第33話 天狗の里へ

「狐はわざと掴まれたんだ」

男は子供天狗の頭を撫でながら優しく教えた。

「だから心配しなくていい」


敵意の無い眼差しだ。


「わざと?」

「あのわしは物の怪の使いだろう。物の怪は地獄との門を閉じた私達を探しているんだと思うよ、怒っているからね。しかし私達が地獄へ物の怪退治に堂々と乗り込むのは目立つし…、でもこうしてさらわれてしまえば何とでも言い訳は立つしね」


「言い訳?」

一体、何に言い訳をするのか、言っていることが理解出来なかった。

人間に悪さする物の怪を懲らしめるために地獄に行く事になんの問題があるのか。


「色々あるんだよ、地獄の世と人間の世と天の世には」

そこで終わればいいのに、男は余計な一言を言った。

「天狗にはわからないかも知れないね」


腕を掴んでいる手を振り払い、団扇を向ける。

相手はおそらく天人、敵う相手では無いのかも知れないが関係ない。

「ごめんごめん、嫌味に聞こえたかな?そんなつもりじゃなかったんだ」

男は両手を広げて無防備さを見せてきた。

「…」


「私達天人も、天狗の事はよく知らないんだ、関わりがないからね。だからこの物の怪の正体が天狗でないとも言い切れない」

真っ直ぐこちらを見て話す。

やはり、面をしているのに目が合っている様で気持ちが悪い。


「見ただろう、鷲という鳥の物の怪なんだ」

男が納得する様な話は思いつかなかった。

「天狗では無いと知るには情報が足りない。君を見て、やはり違うのかな?とは思うけど、どうなんだろうね」

あくまでも天狗を物の怪にしたい様だ。

「それでなんだけど…」

男は近づいていきなり頭を撫でて来た。

「天狗の里に連れてってくれないかな?」

それはそれは優しい微笑みを向けて来て男は言った。


「天狗の里に??」

「そう!そこで天狗とは何かを知れば、きっと私の疑いも晴れると思うんだ」

男はしゃがんで目線を合わせて来る。

「いいかな?」

なんとなくのまれて、わかったと言いそうになるのを堪えた。


「いや、ダメだ。天狗の里に天狗以外は入れない。俺も怒られる」

はっきりと断る。

男は少し驚き、少し考えていたようだった。


「…でも君、探し物があるんだよね?」


男はこれでどうかと言わんばかりの表情だ。


「…里に入ってどうするんだ?」

「もちろん見て知るだけだよ」


「悪さはしないか?」

「する訳がない、僕は天人だよ」


天人の男の微笑みは張り付いてしまった様に少しも変わらない。


「…わかった」

子供天狗は観念して返事をした。


「良かった。ありがとう」

天人は微笑みを張り付けたまま言う。


「じゃぁ早速行こう」

急げとばかりに懐に手を入れて何かを出そうとしている。


「ま、待て。山ギツネは大丈夫なのか?」

鷲にまさに鷲掴みにされ、だらりとした山ギツネの姿が頭から離れない。


「大丈夫、大丈夫。暴れれば落ちるからじっとしていただけだよ」

天人の男はなんてこと無いといった風に言った。


山ギツネの姿が脳裏をよぎる。

やはり騙されているのかも知れない…。

知らずのうちに怪しむ雰囲気を出してしまっていたらしい。


「もしかすると怪しんでる?」

天人の男が聞いて来るが、返事もせずに黙っていた。


すると、天人男は手のひらでやっと掴めるくらいの、透明なまん丸い玉を取り出して渡して来た。

「はい」

「何だ?これ」

受け取って見ると、本当にまん丸で傷も無い。

狐のお面が歪んで映っていたが、少し経つと鷲にぶら下がっている山ギツネがはっきりと映し出されたた。


「おい!」

一体何に向かって言ったのかわからないが、そう声が出た。

「それあげるから」

天人の男はそう言って小さな笛を吹いた…と思って見て見るが笛らしき物は無かった。

口笛とは違う音と思ったが、どこから出たのか不思議である。


するとどこから現れたのか、小さな龍が体をくねらせて目の前にやってきた。


「はぁ!」

また驚いて変わった声が出た。


小さな龍と言っても、鬼丸、いや地獄鬼を横にしたくらいの長さはある。


二本の角を頭から出し、口髭を顔の両脇から生やし、童など簡単に飲み込めそうな大きな口を少し開き、鱗は白く輝いているようで、尾は軌跡を残して揺らめいている。


「珍しいだろう、白龍だ」


天人の男は自慢げに言ったが、龍自体、人間の世にはいない。もちろん天狗の世にもだ。


「さぁ、行こう」

この龍に乗っていくのか?

龍の上にまたげばいいのか考えていたら、白龍はその大きな口を開けてこちらを見た。


「!」

すると突然不思議な力が辺りに漂い、体は歪み、渦となり人の形を無くして白龍の中へ吸い込まれた。


それからは、白龍と一体化してしまったような、不思議な感覚に陥った。

まるで目を閉じて、温かい何かに包まれている。

鼓動も伝わってくるが、それが白龍のものなのか、自分のものなのかわからない。


そして時を忘れ、寝ていたのかなんなのかわからないが、気がつくと天狗の里の入り口付近に放出されていた。


目の前には白龍と天人の男がいる。

「乗り心地はどうだった?」

白龍はまたゆらゆらと体をくねらせて天へ向かって飛んで行き、しかし途中で姿を消してしまった。


「ここに天狗の里が隠れていると聞いたんだけど、あってる?」


一体誰に里の場所を聞いたのか不思議でたまらなかったが、驚く事ばかりが続き聞く事も忘れていた。

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