第32話 疑いの目

「忘れてはないがな!」

大きく胸を張って見え透いた嘘をつく。

そんな事は気にも留めず、山ギツネは話を続ける。


「奴は天人あまびとでな、しかも変わった天人ときた。人間に興味を持ち、人間にちょっかいを出す。この町は少し前からこんなであったが、地獄が絡んでいる故、迂闊に手を出せずにおったのだか…。変わった天人が勝手に手を出す事になった」

山ギツネは尾っぽで地面を叩く。


「儂はこの変わった天人に乗じようと思ってな」


「そうか、いいんじゃないか?」

山ギツネは突如そこで話をやめ、じっと子供天狗を見つめだした。

「どうしたんだ?」

「…天人の調べでは、物の怪の正体は天狗なのではと言い出してな」

言いづらそうに少し声を抑えて言う。


子供天狗は驚いて声も出なかった。


「地獄に鷲の物の怪がいて、そやつが糸を引いているようなのじゃが、天狗によく似た特徴を持っておるのじゃ」

「見、見たのか?」

慌てて聞き返す。

「いや、話だけで判断したようだ」

「そんな特徴のやつなんか、まんとおるだろ!」

「まんとおるかは知らんが…まあそうだな。それで天人がな、天狗をよく知らんので知りたいというんじゃ」

「そんなやつ知るか!」

天狗は人間を助ける存在であるというのに、まるで物の怪扱いする奴になど会いたくなかった。


「まぁ待て、知ってもらえば疑いも解けるじゃろ」

「知るか!」

物の怪は天狗では無い、以上である。


「お前が気を悪くするのは無理もない。しかし嘘をついて会わせるのも悪いからな」

「そんな事をしたら恨むぞ」

山ギツネは驚いた顔をしていた。


「そんなに嫌か」

「嫌じゃ!」


「しかし天人は神通力に長けておる。探し物を見つけるなど造作もないのではないか?」

「…」


探し物が見つかれば、童はきっと幸せだ。


「どうだ?」

「…」


物の怪が天狗と言われ頭に血がのぼったが、そうではないとわかってくれればそれでいいのかも知れない。


「わかった、それなら会おうじゃないか、その天人やらに」


ごごご…。


丁度、赤紫の渦が音を立てた。

何事かと町の方を見ると、赤紫の渦が少し大きくなっていた。


「大きくなったぞ!」

「うむ。儂らが地獄へ通じる小さい渦を見つけて封じたもんだから、地獄の物の怪は人間をもらえず欲が大きくなったんじゃろ」


ぴぃぁっぴぁっぴぃぁ…。


天狗笛の音のようなものが聞こえて来るが、天狗笛じゃあ無い。鳥の鳴き声だ。


気配を感じて空をみあげれば、突然、大きな鳥が落ちてくる。

慌てて避けてみれば、その鳥は墜落する事なくまた上空へ上がって行く。


「何だあの鳥は!」

見たことが無い鳥だった。


「珍しい、あれは鷲じゃな」

山ギツネが教えてくれた。

鷲といえば、先程話に出て来た物の怪ではないか。

「あれが物の怪か!」

懐から団扇を出す。


「あれは物の怪ではなさそうじゃが」

淡々とした声の山ギツネは上空の鷲を見ているだけだった。


「あんな鳥、この辺じゃぁ見ないぞ。物の怪でないのなら何だ」

「まぁそう早合点するな、あれはただの鳥だ」

落ち着けと言わんばかりに尾っぽを揺らしている。


「襲われたぞ!」

「儂を食おうとしたのかも知れんな。鷲が、儂を」

狐を食おうとするなど、なんと凶暴か。

「…」

山ギツネは何か言いたげにこちらを見ている。


「また来るぞ!」

鷲はぐるりと町の上を周り、こちらに向かって来る様に見えた。

しかし鷲は町の上を周るばかり。


「ほれ来んじゃろ、あれはただの鳥」

山ギツネはそういって背中を向けて歩き出した。


すると、町の上を周っていた鷲が急にこちらに向かって急降下して来た。


「山ギツネ!」

逃げる様に叫んだ。


山ギツネが振り向いた時にはもうすぐそこまで来ていて、団扇を扇いだが間に合わなかった。


鷲の鋭い爪は山ギツネをしっかり捉え、鷲掴みにすると再び空高く舞い上がった。


もう一度団扇で風を生み出すが、鷲の動きが早く捉える事が出来ない。それどころかその風に乗って更に遠くに行ってしまった。

山ギツネはだらりと鷲にぶら下がっている。


見えなくなって行く鷲と山ギツネを眺めるしか出来ない…訳が無い!


あそこに渦巻く地獄の力を使って、何とかする!


天狗の踊りを踊り回る。

急げ急げ、山ギツネが連れて行かれた。


その踊りが止まる事など無いはずなのに、誰かが腕を掴んだので回る事が出来なくなった。


掴まれた腕から、掴んだ者を見る。


それは大人の人間でおそらく男、髪は漆黒色で長く、後ろで一本に束ねている。薄い青色の目を持ち面をつけているというのに目が合った気がした。


しかしすぐに人間では無いとあらためる。


「いいんだ、放っておいて」

腕を鷲掴みにされているというのに、男の雰囲気はとても心地よいもので、そのままのまれて目でも閉じそうになったのだがその一言で目が覚めた。


「放っておけとはどういう事だっ」

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