第12話・国政の勇者ノーベル

「財務大臣様、ご報告です!!」


「……今度はどうした?」


「勇者殿が……我が国で絶滅危惧種に指定されている熊を……食されまして。」


「はあああああああ……。下がれ、ご苦労だったな。」


「それが……それだけでは無いのです!!」


「……待て、頭痛薬を探す。」


「その熊を……先代様もご一緒に食されたそうで……。」


「隠蔽は可能か?」


「それが……先代様が熊に寄生している虫に当たったご様子で。」


「ぐううううううう……。もう良い、下がれ。」


「はっ!!」


 今しがた頭に激痛を覚えてたこの男は、リユツーブ王国で財務大臣を勤めるノーベルである。彼は財務大臣と言う肩書を持ちながら、この国を一手にまとめ上げる手腕を誇る『国政の勇者』の異名で知られる政治家だ。


 先ほどの部下からの報告、これは彼の業務の範囲の問題ではない。それは彼が財務大臣故だ。本来であれば先ほどのような絶滅危惧種の保護は環境大臣が担当する案件である。


 では、どうして彼の元に報告が入るのか?


 勇者であるタケシが引き起こす事件が原因で彼以外の大臣全員が全員胃潰瘍になってしまったからだ。


 彼以外の大臣11名は目下長期入院中である。


 お見舞い申し上げます。


「はあああ……。タケシ殿は勇者、この世界を危機から救った英雄だ。本来であれば罰する事自体が我らにとって罪だと言うのに。それだけではない……。」


 ノーベルは悩んでいた。それはタケシの勇者としての実績だけではなく、勇者がこのリユツーブ王国にもたらされた文明の発展に感謝の念を示しているからだ。


 この世界は現代日本とは比較にならないほど文明に遅れをとっている。それ故にタケシの知りうる日本の文明がこの国の発展に大きく貢献したのだ。


 パソコン、スマホ、電気、漫画、水の衛生概念、音楽文化、カメラの発明、食文化の発展、アミューズメント文化の発展、燃料の概念、福利厚生の概念、アイドルの誕生そして果てにはこの世界に『黒色火薬』を生み出すきっかけとなるなど、タケシは鼻くそを穿りながら語り出すのだ。


 タケシは意外と博識なのだ。


 そんなタケシに聡明さを覚えたノーベルは彼の全てを受け入れた。するとタケシのうろ覚え知識を形にして世に広めたノーベルは国王の覚えが良くなり、気が付けば彼は財務大臣に任命されていた。


 タケシはノーベルにとって『なんちゃって恩人』なのである。


 だからこそ彼はタケシの奇行に悩むわけで。タケシの中途半端な頭の良さに気付いたノーベルは偏頭痛と戦いながら職務を全うする日々を送っている。


「タケシ殿のヤンチャぶりには困ってしまうな。だが、彼の進言した『ノーベル賞』と言う制度は素晴らしかった。やはり彼は真の救世主なのだ!!」


 因みにタケシが『ノーベル賞』制度を進言した理由は、この財務大臣がたまたまノーベルと同名だったからだ。これもまたタケシは鼻くそを穿りながら財務大臣に語り出したわけで。


 今となっては彼が偶然引き起こした『黒色火薬』を世に広める仕掛け人になろうは。財務大臣にとっては最大の皮肉ではないだろうか?


「だがタケシ殿はご自分の財産を切り売りしてまで納税義務を負ってくださいっているのだ!! 私がその税金をうまく活用できていないと言う事ではないか!? 俺はまだまだ政治家として甘ちゃんなんだ!!」


 このノーベルは勇者を信じている。


 だからこそ彼に固定資産税や所得税を義務付けているのだ。タケシは炭鉱放火事件と火薬爆破事件でノーベルに説教をされたと言っているが、実はそれはタケシの被害妄想なのである。


 世界を救った勇者に土下座をして奇行を改めるように懇願する一国の財務大臣。ノーベルは実質的には総理大臣である。そんな人物が土下座をする姿はとても他人には見せられないものだった。


 さらに言えばタケシはこの時、カツ丼が出なかったことに文句を言っていたわけだが。実際にはノーベルも勇者に敬意を払って最高級の宮廷料理を準備していた。にも関わらず、タケシは不貞腐れていたのだ。


 タケシはお子ちゃま舌と言う事だ。


「はああ……。だが俺は彼にとんでもない事をしてしまった。確かに俺は疲れていた。だが、それは理由にはならない。まさか英雄たる彼の暗殺を決意するとは、……俺はなんて罪深い男なんだ!!」


 勇者の暗殺。これが意味するものとは?


