第50話 落ちた霊薬

「では神使を連れてきた方が早いのではないか?」

りつの提案に二人とも納得し、子供天狗が迎えに行く事になった。


「じゃあ俺が行ってくるか!」

子供天狗が言うのを、りつは心配そうに見ていた。


「気をつけるんじゃぞ!」

「ああ!」


「知らぬ奴について行ってはいけんぞ!」

「あいわかった!」


「ちゃんと前を見て走るんじゃぞ!」

「おう!」

「もういいさぁ、早く行かせてやれぇ」

鬼丸の言葉に、りつは言葉を控え、走り去る子供天狗の背を心配そうに見送った。


「そんな心配せんでもいい、いぶきは強い」

「しかしなぁ…、人間達は弱いくせにたくみじゃ」

「そうかぁ?」

「ああ、いぶきのような珍しい色は、どんな目にあうか…」

「そうかぁ?」

「もし捕まってどこか遠くに売られて酷い事でもされたらどうする、今の我で探せるかどうか…」

「うーん、そうかぁ?」

「そうかばかり言うでない、そうなのじゃ」

「うーん…」


二人が掛け合いをしているうちに、長安はだんだんと意識が薄れていき、目を閉じてしまった。


「長安っ」

りつが気づいて駆け寄る。顔面は蒼白、意識を失っているのに、聞き取れないような小さな唸り声を出している。


「血を止めねばならんのか」

鬼丸はりつの言葉に、着ていた衣を差し出した。

「丈夫だぞぉ」

「すまぬな」

りつは器用に長安の傷口を押さえるように胴を巻いていく。

「上手だなぁ」

「そうじゃろう」

きつく締め上げ流れ出る血を止めたが、どうなるかわからない。


「人間とは不便なものじゃの」

死に向かう長安を見て、りつは呟いた。


「鬼丸は本当にこんな不便な体になりたいのか?」

「なりたいぞぉ」

「何処がいいのじゃ」

「人間はあったけえ」

りつは全く理解が出来なかった。人間は恐ろしいものだとは思っても、あったかいものという表現は初めて聞く。


りつは不意に、鬼丸の腕に触れた。


「そういう意味ではないようじゃの、当然か」

「なんだぁ?」

もしかすると鬼丸の体は冷たくて、純粋に温かくなりたかっただけかも知れない、と考えては見たものの、やはりそういう事ではないようだ。


がさ…。


後ろからする、草を踏みつける音に気づいた瞬間、張り詰めた空気がその場を支配した。


音の方を振り向けば、小柄な人間の男が手に木の棒を持ってこちらを見ている。


「い、…いたぞおおおおお!」


小柄な男は腹の底から大声を出して山に響かせた。そして近くにいた鬼丸の姿を見て腰を抜かす。


「ひぃ!?」


悲鳴をあげられた鬼丸は少し悲しそうな顔をして小男を見た後、りつの方を向くのだった。


「どうする?逃げるかぁ?」

「ううむ、長安は動かさない方が良いと思うがな、ここにおっては人間達がくるしな…」

「…そうだなぁ」


鬼丸は何か覚悟するように頷くと、小男の前に仁王立ちした。


「俺は鬼だぁ!今からこいつを食う!」


「ひぃ!?」

「こいつは俺の飯だぁ、邪魔するならお前も食うぞぉ!」

「ひぃ!邪魔なんてしませんから!」


鬼丸は腹に力を溜めて叫ぶ。


「ならとっととあっちさ行けぇ!」


「ひぃぃ!」

小男は腰を抜かしているので、それでも何とかその場から離れようと地面を這って逃げていく。


遠くから、他の人間達の足音と声が寄ってくるのを感じると、空気を震わせる程の雄叫びを放った。


「うおおおぉ!」


びりびりびり。


辺りの木々から鳥達が逃げ出し、木々さえ揺れる。


りつは長安の体に寄り添い、異変が無いか確認する。


辺りはしばらく経ってから元の静けさを取り戻す。

「これで人間達は来んだろぉ」

そう言うと鬼丸は長安の前に座って様子を伺った。

「まだ生きてるかぁ?」

「まだ生きておるぞ」

りつは鬼丸の方を向いて頷くと、小男が座り込んだ場所に何かが落ちている事に気がついた。


「何か落ちておるな」

近づいて拾って見れば、硬い肉片の様に見える。

「何やら不味そうじゃな」

「あの人間が落としたんかぁ?」

「うむ、先程はこのようなもの、無かったな」

りつはなぜか食したい欲望にかられ、鼻を近づけてみると、ずいぶんと苦そうな匂いがしてすぐ様離した。

しかし何かに誘われ、舌で舐めてみるのである。


「うっ…不味いのぉ」

そう言ってまたすぐにそれを離すのだが、また再び鼻に近づけるのだ。

「舐めたんかぁ?どしたぁ?」

「な、何やら癖のあるのぉ…」

苦くて不味いというのに、りつは舐めたり離したりしている。

「何だこれは、何やら、何やら力がみなぎってくるのぉ」

りつは何かに気づいたように勢いよく長安の元に寄ると、その硬い肉片のようなものを長安の口に押し込めようとした。

鬼丸は驚き目を見開く。

「何してんだぁ」

「意識が無いゆえ、無理矢理舐めさせておるのじゃ、鬼丸も手伝うのじゃ!」

「しかしなぁ…」

「早く手伝うのじゃ、長安が死んでもよいのか?」

鬼丸はその勢いに気おくれしてしまい、長安の口を力づくで開いてやった。

りつはすかさず口の中深くに入れた肉片のようなもを回し、唾液に混ざるようにした。

「早う飲み込むのじゃぁ」

意識の無い長安に話しかける。


「一体何なんだぁ?」

鬼丸の問いに、りつは答えた。


「これは霊薬じゃ!」

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