第49話 神頼み

「そうか、長安ながやすか…」

りつは繰り返した。


長安の怪我は、ほぼ殴打によるものに見え、さらに所々擦り切れ血が出ている様にも見える。


三人ともどう反応していいか分からず、ひたすら無言で時が経つ。


長安は長安で、傷が痛むのか時々嗚咽を漏らしている。


「大丈夫かぁ?」

声を上げたのは鬼丸だった。

鬼丸は相手が人間である以上、迂闊に近寄れないと考えて様子を見ていたのだが、堪えきれずに話しかけてしまった。

「…。ああ、大丈夫だ」

長安は相手が鬼だと分かっているのか、わかっていないのか、普通に返事をした。


「傷、痛いのか」

鬼丸に続いて子供天狗も声をかける。


「ああ、痛いと言えばぁ痛いが…、大丈夫だ」

あきらかに大丈夫そうではない声の返事に、りつが少し反応した。


「君達は、こんな所で何をしているんだ?」

大丈夫そうではないのに、少し声を張って聞いてくる。


「少々、探し物をな」

りつが答える。

「探し物…?」

長安は誰とも目を合わせずに喋る。そしてりつの返事を聞いた途端に不安げな声色に変わった。


「探し物とは、君たちも霊薬れいやくを探してぇいるのか?」

長安は少し変わった喋り方をするのであった。



「霊薬ではなく巻物じゃ」

りつが答える。

「巻物?…そうか」

りつの返事に、今度は安堵した様だった。


「長安は霊薬を探してるのか?」

子供天狗が聞くと、長安は少し間をあけてから答えた。

「いや…、霊薬を探しているのは、この先の村のもの達だ、さっき通っただろう」

「さっきのやつらは長安を探してるみたいだったぞ」

「ああ…拙者が霊薬を盗んで逃げたと思ってぇいるらしい」

「お主たまにずいぶんと妙ちくりんな喋り方をするの」

りつはたまらず指摘する。

「うはぁっはっ…」

長安は笑おうとして、傷が痛むのか我慢した。


「拙者、遠くから流れて来た故、少し変に思うかもしれない。気をつけてはいるのだが…」


「…」

「…」

「…」


三人ともなんとなく納得しかねて、返す言葉もなく言葉を失っている。


思い出したように話始めたのは、子供天狗だった。

「…なぁりつ、長政ながまさの傷、なんとかならないか?」

長安ながやすだぁ」

「うむ、ちと試してみようか」


そう言うとりつは、近くにあった木の葉をいくつか手に取り、長安に向けて放り投げた。


長安は落ちて来た木の葉に少し驚いた様だった。

子供天狗は、長安が木の葉が触れてはじめてやっと驚いた事に少しの違和感を覚えた。


「動くでないぞ」

りつの一言に、長安は体を強張らせ息を止める。


ぱぁん!


りつは思い切り胸の前で両手を合わせた。

この音に、長安はじめ鬼丸と子供天狗が驚くだけでなく、周辺の木々さえ一瞬静まり帰った気がした。


「…だめじゃ…」


りつはうなだれ、座り込む。


「傷はなおらん…」

りつの神通力が足りなかったのだった。


「りつは頑張ったぞぉ」

鬼丸がすかさず褒める。

りつは、もっと慰めてくれとばかりに鬼丸の方を向く。


りつの頭をなでる鬼丸の横で、子供天狗は長安の体をじっと見つめ、どこが一番悪いのか見定めようとした。

それは天狗の目を利用した方法だった。


子供天狗の目に浮かんで見えたのは、脇下の切り傷だった。

子供天狗は無言で長安の腕を無理矢理上げた。


「ううっ…!」


長安は堪えられる訳もなく声をだした。


脇下に切り傷があり、そこから血が流れ出ている。


「お主、大怪我ではないか!」

りつが言うと、長安は自信を張って答えた。

「大怪我をしているからと言って、どうにかなるものでもぉ無し」

りつは反応しない。


「何だぁそれ?」

鬼丸がりつの頭に手を乗せたまま聞いてみたが、長安は答えなかった。

「ちょっと待ってろ」

子供天狗が、衣の膨らみを弄り何かを取り出そうとしている。


ごそごそ…。


取り出したのは、狐色の短い毛束だった。


「いぶき?それはまさか…」

「山ギツネの毛だ」


自慢げに答える。

束の中から一本だけ器用に取り出し、口に咥えると更に半分に切った。


「さぁ、これを食え」


自信たっぷりに言う子供天狗に、鬼丸は頷いて見せた。地獄鬼と戦った際に、鬼丸も世話になった毛だ。

「毛を食えとは、いぶき、どうした?」

りつが心配そうに聞いてくる。


「これは山ギツネの毛だ、食ったら傷が治る!」

長安がこれに反応する。

「毛…?」

「大丈夫だ、食ってみろ」

長安の口に無理矢理おしこめられる山ギツネの毛。

抵抗する気力も無いのか、素直に飲み込む長安であった。


しかし。


子供天狗が想像する様な変化は現れず、むしろ状態は悪くなっているようだった。


「いぶき、その毛には、あの神使の力は込められていない様に見えるぞ?」


りつが指摘する。


「その毛束、あの神使が持っていけとよこしたものか?」

「いや、こっそり抜いて来た」

りつは言葉の代わりに、呆れた顔で子供天狗をみてやった。


「いぶきぃ、そりゃ泥棒だぁ」

鬼丸も困った顔で言うと、子供天狗は気まずそうに毛束をふところに戻した。


「山ギツネんとこ連れてくかぁ?」

鬼丸の提案に、子供天狗は賛成の様で頷いている。

「そうだな、近いし」

そんな話をする二人に、りつは長安に聞こえない様、小声で話しかけた。


「なぁ、ここまでが此奴こやつの一生だったと、諦める道は無いのか?」


「助けられるんだぁ、助けるさぁ」

鬼丸が言う。

「そうだ、何いってるんだ」

子供天狗にまで責められ、りつは細切れそうな声で答えた。

「そうか、すまぬ…」

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