 実はノーベルは政治家だけではなく生物学者としても名声を広めていた。そんな彼がたまたま発見した新種の猛毒を研究してしまったのだ。そして、数年間に及ぶ地道な研究。それらが産んだものは猛毒兵器だった。


 ノーベルは悩んだ。この猛毒はこの世にあって良いものではない、と。それと時期を同じくして多発しだすタケシの奇行。疲れた彼は悪に手を染めてしまったのだ。


「タケシ殿の住われる洞窟に生息するコウモリに猛毒を注入するなど……俺は最低な人間だああああああ!!」


 因みにタケシはその猛毒すらも食したわけだが、彼は死ななかった。


 理由は至って単純。猛毒が『アイテム』だからだ。


 因みにこの猛毒がもとでタケシに雇われていた熊は尊い命を失う事になり、その肉を食べた『太陽王』シヨミは食中毒に見舞われたことは誰も知らない事実である。


 シヨミの猛毒にその体を蝕まれながら食中毒で済んでいるあたりが、なんともコメントのしづらいところである。


 ここで『アイテム』の定義についてご説明しよう。


 本作品におけるアイテムとは『自然界から直接採取される一次製品以外(ただし明らかな食品は除く)』を指している。


 油が一次製品ではないか? とツッコまれる方もいるかも知れない。だがタケシが浴びた油はナタネから搾り取った油であることから人工の産物なのだ。


 ……もはや財務大臣ノーベルは不憫としか言いようがない。


 お前も少しは休んだらどうだろうか?


「後はこれか……。この標語はどうしたら良いんだ? 彼が国民に慕われいる証なのだろうが……。どうして、こんな一大事に厚生労働大臣は入院などするのだ!! 『地震・雷・火事・タケシ』だと!! こんなものは彼の名誉を甚だしく傷付けるものだ!!」


 現在のリユツーブ王国は流行語大賞が三日後に迫っていた。ノーベルは真面目な男である。それ故に融通が効かない。だが、それでも彼はタケシが絡んだ流行語のノミネートを承認できずにいた。それが劣悪な隠蔽工作となろうとも。


 だがノーベルには隠蔽工作すらできない状態にあった。


 それは何故か?


「なんで全国民が総一致でこの標語しか応募しないんだよ!! 他の候補がないってどう言う事!?」


 リユツーブ王国における一般市民の人口は約1000万人。その全市民がタケシが絡んだ標語の大賞を望んでいる。……勇者、恐るべし。


 悩む財務大臣。彼はここ一ヶ月間まともに睡眠を取っていないのだ。彼のタケシに対する敬意は海よりも広いと言えるだろう。


 おっと。またもやノーベルの個室のドアがノックされたようだ。彼の部下だろうか?


「……入れ。」


「はっ!!」


「何か事件でもあったか?」


「それが……雪男が現れた、と通報がありまして。」


「雪男? バカバカしい!! お前はそんなものが本当にいると思っているのか!?」


 どうやらノーベルはイライラしているようだ。少しだけそっとしてあげようと思う。


「いえ、私はいないと思うのですが。なんと言いますか……、通報があった街が勇者殿が住われる山の麓にある街でして。」


「……ちょっと待て。頭痛薬と胃薬を出すから!!」


「……もう、宜しいですか?」


「続けろ……。」


「はっ!! なんでも勇者殿がスビーエ王国のワーロックと共に裸で麓の街に降りられたらしく……。」


「……これって俺が担当する案件か!?」


「そう言われましても……。私たちも先代様のご指示のもとに財務大臣様にご報告をしていますから。」


「……有給使って良い?」


「ですが財務大臣様!! このままでは他国の義賊が我が王国で悪事を働きながら、その他国になんの報告もしないと言うのは……。」


「う……。国際問題に発展する、と言いたいのか?」


「僭越ながら……。」


「もうやだ!! 俺は財務大臣を辞任するぞ!!」


 怒りに身を任せて財務大臣の辞任を公言するノーベルだった。だが彼はこの後、更なる後悔をすることとなる。


 ノーベルの辞任によりリユツーブ王国の内閣は総辞職となり、内閣の再生が執り行われた。その結果、ノーベルは見事に総理大臣に任命されてしまったのだ


 第一次ノーベル内閣の誕生である。


 冬の空に吹き荒れるは猛吹雪。国家を憂う真の政治家は心に激しくも虚しい嵐が巻き起こる。政治家の心に巻き起こった嵐は彼の毛根を連れ去って、春が訪れ田植えの時期を切に願う。


「もう俺が魔王になってやるんだああああああああああああ!!」


 因みに彼は一次内閣誕生から十期連続で総理大臣を歴任する伝説の政治家となるのだった。

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