警視庁の特別な事情1〜JKカエの場合〜

綾乃 蕾夢

第1話コトの始まり1

 夜の澄んだ空気が窓際に立つあたしの頬に触れた。

 あおい月がはっきりと輪郭りんかくを見せる暗い室内で、落ちる月明かりに隠れるように暗い影の中に紛れ込む。


 インカムから聞こえてくる落ち着いた声にコントロールしきれない心拍数の上昇がスっとおさえられた。


『カエちゃん。今どの辺り?』

「第5会議室。イチがエアコンのパネル引き剥がしてるとこ」


 暗い室内で、口にくわえた小型の強力ライトの光を頼りに、壁に埋められている大きな業務用エアコンの送風口を特殊な工具でカチャカチャしているのは、あたしと同い年の男の子。

 おそろいの黒いツナギを着た彼を背に、辺りの警戒に首を回すとあたしの小さなポニーテールがぴょこんと揺れる。


『リカコ。ジュニアが準備できたからデータ送信したいって』

 インカムにカイリの声が入ってきた。

『了解』


 パソコンの操作中かな? わずかなタイムラグに再びリカコさんの声が入る。


『いいわ。送って』


「カエ。開いた」

 インカムのやり取りを聞いていたあたしに、イチから声がかかった。


 取り外された送風口の中はフィルターや機械の管。と思いきや、真っ暗な穴が大きな口を開けている。


「リカコさん、やっぱりエアコンの中は空洞だった。降りる階段があるみたい。

 イチ、カエ入りま〜す」


『了解。気をつけてね』


 数枚の写真を撮って、小さな強力ライトを持ったイチの短髪を追うように足を踏み入れる。


 会議室は1階だったからここからは地下になるのかな。愛想のないコンクリートの階段を15段ほど降ったところで、うっすらとした月明かりを見た。

「明かり取りか? 窓がある」


 階段の小さな踊場、イチの頭より少し高い位置に大人が1人どうにか通れるくらいの窓が3つ並んでいる。

「草が見えるな。ここまでが地上か」


 踊場から方向転換して、さらに地下へと進むと。


「ドアだね。

 暗証番号入力しないと入れないや。

 まぁ、当然か」

 行き止まりにあったご大層な鉄の扉は、電話の数字ボタンのような物が付いている。


「カードスキャンも必要だ。

 厳重なコトで」


『ジュニア、どうにかなるかしら』

 インカムから聞こえるリカコさんの声をカイリがジュニアに言伝てしているのが聞こえ、インカムにジュニアの声が入ってくる。


『あいあい。カードスキャンする機械に通れるくらいの金属の棒。用意しといて』

「えぇ? 急にそんな事言われてもなぁ。

 イチ、ここ通れるくらいの金属の棒。なんかある?」

 視線を上げた先のイチに問いかける。


「針金か?

