新しいものは古い

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

「新しいものは古い」

 私が学生時代によく通っていたゲームセンターに、いつもそのオジさんはいた。遊んでいるのは決まってテトリスで、他のゲームをプレイしているところは結局一度も見なかった。


 ある日、私は好奇心からオジさんに尋ねた。他にもっと新しくて面白いゲームがいっぱいあるのに、どうしてテトリスしかやらないんですか、と。するとオジさんは苦笑いを浮かべてこう答えた。


「そいつは昔、縁側で将棋ばっかり指しとるジジイ連中にオレが言ってやった質問だぜ」


 そしてオジさんは再びテトリスに向き合い、「お前も見つけられたらいいな」と付け加えた。


 当時、その言葉の意味が分からなかった私はオジさんに背を向けて、最新の3Dを使ったバーチャファイターにコインを入れ、「こっちには、もっと新しくて面白いものがあるのに、もったいないな」と思った。


※ ※ ※


 あれから20年以上が経った。


「おじさん、最近何か面白いゲームある?」


 久方ぶりの里帰り。高校生の甥っ子の問いかけに、私はうーんと唸った。


「じゃあ、アニメでも漫画でも、なんでもいいよ。何か新しいやつ教えてよ」


 もう一度、うーんと唸った。


「また、無いの? おじさん、昔は面白いもの色々教えてくれたのになぁ」


 返す言葉がない。


 彼の言う通り、私は最近、新しい作品を積極的に摂取しなくなった。


 これが十年前なら「仕事の疲れで新しいものを取り入れる気力が無い」のが主な理由だった。しかし四十代を迎えた今、別の問題が浮上してきたのである。


「ちょっと、ゲーセンにでも行くか」


※ ※ ※


 懐かしい地元のゲームセンター。置かれたゲームの大半は知らないものになってしまったが、奥にはひっそりとレトロなビデオゲームが幾つか置いてある。真っ先にそちらへ向かった私を甥っ子が引き止めた。


「こっちに、もっと新しいゲームあるよ」


 そうだな。


 知っている。


 知りつつ、私は奥の『バーチャファイター5』の前に腰掛けた。最後のバージョンアップから、かれこれ十年以上は経っているゲームだ。


「おじさん、ここ来るたびにそれやってるよね。もっと新しいゲームあるのに、どうして?」


「……それはな」


 私は苦笑して答えた。


「新しいものは、古いからだよ」


 甥っ子は頭にクエスチョンマークを浮かべた。


「たとえばだ。アニメや漫画で『やったか!?』という台詞が出てきたら、どう思う?」


「やってない」


「そうだ。大抵はやってない。様々な作品で繰り返しそういう場面を見て学習したから、それが分かるんだ。しかし、初めてその台詞を聞いた時はどうだった? やったのか、やってないのか。もしかしたらやったのでは? ……そういう新鮮なドキドキがあったはすだ」


「覚えてないけど、まあ、確かにそうかも」


「それと同じだよ。私はあまりに長く、たくさんの作品を見てきてしまった。そのせいで、君の言う『新しい作品』を、君ほどに新しく感じられなくなってしまったんだ。君にとっては新しい作品が、私にとっては、いつかどこかで見た古い作品なんだ」


「ふーん……」


 甥っ子は、よく分からないといった表情で新作ゲームの方へと去っていった。


「…………」


 私一人になったレトロゲームコーナーにレバーとボタンを動かす音だけが響いた。私にとっては、かつて新鮮な楽しさをくれたこのゲームこそが最高の一本なのだ。


「よう、お前にも見つかったじゃねえか」


 あのオジさんの声が聞こえた気がした。


-おしまい-

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新しいものは古い 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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