第3話 温泉宿のきゃっきゃうふふ

 広い玄関だった。その空間に日本語で文字が浮き上がる。


『いらっしゃいませ。お疲れ様でございました。お部屋へご案内します。殿方二名様は廊下の突き当りを右へお向かい下さい。山茶花さざんかの間でございます。ご婦人五名様は突き当りを左へお向かい下さい。蓮華れんげの間でございます。お食事は椿つばきの間でご用意させていただきます。時間となりましたら改めてご案内差し上げます』


 これが大変シャイだという妖精さんの接客らしい。

 誰も出てこない事に驚きつつも、美冬は納得した。傍にいるノエルもこの建物自体が珍しいせいか、きょろきょろと周囲を見回している。


「さあ美冬姉さま。奥へと行きましょうね」


 玄関でブーツを脱いだ二人は率先して奥の部屋へと向かう。その他のメンバーも靴を脱ぎ、各々の部屋へと向かった。


 女性五名は蓮華れんげの間へと向かう。赤く光る矢印が適時案内をしてくれるため、迷うことなく部屋へと入れた。そこは八畳二間に四畳半の小部屋が付属している上品な造りであった。窓の外には雪景色が広がり、遠くに湖が見える情緒あふれる風景だった。


「すごいです。畳の部屋なんて初めて!」

「そうね。だからってゴロゴロ転がらないの。お行儀が悪いわよ、ノエル」

「ごめんなさい。美冬姉さま。ところで夕食までまだ時間がありますね。どうしますか?」

「温泉って事は、露天風呂? とかあるのかしら。一度経験してみたいって思ってたんだけど」


 美冬の言葉に応じるように、いきなり空中に文字が浮かぶ。


『大浴場は二十四時間ご利用いただけます。大浴場の脇に露天風呂がございます。湖を眺めながら優雅にお過ごしいただけます』


「そうなんだ。妖精さん、ありがとね」

「ありがとう」

『(*ノωノ)ポッ』


 美冬とノエルの感謝の言葉に対し、何だか照れている顔文字が浮かぶ。


「美冬姉さま。お風呂へ行きましょう」

「そうね、マリーさんもどうですか?」

「ふふーん。私も行っちゃおうかな。二人共、お姉さんが体を洗ってあげるわよ」


 獣人のマリーが美冬に抱きついて脇をくすぐる。


「嫌だ。くすぐったいです、マリーさん」

「いいじゃないの。ちょっとくらい」

「あああーん」


 じゃれ合っている二人に鋭い視線を投げているのはノエルだった。ノエルは美冬をくすぐるマリーの手を掴んで彼女に注意する。


「こんなところではしたない真似は止めてください。もう恥ずかしいんだから」

「あれ? ノエルちゃんもくすぐって欲しいのかな? えいえい」

「いやだて。あは~ん。やめて。本当にくすぐったいです。ちょっとちょっと」

「その悶えてる表情がたまんないわ。かわいい!!」


 女性としては大柄なマリーが、小柄な美冬とノエルを翻弄している。脇をくすぐり、寂しい胸元に顔を埋め、可愛いお尻を撫でさする。アンドロイドのみゆきはその様子を笑いながら見つめていた。そしてハルカは相変わらず何やらブツブツと呟いている。


「……怪しい、臭い。何かある。しかし、黒部由紀夫様がそのような悪だくみをするはずがない。では何故……」


 ハルカは腕を組み首をかしげている。そのハルカが忽然と姿を消した。


「あれ?」

「ハルカさん消えちゃった?」


 ハルカの消失にいち早く気付いた美冬とが叫ぶ。

 マリーは二人の女子から手を放し、しばし瞑目する。


「マリーさん?」


 美冬がマリーの手を握る。マリーはその手を握り返し目を開いた。


「あの、黒部が怪しいわ」

「ハルカさんが惚れてるっぽいイケてる中年オヤジですか?」

「ハルカさんが? ウソでしょ?」


 はしゃいでいる中で意外と洞察力が鋭いノエルと、全く気付かないお人よしの美冬だった。


「ここに引きずって来て」

「了解しました」


 すぐに返事をしたのはアンドロイドのみゆきだった。

 みゆきは男性二名に割り当てられた山茶花さざんかの間へと向かい、直ぐに戻ってきた。


「い……痛いです。乱暴にしないで!」

「言い訳は蓮華れんげの間にて伺います」

「貴方はアンドロイドでしょ? 人間に危害を加えることができないはずなのにどうして」

「私は特別製ですの。必要とあらば、拷問も致しますよ」

「拷問なんて!」

「嫌ならおとなしくなさい」


 廊下で叫んでいる黒部だったが、みゆきは容赦なく耳を引っ張り引きずっていた。そして山茶花の間に入った途端に黒部の尻を蹴飛ばした。


「うぎゃあ! 痛いですう」


 涙を流しながら悶える黒部を四名の女性が囲む。

 獣人のマリー、アンドロイドのみゆき、そして美冬とノエルだった。ノエルが一歩前に出て黒部の顔を睨みつける。そのノエルは右手にワインオープナーを握っていた。部屋に備え付けのソムリエナイフと呼ばれるタイプの物だった。


「このナイフ、切れ味が悪そうね。でも、こういうので肌を切ると綺麗に切れないから跡が残っちゃうんでしょ」

「お、お嬢さん。やめてください。そんな物騒な事を何処で覚えたんですか」

「何処だっていいじゃない。こっちのコークスクリューも良さそうね。これをグリグリ回しながら目に突っ込むの。ポコンって目玉が飛び出すと思うの。楽しそうね」

「ひえ! こ……これは仕方がなわね。私の本当の姿を見せてあげます。ビックリしてちびらない事よ」


 怯えていた黒部は突然に、高圧的でかつ女性的な態度に変化した。そして黒部の体は激しく光り始め、そこにいた四名は強烈な輝きに視界を奪われた。

 彼女達の視界が回復した時、そこには女性の天使がいた。頭頂部には光り輝く輪が浮かんでおり、その背中には四枚の純白の羽根がゆらゆらと羽ばたいていた。黒部の正体はこの女性の天使だったのだ。

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