第48話 杞憂。
その日の夕方。
春樹によって憂いを取り除かれた私は、両親の寝室で蘇生を行った。
混乱が少ない様に、髪飾りで普段から着ていたクラシカルロリータのワンピースを装備して、髪の毛も久し振りの真っ黒。
黒くなった耳と尻尾はもう隠せないけど、なるべく両親が生前に見たであろう私に近付けた。
なんなら、耳と尻尾が完全なコスプレだと勘違いして貰えるくらい、今の装いを終焉前の私に近付けた。
小次郎のお陰で蘇生直後は全裸だと分かっているので、両親の寝室で着替えの準備もバッチリしてから、私は両手にそれぞれ桃色のビー玉を握って祈った。
両親をここに。父と母の命をここに。
あの日喪った者を、今ここに甦れ。
私の願いに反応した二つのビー玉は、ピンクの煙に解けて私の手から吹き出し、やがて私の前に煙が集まって二つの人影を形作る。
「………なにが、起こった? ここは、寝室か?」
「…………ぁあ、…………あなた、ココロ、なの?」
両親だ。
間違いなく、あの日死んだお父さんと、お母さんだ。
「お、おかぁ、……とぅさっ」
声が出なかった。
拒絶されるとか、嫌われるとか、そんな心配ばかりしていたと言うのに、今二人を目の前にして思うのは、ありったけの喜びだった。
暗い感情に溺れそうな事はあったけど、喜色の感情で溺死しそうなのは初めてだ。
「………うぅ、ぅぅぅああああああああぁぁぁ!」
もっとスマートに、事情を説明するつもりでいた。
私は自分をもっとクレバーな人間だと思ってた。
「おどぅざぁぁぁぁぁぁぁぁんっ、おがあざぁぁああああっ……」
「こ、ココロ? どうしたの? なんで泣いてるの?」
「なんで、俺たちは裸なんだ? 一体何が……?」
でも違った。クレバーとかなんだそれ。そもそも私はもう人間ですら無いのだ。何を勘違いしてたのか。
私はもう、半分がケモノの人外なのだ。ならばこの身に宿る獣性に身を委ね、思いのままに振る舞えばいい。
迸るこの感情を隠す事などしなくて良い。ありったけを叫べば良い。
少なくとも、今日この日に思いっきり泣く事が許されるくらいには、二年もの時間を、あの日から今日までを頑張って来たはずだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ……!」
二人を抱き締める。もう手が届かない場所に消えてしまわない様に。
人外成分を極力隠すなんてもうどうでもいい。九本の尻尾も全部使って両親を包み込む。もう絶対に離さない。
修羅が命を削って成し遂げた奇跡なのだ。死んだって離すもんか。
「俺たちは、いったい………?」
「ああココロ、そんなにワンワン泣いて、どうしたの……? それに、これ、耳……?」
ああ、お父さんが聞いてる。お母さんが困ってる。
でも私の唇は私の言うことを聞いてくれない。喉は好き勝手に声帯を揺らす。
まるで私の身体じゃ無いようだ。
「ココロ、お母さん分からないけど、ココロは辛かったのね? 大変だったのね? お母さん、ココロがこんなに泣いてるのを、初めて見たわ……」
「俺たちは確か、………そうだ、化け物と戦って?」
お母さんが私を優しく抱き返してくれた。
お父さんも、狐耳ごと私の頭をポンポンしてくれる。
ああ優しさに解される。クソナニカに対する殺意が解けていく。
でもダメだ。この殺意はこの温もりの対価なのだ。失う事など許されない。絶対にあってはならない。
私は霧散して行く殺意を掻き集める様にまた声を上げて泣き、消えて行く殺意の代わりに、両親の温もりを得た喜びを修羅に対する感謝に変えて、よりいっそうの殺意を形成して行く。
結局、私は本当に夜が開けるまで魂の底から泣き叫んだ。
そして落ち着いた私は、着替えた両親に事のあらましを語り、その後に両親の腕に抱かれたまま眠り、気が付けばお昼になっていた。
両親の寝室には私以外誰も居なくて、外へ出て階段を降りると陽気な話し声が聞こえて来た。
四谷親子と両親の声だ。
「………おはよー」
「おおココロ! おはよう。よく眠れたか?」
「おはようココロ。あら、でもおそようかしら? もうお昼よ?」
ダイニングには九人居て、まるで旧知の間柄であるように仲良く昼食を食べていた。
お父さんと和やかに喋る小次郎。チウとカナのお世話をしながら、春樹と秋菜に話しを聞いているお母さん。キッチンと行ったり来たりして昼食の配膳をしてる雪子。
私が求めた幸せの縮図みたいな光景がそこにあった。
挨拶をすると笑顔のお父さんが振り向き、お母さんは立ち上がって私の元に駆け寄って抱き締めてくれた。
昨日散々泣いたと言うのに、いくらでも蓄えのある涙腺はまた雫を溢れさせる。
「お母さんっ……」
「あらもう、ココロは泣き虫になってしまったのね。………いえ、違うわね。私たちが、ココロを泣き虫にさせてしまったのね。……長い間一人にして、ごめんなさいねぇ」
「いいの。………もう、いいの」
感情が言うことを聞かない。
今まで蓋をして閉じ込めてたソイツが、行き場を見つけて暴れ狂っているのが自分で良く分かる。
お母さんの胸に縋って泣く私は、雪子達の目にどう映っているのか。
「ほら姉ちゃん、やっぱり心配なんて要らなかったじゃないか」
「……うるさい春樹ぶっとばすぞ」
「おお、怖い姉ちゃんにもどった!」
幼子のようにお母さんへ泣き付く私を、春樹がサラダを齧りながら笑う。
その会話を聞いたお父さんが小次郎との会話を止めて春樹に質問する。
「春樹くん、心配とは? ココロは何を心配してたんだ?」
「えっとね……」
「あ、待って春樹それ--」
それ以上言うなと止めようとすると、お母さんに口を塞がれてしまう。こんなゼロ距離に伏兵だと!?
