第18話 空き別荘の花瓶(スペシャルストーリー)※

 私はとある空き別荘に放置されている花瓶。一階の会食をする広い部屋に、もう何年もいるわ。


 私が買われたのは多分30年くらい前だったと思う。ここの所有者だったおじさんとおばさんが、市場で私を買ってくれた。ところがある日、二人は荷物の片付けに来た。色々な物を車に運んで、別荘の中はほぼ空き家状態になったと思う。それ以来一度も姿を見ていない。多分所有権を手放したのだと思う。どこに行ったのかも分からない。多分私は要らなかったから、置いていかれたに違いないわ。


 おじさんとおばさんに加えて、別荘には娘の京子ちゃんという女の子もよく来ていた。とても元気で明るい女の子だった。その子はきっと、今では大人になってどこかで生活しているのだと思う。


 京子ちゃんは元気かしら? そんなことを考えていた時だった。


 外から車の音がした。左の窓の方から入ってくるのが見える。数年ぶりに誰か来たようだ。


「動くな。じっとしてろ!」


 車の扉が閉まる音が聞こえた後、男の怒声が外から聞こえてきた。私は怖くなった。何が起きているのか、ここからは分からない。


 玄関の扉が開き、中に誰かが入ってきたようだ。


「女を二階の部屋に閉じ込めろ」


「「「はい」」」


 女の人が監禁されたみたいだ。背筋が一気に凍った。身の危険を感じた私は、男たちがこの部屋にだけは入ってこないことを祈った。


        *


 しばらくして、男の一人が二階から降りてきたようだ。そして電話をかけ始めた様子だ。


「もしもし京子さん。指示された通り、池野美由紀を監禁しました」


 私は男の言葉に衝撃が走った。男は確かに「京子さん」と言った。数十年前に、この家に来ていたあの京子ちゃんのことかと思った。信じられない。昔の京子ちゃんは、明るく元気な上に優しい一面もある女の子だった。同名の人は沢山いる。違う人である可能性に気付き、私は少しだけ安堵を覚えた。


「よくやったわね。でも今週は用事があってそちらに向かえないわ。だから一週間、しっかりとそこで監視していなさい。いいわね? もし何かあったらすぐに連絡するのよ」


「分かりました」


 オンフックにしていないにも関わらず、電話口からはかなり大きな声が漏れている。声だけでは、昔の京子ちゃんなのかどうか分からなかった。


        *

 

 一週間が経過した。男たちは監視を続けているのだろう。階段を上り下りする音が頻繁に聞こえてくる。


 するとその時、男たち三人が私のいる部屋に入ってきた。


「この部屋の椅子を二階に持って上がるぞ」


「はい」


 美由紀さんという女の人の監視に使うのか、三人の男が椅子を持って上がろうとしたその時だった。


「うわっ」


「どうした? うわっ!」


 男三人が、急に苦しそうにその場でうずくまった。黒い煙が男たちを取り囲んでいる。この別荘で怪奇現象は今までに起きたことがない。男たちにバチが当たったのか? 私はただただ驚いた。


「何をしている?」


 男たちの中でもボス的な存在の男が入って来た。昨日京子という女に連絡をしていたのも、この男に違いない。


「佐川さん。急に俺たちの体が動かなくなって……」


「そんな訳ないだろう! 次の獲物が来るんだ。お前たちは二階の女を監視していろ!」


「ですが——」


「つべこべ言わずにどうにかしろ!」


 ボスの男は佐川というらしい。佐川は細い目を大きく見開き、大声で男たちを怒鳴りつけるとスタスタと部屋を出て行った。そして次の獲物と確かに言った。また新たな被害者が出るようだ。何もできない無力な私は、命だけは無事であることを心の底から祈った。


        *

 

 それからまた、少しだけ時間が経過した。男三人はとにかく体を動かせないようだ。ずっと床で苦しそうにもがいている。


 その時、外から車が止まる音が聞こえた。どうやら一台ではない様子だ。次の被害者が来たのか? それとも遂に京子という女が来たのだろうか? 私は何とも言えない緊張感に駆られた。


