第30話 二人の企み

町の外れで人間の死骸が発見された。


武士の亡骸であった為、人々は困惑した。

誰でもいいので下手人を用意しないと事はおさまらない。しかも放免の可能性はなく打首は確実である。


町人は誰にもよそよそしく、人に関せぬ様に暮らしはじめた。


琵琶女はそんな町中であっても琵琶を奏でる。

怯えるしかない人間どもは弱く憐れだ。

ほんの些細な事で命を奪われても文句は言えない。

それが弱者。


生まれながらに弱者か強者かは決まっている。

どんな家に生まれたか、どんな環境で暮らすかで決まり、己に決める権利はない。


自らの手で運命を変える事などほぼ不可能。

そんな事が許されるのは、人より優れた力を持つ者のみ。


そう、今の我の様に。


琵琶女は下手人を見繕う事にした。

このままでは皆家から出てこなくなる。

放っておいても勝手に下手人は用意されるだろうが、それはきっと弱者だ。


そんな事は許されない。


琵琶女は、下手人候補を数人思い浮かべる。


呉服屋んとこの倅はどうだ?

若い女に手を出しすぎて、真っ昼間から恨みを仰山と肩に乗っけて歩いている。


そうしよう、決めた琵琶女はそうして早速琵琶を奏でる。


べべん。


その時だ。

あの卑しい男が取り巻きを従えてやってきたものだから、不機嫌な顔で迎えてやった。


卑しい男は一瞬怯んで足を止めたがすぐ前まで来た。

「どうもどうも、先日お話しした鬼の件なのですがね…」

「人間になりたい鬼のことか」

「ええ、ええ、そうです、そうです。明日やっとこちらへくる手筈でして」

「そうかい」

「ええ、はい」


琵琶女はそれ以上言わぬし、卑しい男は琵琶女の反応を待っている。


「わざわざそれを伝えに来たのかい、ご苦労様じゃ。しかしなればとっとと去れい」

労いそして、声色を変え追い払う。

目の前の卑しい男を見るたび苛立ちを覚える。使えぬ人間であれば早々に地獄へ送りつけている所だ。


この卑しい男は、商売敵をあの世へ送り、娘がいれば攫ってどこかの女衒へ売りつけていた。


欲にまみれ、他者に感謝などせず、腐っておる。


見るたびに今すぐにでも切り刻んで地獄へ撒きたい衝動に駆られるが、しかし我の復讐に役立つゆえ仕方なしに生かしてある。


琵琶女の復讐は、琵琶女を琵琶女とした憎い人間を地獄へ送る事だ。


その為には憎い人間を探し出さないといけない。

無駄に顔が広く、下衆な人間どもにも詳しいこの卑しい男は役に立つ。


しかし結局憎い人間は見つからず、いつからか人間どもを裁くことに尽力している始末。


卑しい男は「ではこの辺で…」など言って去って行ったが、小刻みに振り向いてはこちらを見たりしていた。


いやしくよこしまな人間ゆえ何かよからぬ事でも考えているのではないかとは思うが、馬鹿な真似をするなら地獄へ送ればよいだけの事。


べべん。


琵琶女は琵琶を奏でて、呉服屋の倅を呼んだ。

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