第7話 『やきゅうけん』始まります

 強風が吹き荒れ、猛吹雪が舞う。

 ここは広大な氷床が広がっている海上となる。


 そこに立つ10m級の人型機動兵器トリプルDのオルレアン。

 曲線的なラインで構成された細身のボディは女性的であり美しい。その機体は僅かに空中に浮遊していた。重力制御により、その巨体を宙に浮かせているのだ。試合会場は海の上。オルレアンの巨体がその身を預ければ、氷床は割れ、海へと水没してしまうだろう。

 そしてオルレアンは機体の周囲に電磁障壁を展開していた。

 半径は10mほど。半球形に広がったその障壁は、本来は電磁波を遮断するための物だ。光学迷彩として使用し、機体を光学的に見えなくするための装置。その設定を、空気の層を形成するような設定へと変更したのだ。


 その電磁障壁は吹雪を遮り、また、極寒の大気をも遮った。

 おかげで半径10mの半球形の空間は22℃の温暖な気温に保たれ、更に氷床の上には多くの畳が敷きつめられていた。そしてその上には練炭のコンロが置かれ、餅が焼かれていた。

 また、コタツも持ち込まれており、二人の女子はその中に足を突っ込みつつ温州みかんを剥いていた。このみかんは山口県産の大島みかんであった。


「ねえ美冬さん。このまま、時間切れまでおコタでみかん食べてようよ」

「うーん。そうよね。だって、こんな場所で『やきゅうけん』するなんて不条理極まりないわよね」


 コタツに入って全くやる気がなくなってしまった二人であった。


「うーん。コタツって、人を植物化するんだね」

「え? 美冬さん。それ、どういう意味ですか?」

「私が住んでいる教会にはね。畳の部屋がないから、コタツってあまり経験がないの。でもね、お友達の家でコタツに入ったらね。もう気持ちよくって出たくなくなるの。その状態を根が生えたって言うんだって」

「確かにそうよね。もう動きたくないわ」


 大島みかんを食べながらくつろいでいる二人。

 一向に『やきゅうけん』を始める気配がない。


「ねえ。美冬さん。本当に大丈夫なのかしら。神様に怒られたりしないかな?」

「絶対に大丈夫ですよ。来朝さん」

「すごい自信ですね」

「もちろんです。ほら、この端末ですね。制限時間一杯になると例のメロディが流れます」

「やあきゅううーうすうるならぁ。こーゆぐあいにしやさんせ♪ アウト! セーフ! よよいのよい! です」

「あら。来朝さんお上手ですね。まあそのタイミングでじゃんけんをするんですけど、今回はこのスマホタイプの端末に表示されるグー、チョキ、パーの三つのアイコンをタッチすることでお互いの手を選び、勝敗を決する流れです」

「はい」

「ただし、この端末が壊れた場合は手が決められない為、負けが確定します」

「ええ、そのように説明をうけました。でも、私たちじゃんけんしてませんが、これ、不戦敗にならないのでしょうか?」

「そう。選ばないと不戦敗になる。ならば、選び続けて全て引き分けにすればいいのです」

「え? 全然触ってないのに、全部引き分けになってるのですか?」

「そうですよ。来朝さん」


 来朝は自分の端末を見つめつつ首を傾げる。


「画面には何も写っていませんけど」

「勝手に触らないでくださいね。今、オルレアンが端末を支配してますから、触ると勝敗が決まってしまう場合があります」

「つまり、負けた方が服を脱がなくてはいけないのですね」

「そう。自主的に脱衣しなければ、強制的に燃やしてしまう機能が付いているのです。全く、こんな吹雪の氷床上で、女の子二人にストリップさせようなんて汚い魂胆は粉砕してやります」

「それには賛成いたします。しかし、このままずっと引き分けを続けるわけにはいかないのでは?」

「ルール上の制限時間は無いようですが、永遠に続けるのも意味がありません。今、ジャンヌがこのシステムそのものに侵入中です。ジャンヌはオルレアンの搭載AIです。このシステムをコントロールしているサーバー、もしくはコンピューターを特定し破壊するよう命令しています。早ければ数分、遅くとも数時間で決着がつくでしょう」

「それまではここでミカンでも食べとけって事ですね。美冬さん」

「ええ。その通り。あ、お餅が焼けましたよ」

「あちち。素手じゃ無理でした。美冬さんはきな粉ですか?」

「はい。きな粉で」

「私は海苔と砂糖醤油でいただきます」

「熱いね。ふーふー」

「美味しい。外が吹雪だから、熱々のお餅は余計に美味しいわ」

「さっきホットドッグ食べちゃったから、食べすぎかも」


 広大な氷床の上で少女二人がお餅を食べている微笑ましい風景。

 しかし、その周囲には吹雪が舞い寒風が吹きすさぶ。視界は白く閉ざされ、数メートル先も確認できない。


 そこに接近する複数の何か。

 二人の女子は、それにまだ気づいていなかった。


 

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