実食と決着

 香丸拾の五目炊きこみご飯(他、海マンドラゴラの干物と味噌汁)

 蔡望の骨肉茶とマンドラゴラ餅。

 シリルのラタトゥイユ。


 すべての料理が出そろい、審査が始まった。ステージ袖からは控えていた医師団が万一のためにと背後に勢ぞろいする。

 料理を口に運ぶと、三人の審査員はそれぞれに目を見開き、眉根を寄せ、あるいは視線を宙にさまよわせ、是とも否ともつかぬ反応を示した。

 審査員席の前に並ぶ三人のマンドラゴラシェフは、黙然もくねんと言葉を待つのみ。最初に平らげて口を開いたのは、植民大尉だ。


「あー、俺は料理の専門家ではないんでな、みんな美味かったよ。中でも蔡シェフの肉骨茶は体が温まる。ホロホロとよく骨から外れる豚肉と、とろけるように柔らかいのに煮崩れしない根菜が、こいつは危険なマンドラゴラだってことを忘れるほど優しい味わいだ。まあ、こう思うのも俺が年寄りだからかもしれんが、薬膳ってものを初めて理解した気がするよ。マンドラゴラ餅も、香ばしさとモチモチした食感がたまらないな。辛くて酸味のあるタレをつけても美味いが、なくてもそのままでイケる。こいつで一杯やりたくなってきたよ、ハハハハ」

「よっしゃぁ!」


 まだ勝利が確定したわけでもないのに、蔡望は天を仰いでガッツポーズした。とかく陽気な男なのである。


「肉骨茶は初めてですけれど、母国でも味わいたい料理ですわね」


 ニコニコと鷹揚に述べたのは伯爵令嬢。彼女の母国では生きた人間から血税として手や足や内臓の一部を取って、祭りの時などに食べる習慣がある。肉骨茶も、やはり豚の肉を使わないのかもしれない……と全員思ったが、誰も口にしなかった。


「マンドラゴラ餅には甘いタレもあると、もっとわたくし好みでしたけれど」

「へへ、次は用意しますね!」


 伯爵令嬢が可憐に微笑むと、まだ若い蔡望は真っ赤になりながら頭をかいた。


「いやー、肉骨茶は確かに素晴らしいけれど、やっぱりお肉がメインに感じられるのは〝マンドラゴラ料理〟としてはいささか残念な所ですねえ」


 厳しいコメントを出したのは料理研究家だ。


「その点、シリルシェフのラタトゥイユは、素材すべてが野菜! 六種類ものマンドラゴラを調和させ、かつ毒性も抑えている。見た目の華やかさ、技術の高度さ、そして味。文句のつけようもありませんわ」

「確かに」


 植民大尉は研究家に同意しつつ続けた。


「昔レストランで食べたラタトゥイユといえば、グズグズに煮崩れた感じの野暮ったい料理だったんだがこれは美しい。香り、歯ごたえ、見た目、どれも爽やかで鮮やかだ。そのくせ、見てくれだけじゃなく野菜の甘さ香ばしさ、深い旨味がきっちり出そろっていて、いくらでも食べられちまう」

「六種類ものマンドラゴラを使ったラタトゥイユ、間違いなく一級品の料理ですわね」


 惜しみない賞賛を受けながら、シリルは腕を組んだまま表情を動かさない。ただ、少し目を伏せた瞬間だけが、やや満足そうに見えた。


「残る香丸シェフは、あまり突出した所はないな。海マンドラゴラという希少食材のアドバンテージは無視できないが、珍しいというだけで特別美味という気はしない。付加価値が高いだけだ」

「ですね。香丸シェフの料理は、なんというか……平凡ですね。味噌汁はマンドラゴラと特に関係のないただの味噌汁で、炊きこみご飯には合うけれど……」


 研究家は「大したことないね」と言わんばかりの顔で顎をなでる。客席にいる香丸の妻子・治子は絶望的な表情で、かんばしくない審査員の評価を聞いていた。

 香丸の料理に使われたマンドラゴラはゴボウ、ニンジン、こんにゃく、そして海マンドラゴラの四種。味の上でも技術の上でも、シリルに圧倒的な差をつけられていた。――かに思えたが。


