第26話 部長さんと一緒

「どうしてこんなことに……」


 スラックスを履いた凛々しい部長さんが情けないため息交じりに嘆いている。

 田野たのさんを盾にして、できるだけ人目に付かないようにごみ拾いをする姿は小動物系で可愛らしい。


「部長が道玄坂どうげんざかくんの土下座に心を動かされたからじゃないですか」


「心を動かされたとは言わない! 動揺だよ動揺!」


「それでも逃げずに参加してくれたのは偉いと思います」


田野たのちゃんを守らないといけないからね。二人きりでナニをしだすかわかったもんじゃない」


「いつもは二人きりなんですけど……ね、道元坂くん」


「僕に話を振らない方がいいんじゃないかな」


 部長さんは僕に敵意を向けながら田野たのさんの背中に隠れてしまった。パッと見はイケメンなのに中身は恐がりな女の子ってギャップとしてはかなり強い個性だ。

 男子からのいやらしい視線を避けるために男装してるみたいだけど、かえって逆効果な気がしてならない。


「そうだよ田野たのちゃん。ボクが他の部活の助っ人をやりすぎだったね。これからは校内美化活動にも参加するからアイツを退部させよう」


「ダメですよ。そんなことしたら来年困っちゃいます」


「来年のことは来年考えればいいじゃないか」


「部長こそ女子大を目指さないなら来年のことを今考えた方がいいと思いますよ」


田野たのちゃんのイジワル……」


 もはやどちらが先輩かわからないくらい田野たのさんが部長さんをたしなめている。

 そしてさりげなく知ってしまったのが、部長さんが女子大ではなく共学の大学を目指しているということ。

 大学生なんてそりゃもうウェイウィだしキャンパスに足を踏み入れたら発狂してしまうんじゃないだろうか。


道玄坂どうげんざかくんはヘタレだから何もしませんよ。まずは道玄坂どうげんざかくんで慣れていきましょう」


「まさか田野たのちゃん、ボクのために……!」


「はい。ボランティア部の人数維持と活動実績のためです」


「むむむ。そこは嘘でもボクのためって言ってくれてもいいじゃないか」


「部長はわたしが手を差し伸べなくても課題をクリアできるって信じてますから」


「そ、そうか。田野たのちゃんがそんなにもボクを信じてくれるのなら期待に応えないといけないな。ハハハ」


 部長さんはまるで田野たのさんの尻に敷かれた彼氏だ。謎の夫婦間を出していて割って入る隙がない。僕が肉の壁になるまでもなく、部長さんは田野たのさんにしっかりと守られていた。


「と、いうわけで今度は道玄坂どうげんざかくんと二人でごみ拾いに励んでください。えいっ!」


「え? え?」


 田野たのさんは部長さんの腕を掴むと、自分を軸にして僕の方に放り投げた。

 突然のことで踏ん張れなかったのか勢いよく突っ込んでくる。


「わわっ!」


「ひいっ!」


 反射的に部長さんの腕を掴んで抱き留めてしまった。パッと見の印象とは反対に細くて柔らかい腕は女子であることを意識させる。


「あ……あ……」


「どうしよう。部長さん石になっちゃった!」


「……慣れさせるためにしばらくそうしてあげれば?」


「待って待って! これじゃあごみ拾いもできないし、周りから見たらカップルみたいじゃん。しかもBLの!」


「お似合いだと思うよ」


 急に不機嫌になった田野たのさんはぷいっと顔を逸らして黙々とごみ拾いを続ける。

 このまま手を離したら部長さんが頭から床にダイブしそうだから身動きも取れない。

 

