それは、きっと恋でした。~とあるクリスマスの一日に~

Chromewrite(クロムライト)

きみのその笑顔が恋しくて、僕は今ここに来た。

これは、ある年の12月24.25日、つまりクリスマスの物語である。


明日に15歳の誕生日を迎える受験生、青真 後斗は焦っていた。

先日発表された仮内申は34。志望校に必要な内申には到底届かず、ましてや2もついている。思わずため息が出る。今日は何度目だろうか。親も呆れ果てて声さえかけてくれない。

気が付けば、彼はもう深い眠りについていた。

「ああ神様、どうか明日だけでも。全てを忘れて、幸福に耽っていさせてくれないだろうか。」

彼は何度も何度も、手を合わせて願っていた。

というのは夢の話。という夢だった。


彼は飛び起きた。日付が変わる2分前の事だった。

変わったのは、時刻だけでは無かった。身体に軽さを感じる。彼は、受験に関わる一切を忘れ去っていた。


日付が25日に変わった。

そしてふと思い出したように、貯金箱を覗く。去年の冬からためてきたお金は、一日中たっぷり遊んでいられるほどの量があった。

本棚を眺める。幅1メートル、高さ1.5メートルほどのそこに収まりきらない本のうち、大半を参考書が占めていた。文庫本は20冊にも満たず、マンガ本も目で数えられるほどの数。エロ本は一冊もなかった。


窓の外を見上げる。雲一つない空に、黄色い満月が輝いていた。

スマホを拾い上げ、電源ボタンを押す。しかし、バッテリーが切れていた。コードを引き出しから取り出すと、そばのUSBプラグに挿した。

一分ほど待ち、改めて電源ボタンを押す。通知は999+となっていた。そして、また一件。幼馴染の春川 美心からだった。

「ねぇ、映画見に行かない?」

彼は既読を付けるべきか悩んだ。しかし、考えた末、彼女の笑顔が目に浮かんだ。結局、LINEを開き、分かった。一時間後に駅で。と返信した。


洋服タンスを開き、大慌てで着替える。もう十二月後半なので、温かいものを着ていきたかったが、分厚すぎるのは見た目が良くないと思って取りやめた。

部屋を出たが、妙な静けさが気になった。リビングに行くと、置き手紙があった。祖母の家に行っているそうだ。

洗面所で顔を洗い、くしで髪を整える。身だしなみを再確認すると、彼は自分の全財産と希望をもって、家を出た。これが、甘酸っぱくて切ない、不思議な一日であることなど考えもせずに。


駅の北口に着いた。現在時刻は1時15分。約束の時間まであと15分ほどだった。近くのコンビニに入り、コーラとおにぎりを買った。

再び待ち合わせ場所に戻ると、ベンチに座っておにぎりを食べ始めた。さすがは都会のクリスマス。そこらじゅう華やかなイルミネーションに包まれていた。


一時半ちょうどになって、彼女は現れた。薄桃色のモフモフしたジャンバーを羽織り、白い息を吐いていた。

改札口を通り、電車に乗り込む。席はほとんど開いていなかった。

2つ隣の駅で降りると、喫茶店に入る。高校生や大学生の客人がほとんどだったし、それもカップルばかりだった。


看板メニューのミルクティーココアを注文。彼女はタピオカだった。定員さんが店奥へ入っていくと、彼女はこう告げた。

「ハッピーバースデー、後斗くん。」

そして紙袋を手渡される。中身はお菓子とマフラーだった。彼は苦笑する。彼女が今身に付けているものと色違いだった。


「後斗くん、最近色々疲れてるんじゃないかと思って。」

「ありがとう。大事にするよ。」

そんな会話をしながら、飲み物を飲んで温まると、二人は早速目的地に向かった。


映画館は、さほど混んでいなかった。結局、SFとドラマを一本ずつ見た。スタッフさんも、この時期に中学生が出歩いているはずはないと思い、さほど僕たちを怪しんでいる様子ではなかった。