「次声を荒げたら、お前らの命はないぞ」


 次の犠牲者のようだ。女の人三人が連行されて、私がいる部屋に入ってきた。


「この役立たずが」


 佐川がうずくまっている三人の男を、人相の悪い顔で睨みつけた。残りの男は、三人の女の人を椅子に座らせ、縄で縛りつけ始める。


 私から見て、左側の窓から一番近い席に若い女の人が拘束された。そしてその右隣の入口寄りの席に、三人の中で一番年上の女性が同じように縄で縛られる。さらに右隣に、高校生くらいの女の子が座らされた。


「間もなく京子さんが来る。それまで逃げないように女三人を監視してろ」


「「「はい」」」


「それからお前ら、ちょっと来い」


 京子という女が間もなく来る。佐川が二人の男を連れて、部屋を出ていった。残りの男二人は、女の人達を監視している。私の目の前で一体何をする気なのか? そう言えば二階にいるはずの美由紀さんも、昨日から声すら聞こえてこない。私はぞわっと背筋が凍った。


 二階からドンドンという音が聞こえた。階段を下りて、この部屋に入ってくるようだ。美由紀さんを、この部屋に移動させるつもりなのだろう。


「お母さん!」


「美由紀ちゃん!」


「美由紀さん!」


 美由紀さんは、男たちに強引に部屋に引っ張り込まれた。どうやら美由紀さんは、女の子のお母さんだったようだ。とにかく無事で良かった。私は一先ず安堵した。


「……陽菜。良かった。目覚めたのね。みんな大丈夫? 怪我はない?」


 美由紀さんはげっそりとした顔で、娘の陽菜ちゃんを見つめた。目も半分閉じていて、かなりやつれている。私は美由紀さんが気の毒でならなかった。


「美由紀ちゃん」


 真ん中の席に座っている女の人も、涙を流している。どうやら美由紀さんとは親しい仲のようだ。


「私のお母さんに何てことをしてくれたの!? あなた達絶対に許さないから!」


 陽菜ちゃんが目を見開き、大きな声で男たちに言った。お母さんにこんな酷いことをしたのだ。許せるはずがない。


「だから声を荒げたら命は無いと言っただろう? お前たちは黙ってろ」


「キャッ!」


「お母さん」


「美由紀ちゃん!」


「美由紀さん!」


 佐川は大声を出した後、美由紀さんを前へ押し倒した。床に倒れた美由紀さんを、真ん中の女の人の向かい側の席に縛りつける。


「大丈夫? 美由紀ちゃん」


「大丈夫よ」


 真ん中の女の人が、心配そうに眉をひそめて美由紀さんを見た。美由紀さんがゆっくりと顔を上げる。


「この男たちは用済みだ。部屋からつまみ出せ」


「「「はい」」」


「……仕方ないわね。でも自業自得よ」


 真ん中の女の人が、少し目を細めて男たちに聞こえないように言った。


「春花ちゃん」


 美由紀さんが心配そうに、真ん中の女の人を見る。真ん中の女の人は、春花さんというらしい。


「私やないとあの呪いは絶対に解けん。今ここで解いても大変なことになるし……」


 私は春花さんの言葉を聞いて驚いた。先ほどつまみ出された三人の男は、春花さんの呪いによって苦しんでいたようだ。春花さんは、良い意味でただ者ではないと思った。


        *


 五分が経過した頃、突如外から車が入ってきた。車は一台だけだ。先週昼過ぎに来ると言っていたから、京子という女に違いない。


「誰か来たわね」


 春花さんの顔が険しくなった。


「何してるの? ちゃんと監視していてと言ったでしょ」


「申し訳ありません。監視させていた男の体が、急に麻痺して動けなくなったようで」


「使えないわね。さっさと始末して」


「分かりました」


 外から女の大きな声が聞こえてくる。自分の味方でさえ簡単に始末してしまう人間だ。私は女の人たちの身を案じた。


 玄関の扉の閉まる音が聞こえた。いよいよ京子という女が入ってくる。私の緊張はピークに達した。


「まあ。皆さんお揃いで」


「影山京子!」


 私は陽菜ちゃんの叫ぶ声で、やはり昔の京子ちゃんなのだと分かった。苗字まで同じだったからだ。花柄のスカーフを纏い、ピンクのワンピースを着ている。薄気味悪く微笑みながら、着けていたサングラスをサッと外した。昔の面影がある。間違いなくあの京子ちゃんだ。私は愕然とした。


