第41話捨てる物守る物 ✴︎
沈黙の落ちる車内に、防災無線から流れる5時半のチャイムが鳴り響く。
(カエと公園で話したのは、まだ一昨日か)
インカムの中からはくぐもった打撃音が断続的に聞こえてくる。
(イチが闘ってるんだ。
カエは無事かな。僕がもっと早く動き始めていればっ)
「ジュニア……」
うつむく頭を両手で覆い、瞳を閉じるジュニアの向かいに座るリカコが小さく声を掛けた。
「落ち着いて。
音が聞こえてくるうちは大丈夫だと思いましょう」
(それよりもカイリだわ)
大人しく座ってインカムの音に集中しているが、その顔には表情が無い。
(2人に何かあったら、私にもカイリは止められないかも)
小さく息を吐く。
「さっきの……。
今回の黒幕の話、どう思う?」
視線をカーテンの向こう、運転席の真影にちらりと移して、リカコが小声で問いかけた。
真影は〈おじいさま〉の信頼を得て、この仕事をしているように感じる。
「どうかな」
顔を上げたジュニアが、古い記憶の引き出しを確認しながら言葉を紡ぐ。
「僕の調べた限りでは〈おじいさま〉が公安に関わっていた記録はない。
あそこは職務上いろいろ秘密主義だからね。
例え警視総監直々の密命だって……。
いや、そもそも外部の人間が公安を頼ろうなんて考えないよ。
弱味を晒すようなもんだもの。
〈おじいさま〉なら尚更じゃない?
借りは作りたく無いだろうし、同じような仕事してくれるツテには事欠かないだろうしね」
「結論からして」
「今回の、コトを起こしているのが公安なら、尚更〈おじいさま〉イコール黒幕はありえないよ」
###
ガッッ。
大男の蹴りが入り、イチの身体が大きく弧を描き手前の部屋寄りに積まれた会議机に激突した。
舞い上がる埃にガラガラとパイプ椅子が崩れ落ち、イチに被さっていく。
「イチぃっ!」
駆け寄ろとしたあたしに、振り返る大男が口元の血を拭う。
ヤバ。
イチの事は気になるけど、自分の身は自分で守るって約束したし、こんな所でイチの手間を増やしている場合じゃない!
間合いを取り睨み合う。
昨日は痩せ男のスピードについて行けなかった。
そこからの総崩れ。
今日は手を出してくる様子は見られない。
むしろ、あたし達は大男の憂さ晴らしに付き合わされてる感じがする。
狭い室内でどこまで逃げ切れるか……。
ゆっくりと近づいて来る大男に、下がりながら一定の間合いを保つ。
踵が壁に当たった。
ダッッ!
来たっ。
ギリギリまで引きつけて、蹴り上げて来る足を身をかがめてかわすと、大男の軸足のヒザを正面側から蹴りつけるっ。
「ガァッ!」
しばらくは小技で
隙間を縫って大男の背後に回る。
ガシャガシャと音を立てて、パイプ椅子の山が崩れるとイチが這い出して来た。
っ!
ぱっくりと割れた額から流れる血が顔を赤く濡らしている。
気を取られた一瞬に胸ぐらを掴まれた!
あたしを抑え込もうとする大男の腕に手錠の鎖を絡ませて、あたしの手を交差させる事で締め上げていく。
重いぃぃっ。
大男のもう一本の手があたしの髪に伸びて来るっ!
ガシャァンッ!
パイプ椅子を振りかぶるイチの姿が目に入り、大男が腕で椅子をカバーしたっ。
せーのっ!
示し合わせたわけじゃないけど、イチの上段蹴りと、手を緩め身体を捻ったあたしの蹴りが大男の胸板に突き刺さった。
「大丈夫?」
ワイシャツの袖口が拭った血で赤く染まっている。
「大丈夫なわけないか」
壁にぶち当たった大男がのっそりと起き上がり、その目があたし達をにらみつけた。
「カエ。下がってろ」
息の荒くなったイチが呟くように口にする。
「どおぉぉお見ても、イチの方が重症だからねっ!」
隣で身体を構えて相手の動きに神経を集中させる。
大男の振り回した腕に、あたし達は後方に飛びずさった。
軽い衝撃にアバラに痛みを覚えるが、視界の中のイチは明らかにバランスを崩す。
傷のせい?
頭部の衝撃に脳しんとうを起こしてるのかも。
当然大男がそれを見逃すはずもなく、一気にイチとの間合いを詰めてくる。
あたしもイチのフォローに跳ぶっ!
上か下か?
どこ叩いたら確実だ?
一足早くイチに拳を繰り出す大男。
あたしは斜め後ろから入り、床に両手を着くと低い姿勢から大男の膝裏に蹴りを叩き込んだっ。
いわゆるヒザカックン。
無様にヒザを着く大男の背後に回り込み、イチが手錠の鎖を相手の首にかけた。
取ったぁ。
「銃を床に置け」
痩せ男に向け、イチが声を張る。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた痩せ男は、そのシワを一層深くした。
「そのまま殺せ。
脅しなんて生ぬるい物は要らない。
出来たら、お前とその女はここで死んだ事にしてやる。
出来ないなら用はない。目の前で女を犯した後で2人とも頭を撃ち抜いてやる。
総監からも切り離されたんだろ?
俺の下に付け」
んなっ。
「バカじゃないのっ?
仲間見捨てるなんてっ。信じらんない!」
「仲間?
使えない
それだけの事だ」
あたしに向かって鼻で笑うと、銃口を向けてくる。
「あまり時間はやれない。
決まったか?」
こんな状況、イチが首を横に振れる訳無いじゃないっ。
「イチっ。ダメだよ。殺しなんてっ!」
急いでイチを振り返る。
「女の命を取るか、自分のプライドを守って女を殺すか」
「うっさいっ! 黙れっ!
イチ……」
パアァァンッッ!
一発の銃声があたしの声をかき消す。
あたしの足元に近い床が小さな煙を上げた。
「あまり時間はやれないと言った。
女の足を撃ち抜いたら結論が出るか?」
「がはっっ」
大男の口から苦しげな音が漏れた。
ああああっ。イチっ! ゴメン。
ツカツカと痩せ男に近づいて、手錠に振り回されないように自分の右手首を掴んだまま、思いっきり痩せ男の横っ面をひっぱたいてやるっ!
「カエっ!」
イチの叫ぶ声。
ゴッ。
焼けた銃身があたしの額に当たり、前髪を焼く匂いが立つ。
「あんた、最っ低ねっ。
あたしを
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