 ったく、忍び込ませておいて情報が少なすぎるんだよ」

 パタパタと服を叩いても、そう簡単に仕舞ってもいない物は出てこない。

「上層部も相当張ってはいたみたいよ。

 でも決定打に欠けるうえに、こちらさんも薄々張られてるって気付いたみたいで、あたし達にお鉢が回って来たみたい。

 あった。ジュニア、ヘアピンいける?」


『いいんじゃない。

 今、テンキーの番号解読してるから合図したら奥まで入れてスキャンするみたいに通して』


 髪から抜き取った、Uの字に曲がっているヘアピンを真っ直ぐに伸ばして長くする。


 ピピ。


 インカムの奥から小さな電子音が聞こえて、目の前のテンキーがパパッといくつかの数字を光らせた。


『カエ。3・2・1・GO』


 ジュニアの合図に合わせてシュッとヘアピンを通すと、ドアの奥からガチン。と重い音がする。


「ロック外れたみたい。

 さすがジュニア。サンキュー」


『情報少ないし色々持って来てたからね』

 声だけでも、彼がにぱっと笑う姿が想像できる。

 この男の子もあたしと同い年。


「あのデイパックの中身はおやつかと思ってた」


 機械関係に滅法めっぽう強く天才。


 このインカムも全てジュニアのお手製。

 この製薬会社への侵入も、監視カメラの映像の差し替えも、コンピューター制御室の制圧も、彼無しでは出来ない。


 ただし。


あめとチョコと水羊羹みずようかん入ってるよ。

 あとグンちゃん』


「グンちゃんて、あのダイオウグソクムシの巨大ぬいぐるみ⁉︎ 持って来てたの」

 なんとかと天才は紙一重。

『うん。現場に行きたそうな顔してたから』

 いや。ぬいぐるみですけど……。


「あのパンパンリュックの9割は巨大ダンゴムシか……」

 あたしの言葉に内容を察したイチの、げっそりとしたつぶやきに


『グンちゃんはダイオウグソクムシだもんね! ダンゴムシなんかじゃないんだから!』

 インカムに大音量のさけび声。

 集音機能もバッチリ。


 耳痛い。


『イチのばーかばーか』


「ジュニア。インカム付けてんのあたしとリカコさんだから」


『無駄話してないで仕事に集中しなさい』

 静かだが、有無を言わさぬリカコさんの声にサァッと背中が寒くなる。


『はい』

 素直にあたしとジュニアの声が重なった。

『警備員の次の巡回までは約40分よ。注意してね』

 リカコさんの下調べによると夜間に2回。2人の警備員さんが付近の関連会社のビルを車で順番に移動しながら、建物内の巡回をしているみたい。


「カエ。入るぞ」

 重そうな扉を開けてイチがあたしを促した。

 閉まった拍子にロックが掛からないように1人分が通れる幅を開けて扉を固定しておく。


 まぁ、開けっ放しでアラームか何かが発動する可能性もあるけど、監禁よりはよっぽどマシだもんね。


 扉の中にはビニールで覆われた個室があり、正常に動いていれば風の圧力で身体に着いたゴミなどを吹き飛ばす機能があったのだろうけど、ジュニアがシステムをいじったせいか今は全く機能しない。


 暗闇に慣れた目には、室内を照らすほのかな明かりさえも刺激が強くしばらくその場にとどまることを余儀よぎなくされる。


「ビンゴ。これはヤバいな」

 隣に立つイチの声にゆっくりと瞳を開くと、遥か遠くに見える向こう側の壁まで、一面の植物畑。


 水耕栽培やフィルム栽培をされているのは


「大麻、マリファナ、ケシ、ヘロイン。

 うっわ。コカインもある」


「こっちの通路はトリカブト、ドクゼリ、ハシリドコロ、エンゼルトランペット。

 あれはドクウツギか? デカイのに。

 栽培自体は違法じゃ無い物もあるが、何目的で栽培してるんだか」


 ドラックはもちろん、イチの確認した植物はちょっとでも体内に入ったら即死間違いなしの猛毒を持っている。


 種類を確認しながら、静かな空間にはイチが押すカメラのシャッター音だけが響く。


 夜の澄んだ空気が窓際に立つあたしの頬に触れた。

 あおい月がはっきりと輪郭りんかくを見せる暗い室内で、落ちる月明かりに隠れるように暗い影の中に紛れ込む。


『カエちゃん。今どの辺り?』

 耳に掛けたインカムから聞こえてくる落ち着いた声に、コントロールしきれない心拍数の上昇がスっとおさえられた。


「第5会議室。イチがエアコンのパネル引き剥がしてるとこ」


 殺風景さっぷうけいなこの部屋は比較的小さな作り。日常的に使われてはいないみたいで、長机やイスは部屋の隅においやられているし、なんならうっすらとホコリが積もってるように見えなくもない。

 月明かりだけが頼りだった暗い室内で、イチの口にくわえた小型の強力ライトが光を放つ。壁に埋められている大きな業務用エアコンの送風口を特殊な工具でカチャカチャしているのは、あたしと同い年の男の子。

 おそろいの黒いツナギを着た彼を背に、辺りの警戒に首を回すとあたしの小さなポニーテールがぴょこんと揺れる。


「カエ。開いた」

 インカムでやり取りをしていたあたしに、イチから声がかかった。


 その声に振り返ると、取り外された送風口の中はフィルターや機械の管。かと思いきや、真っ暗な穴が大きな口を開けている。

「キレイなもんだな」

 呟いたイチが見ていたのはライトに照らされた自分の軍手。

 うん。確かに机に比べて全然ホコリを感じない。って言うことは人の出入りうごきがあるってこと。

「リカコさん、やっぱりエアコンの中は空洞だった。降りる階段があるみたい。イチ、カエ入りまーす」

『了解。気をつけてね』


 インカムの中のリカコさんに声をかけて、辺りの様子を数枚の写真に収めるイチを待つと、あたしにアイコンタクトをしてきた彼の短髪を追って、大きく口を開ける暗がりに足を踏み入れた。