「あなた……。こんなことをして、許されると思っとるの?」


 美由紀さんが京子ちゃんを睨みつける。すると京子ちゃんは、また気味悪く笑い始めた。


「許される? ウフフ大丈夫大丈夫。貴方たちの命までは奪わないから。そんなに怖がらないの。ただ私の言うことをしっかりと聞くのよ」


 昔の京子ちゃんとは全然違う。昔の姿がまるで幻だったかのようだ。どこで道を踏み外したのか? それに何の目的で女の人たちを監禁したのか? 私はしっかりと状況を把握していこうと思った。


 京子ちゃんが、視線を春花さんと窓際の若い女の人の方に向けた。


「貴方たちは初めましてだね。私は影山京子。私の別荘へようこそ。私は貴方を知っているわよ。だってあなた有名だもの。占い師の長宮春花でしょ? その隣は助手? まあいいわ。それよりなぜあの男が裏切ったのか分かる? あの男は私の親戚なの。お金を積めばいくらでも動いてくれるわ。美由紀さんを監禁したのもあの男。私が指示を出したの」


「自分の息子が犯した罪を隠蔽するためでしょう?」


 春花さんが京子ちゃんを睨みつけた。それに対して京子ちゃんは、悪びれる様子もなく堂々としている。私はがっかりした。だが気持ちを切り替えて、先ほどの会話を一つひとつ整理していった。


 春花さんは占い師で、あの男たちに呪いをかける力を持っていた。そんな春花さんたちを、京子ちゃんはここに監禁した。どうやら京子ちゃんには息子がいるようだ。監禁したのは、その息子が犯した罪を隠蔽するためだ。ということは、この女の人たちが京子ちゃんの息子が犯した罪の証拠を持っているのだろう。


「その通り。良く分かったわね。陽菜ちゃんが話したのかしら? 私見たのよね。事故の時。陽菜ちゃんがビデオカメラを握りしめているのを。警察にバレると困るから、まず美由紀さんを監禁したの。すると丁度、美由紀さんを助けに来ようとしている人たちがいるとあの男から聞いてね。それは貴方達のことだった。おまけにビデオカメラを持っている陽菜ちゃんも一緒にいた。偶然ね。海老で鯛を釣るとは、まさしくこのことね」


「事故を起こしたのも貴方だったのね。ひき逃げじゃない。そんなことをして許されると思っとるの?」


「あー。うるさいうるさい。そんなに大きな声を出さなくても十分聞こえているわよ」


 陽菜ちゃんが、怒り混じりの大きな声で京子ちゃんに言った。それに対して京子ちゃんは、わざとらしく首を振っている。京子ちゃんは事故まで起こしていた。陽菜ちゃんが怒るのも当然だ。京子ちゃんは、身勝手極まりないことをしたのだから。


「今から私の言うことをしっかりと聞きなさい。陽菜ちゃん」


 京子ちゃんは気味悪く笑みを浮かべた後、陽菜ちゃんを強く睨みつけた。


「ビデオカメラを私に引き渡して。あれを私に譲るまで、貴方たちは解放しないつもりよ――」


「陽菜ちゃんは病み上がりなのですよ。貴方が起こした事故のせいで、さっきまで意識が無い状態だったのですよ」


 その時、窓際で縛られている若い女性が、勇気を振り絞って京子ちゃんに言った。京子ちゃんが面白くない顔をする。思い通りにならないからイライラしているのだろう。


「だから今すぐあれを引き渡したら、貴方たちを解放すると言っているじゃない」


「渡しません。絶対に。あなたにだけは渡すつもりはありません」


 陽菜ちゃんの言葉に、京子ちゃんの顔が一気に曇る。そしてもの凄い顔で私の方を見た。私の背筋が一気に凍った。殺される。


 京子ちゃんが私を持ち上げる。やめてと必死でオーラを出したが、通じない。


 京子ちゃんは変わった。昔の面影が残っているが、雰囲気が全然違う。自分勝手で、人のことを平気で傷つける人間に変貌してしまった。


 そして次の瞬間、京子ちゃんが私を床に叩きつけた。そこから先の記憶が、私には一切ない。


※クラス小戦争 第7話 悪女の罠より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る