「姉ちゃんはなんかね、自分が人間じゃなくなったから、父さんと母さんに嫌われて拒絶されないか、怖がってたんだよ。化け物扱いされたら立ち直れないって」
春樹おまえ一週間はパイン飴の刑だからな。
心情を赤裸々に語られた私は、いっそう強くお母さんから抱き締めれた。
気が付けば、お父さんも席を立ってお母さんごと私を抱き締めていた。
「バカなこと言わないでちょうだい……」
「このバカ……。例えお前が本当に化け物みたいな姿になったって、私達の娘に間違いはないんだぞ!」
痛いくらい抱き締められた。
私はレベル百六十五で、両親はレベル一かゼロなのに、キツく締められた腕から伝う痛みと温もりが確かに感じられるのだ。
親の愛は、ステータスもブチ抜いて子供へと伝わるらしい。
「なにが人じゃないのよ。こんなに可愛いお耳と尻尾が生えて、もっと可愛い娘になっただけじゃない。むしろお母さんとってもウェルカムよ? 秋菜ちゃんに聞いたけど、色も変えられるんでしょう?」
「ココロお前、私の仕事が純文学系の物書きだって知ってても、ファンタジー系のライトノベルも書いてるのは知らなかったな? お父さん、獣耳は狐派なんだぞ!」
「そうよぉ。お父さん、狐耳が好き過ぎて、若い頃はお母さんにコスプレさせ--」
「待つんだ母さん! それは娘に語る事じゃ無いぞ!」
「お母さんにコスプレさせてココロを仕込んだんだからね?」
「止めたのに言い切るなぁ! 他所のご家庭も居るんだぞぉ!?」
「なによ、もうみんな家族みたいなものじゃない。狐っ娘コスプレさせて仕込んだ娘が本物の狐っ娘になっただけの話しよって、ココロに教えてるだけよ! だからココロは気にしなくて良いのよ? お父さんホントに狐っ娘大好きだから、むしろココロが本物の狐っ娘になって、内心きっと狂喜乱舞してるに違いないのよ?」
お父さんが春樹と同じ性癖だった事が何気にショックだ。
そうか、私は狐っ娘のコスプレしたお母さんに、お父さんがにゃんにゃんにゃーんして産まれたのか。そうか。
………知りとうなかった。
「疑うなら、私達の寝室にまだ狐の付け耳と狐のプラグが……」
「ホントにやめろぉおおおおっ!? おま、娘に何言ってるんだ!?」
「…………尻尾、挿入するタイプなんだね。知りとうなかった……」
「ほら見ろココロが変な落ち込み方しちゃったじゃないか!」
知りたくない事を知って落ち込むけど、両親が変わらず両親で、私は心が暖かくなる。
悔しいが、春樹の言う通りだったのだろう。
「……そんなに好きなら、お父さん尻尾で包んであげるね」
「なにっ!? ……ふぉぉぉおっ! なんと言うモフリティ!」
「あら狡いわアナタ、お母さんもココロのふわふわに包まれたいわ?」
「じゃぁお母さんも、はい」
「あらまあ! やっぱりふわふわねぇ!」
ここが終わってしまった世界だとは思えない、普通の日常が戻って来た気がした。
いや自前のもふもふ尻尾で両親を包むとか非現実そのものであるけど、そういう事じゃないのだ。
「ココロ、お母さん金髪のココロが見てみたいわ?」
「ん。これでいい? 毛先が黒とか白とか、インナーカラーとか、目が金とか銀とか、色々変えれるよ」
「まあまあどうしましょ、耳と尻尾の先っぽは白も黒も捨て難いわ? 金髪にインナーが銀なのも素敵よねぇ。どうしましょどうしましょ……!」
「実寸大の着せ替え色変え狐耳人形になってくれる娘とか最高か? 白い毛並みに毛先と末端が黒で、瞳が金とかできるのか? あ、小麦色は!?」
私はすっかり平穏を取り戻したように思う。
なればこそ、私はクソナニカを討たないといけない。この日常をくれた修羅に報いる為にも。
終わった世界の暁に望む ももるる。【樹法の勇者は煽り厨。】書籍化 @momoruru
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