第7話黒いスーツの男

 キッチンでみんなのカップを洗っていると、イチが入ってきた。

「カエ。橋本って何時くらいに学校出るんだろう?」


 リカコさんとカイリは昨日のデータの整理、ジュニアはテーブルいっぱいに小さな部品を広げてインカムの整備をしている。


「んー。深雪は、月水曜はホームルームが終わったらすぐかな。火木金曜は美術部の方に出てるから、終わりの時間はわからないや。深雪の事よろしくお願いね」

 コップをすすぐ手を休めてイチを見る。


「明日は水曜か、じゃあ普通に帰宅だな。カエも気をつけろよ。ジュニアは尾行中にふらっといなくなることあるから」

「あはっ。知ってる」

 顔を見合わせて笑うと。


「聞こえてるよっ」

 リビングからジュニアの声が響いてきて、あたし達はまた顔を見合わせた。

「インカムの整備終わったから集まって」


 洗ったコップを水切り棚に置いてリビングに戻ると、テーブルいっぱいに広がっていた部品がちゃんと五つのインカムに組み上がっている。

 付けた時に内側になる一部が小さく五色に光りを放つ。


「自分の色で取って」

 カイリは青、イチは紫、ジュニアは緑、リカコさんは白、あたしはピンクをそれぞれ手に取った。


「基本の使い方は今までと変わらないよ。ホストインカムは今回もリカコ。で、パソコンと同期しているって条件でGPS機能が付いた。

 パソコン上にもどこにいるのか色で表示されるから、他の人のインカムを付けちゃわない様に気をつけてね。

 後は、1分くらいだけどパソコンにインカムの会話を録音出来るようにしたよ。

 操作出来るのは、パソコン絡むしホストのリカコだけかな。

 何か質問ある?」


 口早に説明をしてみんなの顔を見回したけど、リカコさん以外あたし達に特別増えたことはないかな?


「この尾行の一件が落ち着くまでは、外出時にはしばらくインカムを持ち歩いてね」

 リカコさんの言葉に一同が頷く。


「今日は以上で解散かな」

「さてと、レディ達をお送りしないとな」

 カイリが立ち上がって椅子に掛かっていた上着を取った。


「イチも一緒にカエを送っていくでしょ?」

「あぁ。じゃあ行くか」

 ジュニアと共に立ち上がる。

 窓から覗く空は傾く夕日に照らされて赤、オレンジから夕闇の紫を見せ始めている。


 エントランスの自動ドアを抜けて、カイリとリカコさんは駅のある右の道へ。あたし達3人は左の道へと足を向けた。

「じゃあ、また明日ね」

「気をつけてねぇ」


 それぞれ言葉を交わして背を向ける。

「カイリ、もっと離れて歩いてくれるかしら?」

「リカコォ。お前一応護衛だからな」

 後ろから2人のやり取りが聞こえてくる。


「なんだかんだ言って、あの2人は仲良しだよね?」

「仲いいのか? あれ」

 あたしの言葉に、両側の2人は首を傾げるけど。



 しばらく取り留めのない話で盛り上がっていたのに、急にイチが歩みを止めた。

「カエ。あれ」

 その視線の先に、1人の男。


 あたしが顔を向けた瞬間、また冷水を浴びたような感覚に取り込まれる。

「タクシーに乗ってた黒いスーツの男っ!」

 あたしが気づいた事を確信して、スッと路地に消えて行く。


「何だ。今の感じ」

「ね。殺気とはまた違う、イヤァな感じでしょ?」

 イチに同意を求めちゃう。

「僕、なんか分かったかも。あれは、ネズミを見つけたネコの目だよ。いたぶってもて遊ぶのに、丁度いい玩具おもちゃを見つけたって感じ?」

 ジュニアがなかなかブラックな事を言う。


「うええぇ。なんか悪趣味あくしゅみ。追いかけないで、このままバックれちゃおう」

「いいね。賛成~」

 同意してくれたジュニアとハイタッチ。


「おいおい。タイミングから見ても放課後カエを付けてたのはあの男だろ? ここでどうにか出来れば、橋本の護衛も一安心なんだから。行くぞ」

 そうでした。


 走り出すイチを追い、大事な一言も忘れずに。

「ただし、深追い厳禁で」


 路地を覗き込むと、突き当たりに公園が見える。遊具よりも休憩所を意識した作りの園内に、警戒しながら足を踏み入れていく。

「居ない?」

 神経を研ぎ澄ませて薄暗くなってきた辺りを伺うが、それらしい人物っていうか人っ子1人居ない。


「何がしたかったんだろうね?」

 ジュニアが呟くと

「あれぇ。彼氏2人も連れちゃって、いいねぇお姉さん」

 すぐそばの茂みからハタチそこそこの若い男が2人、いやらしい笑みを浮かべながら出て来た。


「お。制服。萌えるぅ」

 手に抜き身のナイフなんて持ってる時点でもう、真っ当な一般人ではなさそうですけど。

「キモ」

 普通に口から漏れたあたしの声に、男達の顔に青筋が立つ。


「ああっ⁉︎」

あおるなよ」

 イチとジュニアがあたしをかばうように一歩前に出てくれた。


「あたし今日はスカートだから。戦闘NGでお願いします」

「僕、カエのパンツ見えても気にしないよ」

 さらりと返すジュニアに食って掛かる。

「あたしが気にするっ!」


 こんな状況下なのに軽口を叩いている事に、男達がイライラし出した。

「お前らに用事は無いんだよ。女置いて消えろや」


「あんた達さぁ、こんな人気のない公園で一晩中ナイフ持ったまま獲物がかかるのただ待ってるわけ? ここに俺たちが来るから襲えって言われてんじゃないの?」

『おおおっっ!』

 確かに。


 イチの指摘にあたしとジュニアの感嘆かんたんの声が上がる。

「気づけよ……。さて、どっちの方が口が重いかな?」

 相手の威嚇いかくにもびくともしないのはいいんだけど、言い方が完全に悪役です。


「先手必勝どーんっ!」

 なんの脈絡も無くジュニアが飛び出して、近くにいた方の男にダイビングキックをぶちかます。


 ナイフの出番なんてまるで無し。

 そのままもんどり打って垣根の中に身体を半分近く埋もれさせたまま動かなくなった。


「え」

 相方が吹っ飛んで行った後を目で追い、呆然とする男に近づいたイチが、ナイフを持った手を捻り上げる。

「ああぁ。ジュニア。口を割らせようって言ってるんだから、手加減って事を覚えろよ」

 落ちたナイフを蹴り飛ばして、ジュニアをしかるイチの声を聞きながら、あたしは首の後ろに感じたピリピリとした感覚に辺りをみまわした。


 何だろうこの感じ。誰かに見られてる。


 そうして、この刺さるような気配に視線をめぐらす。

 黒スーツ。だよね。


「えぇー。イチが1人残したんだからそれでいいじゃん」

 反省の色無し。


 あたしが辺りをキョロキョロし出した事に気付いて、ジュニアがこちらを向く。

「あ。カエ後ろ」

「のええぇぇっ!」

 緊張感の無い一言の後、あたしは背後からウエストに手を回されてグッと身体を引き寄せられた。

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