第6話 マン

 人数の少ない部は部室棟の隅に追いやられてしまう。僕が所属するパソコン部も人数だけで言えば弱小の部類に入るけど、毎年文化祭で有用なソフトやアプリを発表しているおかげで部費は潤沢だし放課後は自由にパソコン室を使えている。


「川瀬くんはあのままでよかったの?」


「大丈夫。そのうち勝手に復活するから」


 灰になったクソゲス野郎の川瀬のことを忘れるためにパソコン部に想いを馳せていたところ、田野たのさんはあいつの身を案じていた。本当に器の大きい人間だ。

 僕らみたいな下劣な人間と同じ教室で過ごしているなんて奇跡だと思う。学校教育の奇跡だ。


「ところで、僕は本当にボランティア部に入るの? 別に入部しなくても手伝いくらいなら」


「うーん。大義名分っていうのかな。学校内で活動するなら部活動の方がいろいろ便利だと思うんだ」


 唇に人差し指を当てて天を仰ぐ姿が妙に色っぽい。現状、クラスのやつらは田野たのさんを頼まれたら股を開く女だと勘違いしている。この色気はその誤解をさらに助長されるには十分過ぎるくらいに魅力的だ。


「それにしても嬉しいなあ。みんな、わたしの活動に興味を持ってくれたみたいで。今日なんて休み時間の度に質問攻めだったよ」


 えへへと笑うその顔は完全にゆるんでいる。ふっくらとしたほっぺは薄い桃色に染まりとても魅力的に見える。


「質問って……どんな?」


「えーっと、痛くなかった? とか、どこでしてるの? とか」


「それに対して田野たのさんはどんな回答を……?」


 僕が抱いている田野たのさんのイメージを素直に捉えるなら、そんな性的な質問攻めにあったら心が折れて泣いている。それがこんなにけろっとして、しかもその原因となった僕と一緒にボランティア部の部室に赴くなんてありえない。


 そして昨日知った田野たのさんの新たな一面。とんでもない天然だという点を考慮するときっと田野たのさんと女子達の間にとんでもない誤解が生まれていることは簡単に想像できた。


「初めての時は血が出たとか、いつもは人通りの多いところでしてるよって」


「うん……女子達はなんか盛り上がってなかった?」


「そうなんだ。やっぱり女の子だから手の傷とかは気になるもんね」


田野たのさんのおっしゃる通りだと思います。はい」


 案の定、田野たのさんは女子を勘違いさせるような口ぶりで質問に答えていたらしい。そりゃ休み時間の度に田野たのさんの元に集まるわけだ。僕は陽キャに絡まれて弁明することしかできなかったから、やっぱり本物の天然は強い。


「ふふ。改めて道玄坂どうげんざかくんはお話しやすいな」


「え?」


「今日は篠原さんとか沼倉さんとかあんまりお話したことのない子といっぱいお話して、結構イメージが変わったんだ。道玄坂どうげんざかくんはいつも川瀬くんと一緒でどんな人かよくわからなかったし、土下座された時はビックリしたけどお話したらとっても親しみやすい」


「そ、そうかな。他の男子の方が親しみやすいと思うけど」


「うーん……あんまり派手な男子はちょっと恐いかな。あ! 道玄坂どうげんざかくんが地味って意味じゃなくてね」


「地味な自覚はあるから大丈夫。僕も女子と話すのはあんまり得意じゃないんだけどね」


「ふふ。わたし達、似た者同士だね。って、ごめん。イヤだよね。わたしみたいのと似てるって言われたら」


「そんなことない! むしろ僕みたいなクソゲス野郎と田野たのさんみたいな聖母がこうして並んでいるだけでも恐れ多い!」


 気付けば僕は両膝を廊下に着いていた。部室棟の地味ゾーンに突入していたので幸いなことに僕と田野たのさんしかこの場にはいない。他の人に見られたら変な噂が立つところだった。


「どうしたの道玄坂どうげんざかくん」


「ごめん。体が勝手に……聖母である田野たのさんを前にして頭が高いなって」


 顔を上げても田野たのさんのスカートの中は見えない。校則で定められたスカート丈はこういう事態を想定して決められたのかもしれないな。


「もう! わたしは聖母なんかじゃないよ。それにまだ女子高生なのに母って言われるのはちょっと傷付くかも」


 ほっぺを焼きたての餅みたいにぷくっと膨らませる田野たのさん。怒っているはずなのに実家のような安心感すらある。本人はあまり嬉しくないようだけどやはり母のような包容力を持ち合わせている。