「もしかしてみなさま、お気づきになってらっしゃらないの?」


 伯爵令嬢の一言が場の流れを変える。


「なにがですか?」と司会のリナイ。

「香丸シェフが炊かれたのは、ですわ」


 時代が下って形骸化した貴族とはいえ、伯爵令嬢はやはりセレブであった。


「マンドラゴラ米は、わたくしもサラダに少量かかっているものしか食べたことがなかったのですけれど。海マンドラゴラ以上の希少なものをふんだんに使われていたので、驚きましたわ。このような物でおもてなしを受けたら、わたくし、その人のことをいっぺんに好きになってしまいそうよ」


 ざわざわと観客席が顔を見合わせる。リナイが「本当ですか?」と香丸にマイクを向けると、彼は「ああ」とうなずいた。


「確かに俺が使ったのは、イネ科のオリザマンドラゴラだ。やつは確かに根が人型をしているが、もっとも特徴的なのは――」


 正面の巨大モニターが、すでにまだ土鍋に残っている炊きこみご飯を映し出す。拡大されたその姿に、料理研究家が声を上げた。


「ああっ! よく見ると、一粒一粒が、人の形をしている!?」

「そんなっ。なんだか不格好な米だと思ったら……」と植民大尉。


「これは五年前から俺が研究し、独自に栽培して生きたマンドラゴラ米だ。栄養価も高く、何より毒が弱くてな、どのマンドラゴラと合わせても簡単に無毒化されるし、他のマンドラゴラのバランスを崩して有毒化させることも滅多にない。非常に使いやすいマンドラゴラだ」

「それが貴様の隠し球か……ッ」


 シリルが自分のコック帽を握りしめ、憎悪すら感じる声音を絞り出した。それまで冷静だった彼が、初めてむき出しの感情を見せる様に困惑の空気が広がる。


「だが、それしきの工夫ではオレの六種マンドラゴララタトゥイユには勝てん!」

「では一つ聞くが――シリル、お前は俺が何の出汁を使ったと思う?」


 答えは数秒後、リナイに示されたカンペと、間もなくモニターに表示された映像にあった。それは海マンドラゴラの干物を作り、また、小さな海マンドラゴラで煮干しを作る香丸の姿。そして海マンドラゴラ上部の海藻部分を加工し、出汁昆布にする姿もまた、あった。リナイは興奮のあまり唾を飛ばしながらマイクに叫ぶ。


「ああーっ! つまり、香丸シェフの味噌汁は、マンドラゴラ煮干しとマンドラゴラ昆布の合わせ出汁! そして炊きこみご飯には、巨大な海マンドラゴラを使った、カツオ節ならぬ、マンドラゴラぶしの出汁! す、すなわち――彼の料理には、計七つのマンドラゴラが使われていたことになります!」


 さすがにそこまでは予想していなかったのか、伯爵令嬢は「まあ」と目を丸くして口を押さえた。シリルが愕然として、膝から崩れ落ちる。


「七種類だと……? そんな無茶を、さも平然と……?」

「ひえー、下町の食堂で働いてるおっちゃんが、よくやるな~。あっはっは!」


 対して、蔡望は面白いと言わんばかりに陽気なものだ。

 この瞬間、満場一致で優勝者が決まった。



「見ていろ、ヒロイ。次こそは貴様に勝つ!」


 さんざん泣きはらした後のある目で、シリルは香丸に捨て台詞を吐くと、足音高く去って行った。母国で修行し直すのだと言う。

 ホテルのロビー、香丸と並んでソファに座っていた蔡望は「おっちゃん、昔あいつとなんかあったの?」と訊ねる。なんだか剣幕が普通ではない気がしたのだ。


「……昔、ちょっとな」


 それはまた、別の話。

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マンドラ食え!~マンドラゴラ料理コンペティション~ 雨藤フラシ @Ankhlore

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