ポップコーンを食べながら、5時間くらい映画館で過ごした。外に出た時、町はすでに明るくなっていた。


彼女はハンカチを片手に目を潤わせていたが、彼はそうでもなかった。たった二人で5時間も隣同士に座っていたという実感さえ、彼は感じていなかった。


その後の午前中の時間を、二人は笑って過ごした。幸い、知り合いに出会うこともなく、だれにも邪魔されない時間が流れていた。

お昼ご飯を食べ、少し休憩すると、二人はそれぞれ同じ言葉を口にした。

「「遊園地テーマパークに行こう。」」

彼の所持金額は、まだ半分以上残っていた。もちろん、彼女の財布も、まだ重かった。


電車とバスを乗り継ぎ、3時ごろには入園していた。

フリーパスを買い、アトラクションをめいいっぱい楽しんだ。ジェットコースター、ゴーカート、観覧車、メリーゴーランド……


クレープを食べ、ショーを見終えると、もう夕方だった。楽しい時間はあっという間だ。昨夜の満月とはまた違い、赤く染まった空も絶景だった。

夕食にはレストランのプレート定食を食べた。腹が膨れていくのとは対照に、彼の財布は軽くなっていった。


午後九時。あたりは再びイルミネーションに包まれる。空には星が輝いていた。

そして、僕の隣にはあの笑顔の彼女がいた。


二人は向き合い、見つめ合う。その唇が重なり、影が一つになった時、彼女の身体が弱く光を発し始めた。


彼女はこう告げる。私は、もう数カ月前に交通事故で亡くなっていた。けれども、15歳の貴方の誕生日、そしてクリスマスでもある今日。昔のあなたの笑顔を思い出し、が恋しくてたまらなくなって、天国でお祈りしたところ、24時間だけこの地に舞い戻ることを許された。

あと3時間、悲しまずに私と笑って過ごしてほしい。と。


そして時が流れ、午後十一時。二人は、最後のアトラクションに観覧車を選んだ。

列に並びながら、他愛もないことを話して過ごした。


その時が近づき、彼女の身体から発される光はますます強くなる。観覧車に乗り込んですぐ、二人の目は潤い始めた。刻一刻と迫る時間に、自然に涙が止まらなくなった。

観覧車が最高高度に近づき、彼女の身体も足が少しづつ消えていく。


「ありがとう。私は君と出会えて本当に幸せだった。短かったけれど、もう杭のない人生だ。あなたも、自分の人生、最善を尽くして頑張ってね。天国でまってるから。」彼女はそう告げると、目を閉じようとした。

彼は自然に口を開いていた。

「うん。またいつか、天国と現世が行き来できるような、その日まで。また会おう。」


「「本当に、ありがとう。」」

彼女の身体は光となり、天へと登っていった。


観覧車から降りた彼は、二人分の代金を払うと空を見上げた。

今夜もまた、美しい空だった。そして、彼女の明るい笑顔が彼を見つめてるようにも見えた。

テーマパークを出ると、近くの花屋で花束を買った。彼の財布はついに小銭だけになってしまったが、今の彼に心残りは全くなかった。

花束をテーマパークの観覧車裏にそっと置いた。今頃彼女は三途の川を渡っているかもしれない。そんなことを考えながら、彼は両手を合わせていた。


腕時計を見下ろす。さあこれからどうしようか。一瞬このまま家出しようかという考えが頭をよぎった。そういえば、僕は何から逃げようとしていたのだろう。本能に任せるように家を飛び出してきたが、何も覚えていない。

それから、彼女が最後に口にした、最善を尽くしてとは何のことなのだろうか。


駅に戻り、コンビニに入った時思い出した。あと一か月半後は受験なのだった。

こうしちゃいられない。500円弁当とお茶を買うと、彼は急いで改札口に向かった。電車はさほど混んでいなかった。シートに座り、自分の行動を振り返る。そうだ、明日一日だけでもと夢で神様にお祈りしていたのだった。


家の近くに着いた時、空はかなり明るくなっていた。鍵を開けて部屋に入る。親たちは帰って来ていない。このまま年明けまで帰らぬ気かもしれない。それならそれで都合がよかったが、飯はどうしようか。さすがに5日間もご飯なしでは生きていけない。


お弁当を温めにキッチンへ向かうと、先ほどは気づかなかった一万円札が2枚あった。置き手紙は無いが、おそらく一週間以上帰らぬという事だろう。まったく、いくら受験前だからといって、子どもを置いて帰省するだなんて。


それから受験までの一か月半、彼は必死に勉強を続けた。疲れた時は、空を見上げると彼女が元気をくれた感じがした。それでありえないようなスピードで入試の勉強がはかどった。

相変わらず親はほとんど声をかけてこなかったが、今の彼にそんなことはほとんど影響を与えなかった。


そして、2月13日。受験前日となった。この一ヶ月半で、彼の偏差値は10以上増加していた。そして、彼はこの日も一分たりとも時間を無駄にしなかった。


夜が明けた。ついにこの時だ。と彼は身構え、自分自身を奮い立たせた。

高校へ向かう時だって、彼は単語帳を眺めていた。周りに、これほど落ち着いている受験生はいなかった。


受験時間中、彼の集中力が途切れることは無かった。以前の彼からは連想できない姿になっていた。

すべての試験が終わり、彼は空を見上げた。昼間だが三日月が見えた。


面接を終えた数日後、合格通知書が届いた。彼の努力の結晶が実を結んだようだ。天国で彼女もあの笑顔で喜んでいることだろう。


電車に乗り、あのテーマパークに向かった。チケットを二枚分買い、観覧車に乗り込んだ。頂上に上がりかけた時、彼は天を見上げて言った。


「「ありがとう、美心後斗。」」

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