第29話 贈り物

「放っておくんか?」


山ギツネは天人あまびとに聞いた。

天人は小鬼に情報を聞いただけで、見逃す様だ。


「それもそうだね」

天人は思いついた様に答えて小鬼の前にしゃがみ込んだ。

山ギツネは、小鬼はきっと何をされるのかと怯えるに違いないと思ったのだが、なんと諦めた様に仰向けに倒れたではないか。

「すうきにしたらいい」

独特な喋りの鬼だな、とあらためて思う。


この小鬼は、こないだ出会った地獄の鬼とも全く違う。

地獄の鬼は皆あれほどの巨体なのかと思っていたがそれはどうやら違う様だ。


「ワシ弱い」

だから一思いにやってくれと言わんばかりだ。


天人はそれを見て急に笑い出した。


「あはは、どうしようか?」

山ギツネの方を向き意見を求めている様だ。

「放っておいては地獄の鬼に食われるか、その鷲の物の怪に食われるか、人間にいじめられるかじゃろ」

正直にこの後起きるであろう事を答えると、小鬼は悲しそうに顔を歪めてこちらを見つめている。


「そうだねえ、この人間達の世話役でもするかい?」

天人は小鬼に聞いた。

物の怪が入り浸っている町には人間達を返せない。


小鬼は信じられないといった顔で見返している。

確かにこの天人は信じられぬ程に優しいが、それだけでは無くて、この小鬼が残虐無慈悲な鬼ではないのだと見抜いているのだろう。


この時、天人により小鬼に、選択する"贈り物"が贈られた。


果たして小鬼は受け取るか?

山ギツネは小鬼の口の動きに注視した。


小鬼は信じられないと言った顔のまま、動かない。


「…天人よ、こやつ、気を失っておるのでは無いか?」

山ギツネは試しに前脚でつついてみたが反応は無い。

「本当だ。ふふふ、可愛いなぁ、もういいや、連れてっちゃおう」

そう言って抱き抱えでもするのかと思いきや、そこは再び首根っこを掴んで持ち上げるのだった。

「ようし、行こうか」


そして不意に、子供天狗の事を尋ねて来た。


「そういえば君、幼い天狗の世話をしてるんだってね?」


狐の面をした子供天狗が頭に浮かぶ。

「世話といえば世話なんじゃろか?」

そう言われて見ると世話をしているなと思った。

「私もね、修行中の天狗を二人、よく構ってるんだ。可愛いよね」

天人の頭にはどんな子供天狗が浮かんでいるのだろうか。やはり少し生意気で、謎の自信に溢れ、しかし大した事も出来ず、窮地に陥っては泣き出すのであろうか。


山ギツネは子供天狗の事を思いながら天人の後ろを歩いた。






狂った琵琶の音が町に流れる。

流すのは物の怪の琵琶女。


最近は住んでいる人間を裁くのも飽き旅人に目をつけたのだが、これがまた町に入って来ない。


この町はあの卑しい男が目をつけたくらいだから、それなりに人が行き交うはずである。


なのに何故人が入ってこないのか…。


仕方なしに適当に町人を見繕って、前に来させようとした。


「おっかさん!」

声というより、あわれな音が聞こえて来た。


目を向ければ童と、倒れ込んだまま動かない親が一人いた。


はてあの様な所で諍い事など起こしただろうか。


親は動いたかと思うと、体勢を立て直し土下座しはじめた。

親の前には大小の刀を脇に差した男が立っている。


琵琶女の中で、真っ黒な何かが蠢く。


 ありゃぁ一体何をしておる?

 我がした事ではないなあ?


男は刀を抜いて童に向けた。


何があったか聞いた所で、どうせ些細な事なのだろう。


男は自信に溢れ、何か叫んでいるが頭に入って来ない。

どうせこれから行わんとしている所業の正当性を宣言しているのだろう。自分と町人の間で起こる事柄は、何であろうが自身の過ちにはならぬと思い込んでいる下衆なのだ。


ああ、なれば人間と物の怪との間に起こる事柄に関してはどうであるのか、教えてあげようじゃないか。


べべべべん。


琵琶の絃が震えて音が響く。

男は瞬く間に琵琶女の言いなりになり、刀を抜いたまま琵琶女の手前にやって来た。


「ああ、愚かしい人間、お前はなぜ刀を抜いた?」


「理由などない、あるとすれば童がぶつかってきたことか」


男からは苛立ちが感じられた。

琵琶女は呆れている。


「つまりお前は、童が触れたという理由で切ろうとしていたのか」

琵琶女はか細い声を震わせた。

そして次に放たれたのは、憎悪に満ちた低い声。


「ではその前に我がお前を消してやろう」


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