉原です。The next satiation is Akihabara』


車内放送はバステリア語(英語)でもアナウンスが流れるのでシャレルでも聞き取る事が出来る。


今度は人を掻き分けながら扉の方へ移動する。


すし詰状態の車両から出ると幾分か外が涼しい気がした。 それだけ中が蒸し暑かったという事だ。


サカタ氏も無事に降りることができた。


しかし、朝の秋葉原でシャレルの行きたいような店はまだ開店してない。


開店まで駅構内のカフェで暇を潰す事にした。


サカタ氏がカウンターで2人分のキャラメルフラペチーノを頼み、二人は適当な空いている席を見つけて座った。


「ところでシャレルさん、秋葉原では何を見たいのですか?」


シャレルはまだ主たる目的を伝えて居なかった。


「インターネットで秋葉原では電子部品が充実していると見たので、パーツ専門店に行きたいのですが」


「なるほど、何か作りたいものとか有りますか?」


「電子演算装置を使ってみたいのですが」


「なるほど、マイコンを使って電子工作ですか。マイコンを使えればエンジンをコンピュータ制御に出来て構造の簡略化も可能ですしね。面白いと思いますよ」


実際にただ兵器を動かすためには大して高性能の演算装置を必要としない。初期型のF-15もファミコンと同レベルの演算装置で動いているし。イギリス海軍の潜水艦もwindows 2000と家庭用と同等のスペックの構成のボードで動いているものもある。

であるならば、言うまでもなくWWⅡレベルの兵器ならば電子工作用のマイコンで充分である。


「マイコンを使った電子工作に必要な道具とか有りますか?」


「まずパソコンが必要ですね。ハンダゴテなどはムーでも有るでしょうから....あっ、ムーとこっちでは電力供給の規格が違うでしょうからパソコン用のソーラーバッテリーチャージャーも要りますね」


「なるほど。あとプログラミング?でしたっけその為の教本も欲しいので書店にも行きたいです」


「そうですね。それで最後に書店に行きましょうか。和仏辞典とかも必要でしょうし」


この後二時間ほどシャレルと坂田はお大いに盛り上がるのであった。


坂田にとってもシャレルとの外出は楽しかった。

いつもは霞が関の本省で目の前の仕事を片付けるのに必死だったが久し振りにゆっくりと外に出ることが出来た。


まずはパソコンを買う為に家電量販店に入ったのだが、家電の価格に驚いた、未だムー共和国での電力供給網の普及率は70%程度であるのに、この国では非課税世帯でさえ家電が揃っているという。価格も平均月収の5分の1もいかない程度で買うことが出来る。


今まで非魔術立国に対して技術的優位を生かしてきた、発電機や一般家電の輸出業がこの国に喰われてしまいそうだ。


パソコンを購入した二人は再び秋葉原の街に出るのだがシャレルはある事に気がついた。


資料ではこの国は人種だけで構成されているという事だったがこの街の店先に貼られているポスターにはこちらの世界で被差別層に当たる亜人、獣人の類に関する物が少なくない。そしてそのどれもからそれらの種族に好意的な印象を抱いている事がわかる。


「シャレルさんどうしました?アニメ文化に興味がおありで?」


坂田はシャレルがアニメのポスターを見ていることを彼がアニメに興味があると勘違いしたがそうではない。


「いや、こちらのアニメ文化という訳ではなく、あそこのポスターに描かれている獣人が」


そう言って、獣耳の少女のイラストを指差した。


「え、シャレルさんはこうゆうのが好きなんですか!?」


「いやいや、そうでなくて。資料でこの国には人種しか存在しないと確認していたのですが。なぜ亜人の類のイラストがあるのか気になって」


「いや、架空の話ですよ。本当に存在する訳無いじゃないですか」


「いや、この世界にはいますよ」


「まさか」


「いや、ほんとです」


「本当?」


「本当」


「え.....」


坂田は再び国ごと異世界に転移した事を気付かされたのだった。


衝撃の事実を知った坂田と日本の文化がよく分からないシャレルは、それぞれ頭の中で思考をめぐらしながら、電子パーツ専門店へ足を踏み入れた。


シャレルにとってそこはこれからムー共和国の技術が行き着くであろう正解が顕在している禁断の果実であった。


そんな難しい哲学的な思考はさて置き、パーツを一つ一つ眺めているだけで楽しかった。

2時間ほど、パーツが納められた商品棚の引き出しを開けてはそれをじっくり眺め またそれを戻すという事を繰り返した。

一つ国に持って帰るだけでも技術革命が起こるだろう物が彼の周りには大量にあった。


とりあえず、教育用のマイコンを使ったキットとマイコンの単品を10個そしてコンデンサーを2ダース購入した。


なぜコンデンサーだけをわざわざ10個も購入したのか、それは現代の誘電体としてチタン酸バリウムを利用するコンデンサーは従来のセラミックコンデンサーに対して数桁違いのレベルで電気容量が巨大であるからだ。

これを利用すればムー共和国に存在する多くの電子回路が小型化される。無論マイコンが与える影響など計り知れない。


そんな物が自分の手の中にあるシャレルの心の内は複雑な物であった。

単純に新しい技術に触れる事は嬉しい、だがあまりにもテクノロジーがかけ離れすぎてこれらを国に持ち込む事が与える影響が計り知れないのだ。

だがこれをどうするべきかは、帰国するまでに決めなければならない。


そんな思考と感情が彼の中で葛藤していた。






翌日2020年7月24日

この日は東京オリンピックの開会式である。

ムー共和国の訪問団一行も席を確保してもらい新国立競技場にいるのであった。














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