 会議室は1階だったからここからは地下になるのかな。愛想のないコンクリートの階段を15段ほど降ったところで、床に映るうっすらとした月明かりを見た。

「明かり取りか? 窓があるな」


 階段の小さな踊場、イチの頭より少し高い位置に大人が1人どうにか通れるくらいの窓が3つ並んでいる。

「草が見えるってことは、ここまでが地上か」


 踊場から方向転換して、さらに薄暗い地下へと進んで行くと開けた場所にでた。

「ドアだね。暗証番号入力しないと入れないや。まぁ、当然か」

 行き止まりにあったご大層な鉄の扉は、電話の数字ボタンのような物が付いている。


「カードスキャンも必要だな。厳重なコトで」


『ジュニア、どうにかなるかしら』

 インカムから聞こえるリカコさんの声に反応して、聞き慣れたジュニアの軽い声が入ってくる。


『あいあい。カードスキャンする機械に通れるくらいの金属の棒。用意しといて』

「えぇ? 急にそんな事言われてもなぁ」

 視線を上げた先のイチに問いかける。

「イチ、ここ通れるくらいの金属の棒。なんかある?」


「針金か? ったく、忍び込ませておいて情報が少なすぎるんだよ」

 パタパタと服を叩いても、そう簡単に仕舞ってもいない物は出てこない。

「上層部も相当張ってはいたみたいよ。でも決定打に欠けるうえに、こちらさんも薄々張られてるって気付いたみたいで、あたし達におはちが回って来たみたい」

 開始前にリカコさんから聞いた受け売りだけど。

「あった。ジュニア、ヘアピンいける?」


『いいんじゃない。今、テンキーの番号解読してるから合図したら奥まで入れてスキャンするみたいに通して』


 髪から抜き取った、Uの字に曲がっているヘアピンを真っ直ぐに伸ばして長くする。


 ピピ。


 インカムの奥から小さな電子音が聞こえて、目の前のテンキーがパパッといくつかの数字を光らせた。


『カエ。3・2・1・GO』


 ジュニアの合図に合わせてシュッとヘアピンを通すと、ドアの奥からガチン。と重い音がする。


「ロック外れたみたい。さすがジュニア。サンキュー」

 残念ながらもう使い物にはならないヘアピンの残骸ざんがいを胸のポケットに滑り込ませて、インカムの中のジュニアにお礼を伝えた。

『情報少ないし色々持って来てたからね』

 声だけでも、彼がにぱっと笑う姿が想像できる。この男の子もあたしと同い年。

「あのデイパックの中身はおやつかと思ってた」


 機械関係に滅法めっぽう強く天才肌。

 このインカムも全てジュニアのお手製だし、今居る製薬会社への侵入も、監視カメラの映像の差し替えも、コンピューター制御室の制圧も。彼無しでは到底とうてい出来ない。


 ただし。


あめとチョコと水羊羹みずようかん入ってるよ。あとグンちゃん』

「グンちゃんて、あのダイオウグソクムシの巨大ぬいぐるみ⁉︎ 持って来てたの」


 なんとかと天才は紙一重。


『うん。現場に行きたそうな顔してたから』

 いや。ぬいぐるみですけど……。


「あのパンパンリュックの9割は巨大ダンゴムシか」

 あたしの言葉に内容を察したイチの、げっそりとしたつぶやき。


『グンちゃんはダイオウグソクムシだもんね! ダンゴムシなんかじゃないんだから!』

 インカムに大音量のさけび声。

 さすが集音機能も高性能。

 耳痛い。


『イチのばーかばーか』


「ジュニア。インカム付けてんのあたしとリカコさんだから」

 悪口言われても困ります。ちらりと見上げるイチに伝言するものでもないし。

『無駄話してないで仕事に集中しなさい』

 静かだが、有無を言わさぬリカコさんの声にサァッと背中が寒くなる。


『はい』

 素直にあたしとジュニアの声が重なった。

『警備員の次の巡回までは約40分よ。注意してね』

 リカコさんの下調べによると夜間に2回。2人の警備員さんが付近の関連会社のビルを車で順番に移動しながら、建物内の巡回をしているみたい。


「カエ。入るぞ」

 重そうな扉を開けてイチがあたしを促した。

 閉まった拍子にロックが掛からないように1人分が通れる幅を開けて扉を固定しておく。


 まぁ、開けっ放しでアラームか何かが発動する可能性もあるけど、監禁よりはよっぽどマシだもんね。


 扉の中にはビニールで覆われた個室があり、正常に動いていれば風の圧力で身体に着いたゴミなどを吹き飛ばす機能があったのだろうけど、ジュニアがシステムをいじったせいか今は全く機能していない。


 暗闇に慣れた目には、室内を照らすほのかな明かりさえも刺激が強くしばらくその場にとどまることを余儀よぎなくされる。


「ビンゴ。これはヤバいな」

 隣に立つイチの声にゆっくりと瞳を開くと、遥か遠くに見える向こう側の壁まで、一面の植物畑。


 水耕栽培やフィルム栽培をされているのは


「大麻、マリファナ、ケシ、ヘロイン。うっわ。コカインもある」


「こっちの通路はトリカブト、ドクゼリ、ハシリドコロ、エンゼルトランペット。あれはドクウツギか? デカイのに。栽培自体は違法じゃ無い物もあるが、何目的で栽培してるんだか」


 ドラッグはもちろん、イチの確認した植物はちょっとでも体内に入ったら即死間違いなしの猛毒を持っている。


 種類を確認しながら、静かな空間にはイチが押すカメラのシャッター音だけが響く。


『リカコ。こっちのデータ送信は終了だ』

 別場所でオペレーション作業のリカコさんは別として、あたし達作業班は必ず2人1組。

 ジュニアとコンビを組んでいるカイリの低い声を拾ったインカムは、よく通るリカコさんの声を伝令する。


『カエちゃん、適当に証拠抑えたら撤収するわよ。カイリとジュニアは出られる? これ以上は、私達の仕事じゃないわ』


『了解』

 あたしとカイリの声が重なった。


「イチ、撤収命令出たよ。写真、大体いけた?」

 黒いツナギのサイドポケットにカメラを入れて、イチがこちらを振り返る。


「大丈夫。出よう」

 重い扉に戻ろうと動き出した時。


 耳を裂くような大きな爆発音に、足元が大きく揺れた。

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