 幸いなことに部長さんの顔は僕の体で隠せているから正体はバレていないはずだ。男装姿は女子に人気があり、たわわな胸は男子に人気がある。

 こんな陰キャが男女問わず人気のある部長さんを抱きしめていると知れたらフルボッコにされてしまう。


 あとで部長さんに何と言われようともまずは正体を隠すのが最優先だ。


「た、田野たのさーん。おーい」


 まずは黙々と作業に勤しむ田野たのさんの手を借りなければならない。

 いくら僕の影が薄いと言ってもさすがに聞こえているだろうに田野たのさんから華麗にスルーされてしまった。


「部長さん。このまま石になってるとその間に僕が……ああ、そんなこと言えるか!」


 僕の声が部長さんの耳に届いているかはわからない。

 ド下ネタを言えば反射で僕の元から逃げてくれる可能性に賭けたかったけど、公衆の面前で口に出すのはさすがにはばかられた。


 川瀬くらい突き抜けていれば堂々と発言できたんだろうけど、残念ながら僕はその領域から遠ざかってしまっている。


道玄坂どうげんざかくん」


「うわっ!」


「今、部長に何をしようとしたのかな?」


「べ、別に何もしないよ。そういう風に言えば部長さんが目を覚ますかなって思っただけで」


「ふ~~~~ん」


 田野たのさんが僕に対してめちゃくちゃ疑いの目を向けてくる。別に付き合っているわけではないから浮気ではないんだけど、やっぱり意識を失っている女の子に手を出す行為は同性として見過ごせないらしい。


田野たのさんだって言ってたじゃない。僕はヘタレだって」


「でもすぐに土下座する」


「それは話の流れというか……ねえ?」


「……道玄坂どうげんざかくんと部長が抱き合ってる間に先生から第一校舎の蛍光灯の交換を頼まれたの。ちょっと高い所の作業だから手伝ってほしい」


「もちろん! じゃあまずは部長さんをどうにかしようか」


「仕方ないなあ」


 呆れながらも田野たのさんの口角は少し上がっているように見えた。絶対に部長さんの男嫌いのリアクションと僕の困惑を楽しんでいる。

 押しが弱いなんてとんでもない。慣れ親しむほどに我が強くなって土下座しても反論されてしまいそうだ。


 仲良くなった今だからこそ、土下座してヤラせてくれと頼んでもヤラせてくれなさそうだ。


「それじゃあ部長をこっちに渡して」


「うん」


 寝ている子供を受け渡すように部長さんの体重を田野たのさんに委ねた。

 僕よりも大きいその体を小柄な田野たのさんが支えるのは少し大変そうだ。


「部長、起きてください」


「……はっ! 田野たのちゃん。キミはとんでもないことを」


「こんな様子じゃ大学に行ってから大変ですよ」


「はっはっは。来年のことは来年考えるさ」


 田野たのさんの包容力に安心したのか部長さんは一気に饒舌になる。もしこの人が男として生まれていたらこんな苦労はしなかっただろうに。神様って残酷なんだな。


「それで蛍光灯の交換だっけ? 三人の中で一番背の高い僕がいれば問題ないことを見せつけてあげよう」


「部長さん聞こえてたんですか!?」


「ひいいっ! ボクが石になってる間に凌辱しようとしたケダモノ!」


「そこまで言おうとしてませんよ!」


「へえ、じゃあどこまでしようとしたの?」


田野たのさん!?」


 どうにも田野たのさんからの当たりがキツい。だけど助けてもらった手前このまま誤魔化すのも後味が悪い。

 部長さんに信じてもらえないだろけど、さっき僕が飲み込んだ言葉を正直に白状しよう。


「……キ、キス」


「舌を入れる気だったろ!」


「しませんよ!」


 ファーストキスが寝込みを襲う形なんて最悪過ぎる。人生の汚点になってもおかしくないレベルだ。


「……道玄坂どうげんざかのヘタレ」


「なんで!?」


 キスで思い止まったのがダメだったの!? こういう時にはもっと過激な行為をした方が女子からの好感度が高いの!?


 もう何もわからないまま、僕らは蛍光灯を変えるべく第一校舎へと向かった。

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