「ごめんごめん。それなら聖女なんてどう? これならお母さん感はないでしょ?」


「そういう問題じゃないのに。わたしだって汚いところはあるんだよ?」


「た……例えば?」


 女の子の汚い場所と言えばもうアソコくらいしか……田野たのさんも頬を赤らめてるし、きっと隠されし秘部の話だ。いくら天然の田野たのさんでもさすがにこればっかりは話をはぐらかせないだろう。

 そう考えた僕はちょっとしたイジワルのつもりで具体例を要求した。やっぱり僕も川瀬と同じクソゲス野郎なんだ。でも田野たのさんなら、田野たのさんは答えてくれる!


「土下座したら……教えてあげてもいいよ?」


田野たのさんの汚いところを教えてくださいお願いします!!」


 答えがわかりきっていたとしても、それを女子の口から直接聞きたいというのが男子高校生というものだ。同じ単語でも男子と女子でその言葉が持つ力の差は絶大なのである。

 もはや土下座をすることに何の恥も躊躇ないもなかった。

 クラスメイトの女子を前にして僕は頭を床にこすりつけ、ただ彼女の口から汚いところの名称を聞きたい一心で頭を下げ続けた。


「そんなに簡単に頭を下げたら価値がなくなっちゃうよ」


「元から価値が地に落ちてるから僕にはもうこれしかないんだよ!」


 僕の視線は床に釘付けなので田野たのさんの表情は見えないけど、ぷぷっと笑われたのだけはしっかりと聞こえた。田野たのさんに比べたら笑われて当然の人間だと思うので嘲笑を受け入れる。


「わたしが言うのも変だけど、道玄坂どうげんざかくん自己評価が低すぎない?」


 顔を上げるとしゃがみこんだ田野たのさんの姿が目の前にあった。

 スカートが長いおかげで下半身はしっかりとガードされている。考え方は大人びているのに全体的な雰囲気はまだ幼くて、でもしっかりとオトナの女性らしい肉感のアンバランスさに心拍数が上がる。


「いやいや。正当な評価だって。田野たのさんの汚い場所を聞きたくて土下座する男だよ? 田野たのさんじゃなかったら通報されてる」


道玄坂どうげんざかくん、わたしのことチョロい女だと思ってるでしょ?」


滅相めっそうもございません! この世の全ての女の子が鉄壁です」


「ふふ。道玄坂どうげんざかくんって本当におもしろい。男子とお話しててこんなに楽しいの初めてかも」


 それは僕みたいなクソ童貞を勘違いさせる発言ですよ?

 僕の中で今、この子だけは違う! 現象が巻き起こっている。田野たのさんは本物の天然だ。計算で童貞の心をおちょくっているわけじゃない。

 ボランティアで校内清掃をする女子がビッチのはずがないんだ!


「そんな風に言ってもらえて光栄だよ。本当に汚いところがあるのか疑いたくなっちゃう」


「うぅ……話を逸らそうとしたのに。土下座したら教えてあげるって言ったのはわたしだもんね」


 ついに聖女・田野たのさんの口からとんでもない言葉が飛び出す瞬間に立ち会える。そう考えるだけで期待と股間がむくむくと膨らんでいく。


「実はわたし……マン」


「マン!?」


 まさかここまで直接的とは思っておらず反射的にオウム返ししてしまった。

 落ち着け僕。自分で見えてないけどこの血走った目をやめろ!


「マンションの駐車場はあんまりお掃除できてないんだ。車の出入りが激しいからなかなか手を付けられなくて」


「ですよねー!」


 予想していた展開ではあったけど裏切られた感もあって僕は危うく床とキスをしかけた。頭突きはしっかりと決まったのでジンジンと痛みが広がっていく。

 これはきっと神様が与えた罰なんだ。聖女様に汚い部位なんてあるはずがない。まだ見ぬ未知の領域への想像を膨らませながら、膨らんだ股間は徐々に落ち着きを取り戻していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る