第2話コトの始まり2

 地響きにバランスを崩しそうになった。


「出るぞっ」

 一瞬顔を見合わせ、扉に向けてダッシュを掛ける。

 先に出たイチがあたしの飛び出た後でドアのストッパーを蹴り外した。


 床を転がってきたそれを拾い上げ、階段を駆け上がる。


『西棟後方より炎を目視確認。A班、B班状況説明』

 リカコさんの張り詰めた声が緊張感をあおる。


『中央棟A班、離脱。経路3で裏門へ移動中』


「西棟B班、第5会議室へ階段昇降中」


 くぐもった爆発音と、何かが崩れ落ちる音。

 そして振動が伝わってくる。


「ぅわっっ」

 階段を踏み外し、ヨロけたところで後ろから来たイチに腕を掴まれた。


「ありがと。この棟で爆破があったみたい。後方で出火、カイリ達は裏門へ向かってる」


 インカムを付けているのはあたしとカイリだけ。次までには全員分揃えておいてもらお。


「後方か。会議室からは出られねぇかもな」

 イチの一言に、2時間前に頭に叩き込んだ西棟の図面がフラッシュバックする。


 確かに、会議室は後方よりだった。

 階段を上りきる手前で熱風に顔を背ける。

「ダメだね」

 コンクリート打ちの地下階段にも炎が降りて来るのは時間の問題だろうな。


「地下の扉は防火かな?」

 少し階段を降り、隣に並んだイチの顔を見上げる。

「金かかってそうだったしな。でも、またロックかかちゃってるだろ? それにドラックと毒草の蒸焼きにはなりたくないな」


「うん。それは美味しくなさそうだ」

 さてどうしたものか?


 なおも続く爆発音の中考えを巡らせる。


『カエ。脱出不可能か? 今から俺が必ず2人を救出しに行くから、希望を捨てずに……』


「ダメ! カイリ」


 インカムから聞こえたセリフの途中に、思わず割り込みをかけた。

『カエ。俺を心配してくれるのか?』


「いいえ」

 インカムからでも、歓喜を感じるカイリの声に冷たく即答したのは他でもない。


「カイリがあたし達を思って色々動いてくれる。その気持ちはすごく有難ありがたいんだけど、カイリが動くと何故なぜかな。ニ次被害が半端ないのよ」


「そうだ。過去に何度、誰かの救出に出たカイリを救出に行った事か。面倒事が増えるから、動くな」


 イチもあたしの耳元に唇を寄せる。

 身もふたもない言いぐさだけど、事実だからしょうがない。


『オゥ。ハートブレイク……』

『ウザい』

 カイリの一言にあたしとリカコさんの声が重なった。


 ブレイク。壊れる。だっけ?

「ん! イチ。窓ガラスあったよね。踊り場のところ」

「ああ。あのサイズなら出られるかもしれないな」


 顔を見合せて、階段を再び下る。イチの身長より少し高いあの窓から見える草木にはまだ火が燃え移ってない。


 窓枠に指をかけ指懸垂ゆびけんすいで窓を覗くイチの腕に、無骨な筋肉が盛り上がった。


「窓枠がはめ込み式だな。高さもギリだし、ガラスを割って出るにはケガのリスクが高すぎる」

 額の汗を拭いながらイチが何かを考え込む。


 ダメか。ここもだいぶ熱くなってきたな。


 足元にも第五会議室から出たらしいスプリンクラーの水が流れて来ている。


「カエ。ジュニアと話したい。インカム貸してくれ」

 メモでもとるつもりなのか、胸のポケットからボールペンを出しクルクルと回す。


「カイリ、イチがジュニアに代わって欲しいって」

 用件を伝えてインカムを渡した。


 焦げくさい匂いと煙の匂いが鼻をつく。

 そろそろヤバいなぁ。


「ジュニア? この前もらったボールペン型小型爆弾なんだけど」


「おおおぉぉいっ!」


 聞きづてならない単語に思わず声を張り上げちゃった。


「回してた。今クルクル回してたよね?」

「あ? プラスチック爆弾なんて信管が入ってなければただの固形燃料だよ。衝撃で爆発したりしないから。つーか、ちょっと黙ってて」


 むぅー。


 イチとジュニアは理系男子リケダン。コイツらの考えてる事はホントにわからない。

 無駄と分かりつつ、イチのインカムに耳を寄せるとインカムを耳から少しこちらにかたむけてくれた。


 こういう優しさは有るのに、いかんせん愛想が皆無かいむ


『起爆させるの?』

「ああ。窓ガラス割りたいんだけど粉々になるかな?」


『窓ガラス?』


 ダメか。

 インカムの奥、ジュニアの眉をひそめる様な言い方に内心落胆する。


『小型だけど爆心地の爆風圧0.517kgf/㎠キログラムフォースは下らないよ』

「さっぱり分からん。具体的には?」

 専門的すぎる単語にイチが聞き返す。


『窓ガラスどころか窓枠ごとコンクリート壁から弾け飛ぶよ。巻き込まれないでね』


「決まりだな。起爆の手順、もう一度教えてくれ」


 視線で退くように合図してきたイチが、両手を空けるためにインカムをはめ直すとあたしには何も聞こえなくなる。


 巻き込まれないでね。と、おっしゃいましたね?

 あんな100円くらいで売っている様なボールペンが爆弾に改造されているなんて、しかももらったって。

 世の中間違ってる。


「カエ。地下室の前で待機たいき

 ボールペンは、先の円錐えんすいが外されて細いコードかニョロニョロ出ている。


「イチと心中なんてヤダからね」

 むぅっと頬をふくらませるあたしに向かい、イチが薄く笑った。


「それはうちの爆弾魔に言ってくれ。窓が割れなくても、火力が強すぎても先は無いよ」


 後者の方が心配だ。


 階段を下りながら、軽いめまいに襲われて壁に手をつく。

 だいぶ酸素が足りないらしい。



 ###


 カエが階段下に降りて行くのを確認して、イチは小さな声で話し出した。


「リカコさん、爆音半端ないだろうから1度通信切るよ。5分経っても応答しなかったら撤退して」


『イチ……。ここに居たって言う証拠は髪の毛1本残せないわ。吹っ飛んだ爆死体なんて回収するのもめんどくさい。死んでも自力で帰ってきて頂戴』


「ふふん。やっぱりリカコさんは優しいね。じゃあ、また後で」


 インカムをダウンして小型爆弾をバランスよく窓に立てかける。


「カエ! 10秒後に起爆。スタート!」


 だいぶ煙の充満した階段に姿を見せたイチは、10数段の階段を一気に飛び降りた。



 ###


 階段下の隅っこで膝を抱えて待機していたあたしの隣に膝をつくと、ちょっと心配気な瞳があたしを見つめる。

「爆音に鼓膜やられるなよ」


 それだけ言ってツナギの襟を引っ張っると、亀の様に頭を引っ込めあたしの上に覆い被さってきた。


 次の瞬間。


 花火なんて目じゃないくらいの爆音が響き、振動が腹を突き上げると、辺りの空気が一瞬にして熱くなる。


 焦げくさい匂いを残して肌が外の空気を感じた。

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