♰16 挑発。



「そうだ。傑作を見せてやる」


 ガイウスさんはそう言い出すと、奥へと行ってしまう。


「さっきの魔剣、構えてどうだった?」

「そうですね……軽くていいとは思いましたが、ちょっとしっくりこないというか」

「逆手で握る用じゃないからな」


 私と話しながら戻ってきたガイウスさんが持ってきたのは、一つの剣。

 真っ赤な刃は、少し曲線的で片刃。黒いラインが入って、柄も真っ黒。

 か、かっこいい……!

 持ってみれば、少々長いがしっくりきた。


「おいおい、じいさん。これ、火と闇の二属性の魔剣じゃないか? 高すぎるのは勘弁してくれって」

「お前は黙って投資をすればいいんだよ。逆手に握ってしっくりきているみたいじゃねぇか」


 火属性と闇属性の魔法を放つことの出来る魔剣か。

 それは傑作なだけあって、お高いに違いない。

 苦笑を浮かべるギルドマスターとガイウスさんを、交互に見た。


「二属性の魔剣って、補充さえすれば、同時に二属性の魔法を放てるのですか?」

「ああ、そうだ。それは魔力を補充するだけで、火と闇を合わせた魔法攻撃が出来る。くらえば、火傷を受け、一時的に視界が真っ暗になるぞ」


 質問すれば、ガイウスさんはニヤリと笑ってみせる。


「んーデザインとかもろもろ気に入りましたが、やっぱりいきなり二属性の魔剣を手に入れるのはちょっと……」

「ちっ! ゼウ、お前のせいで遠慮しちまったじゃねーか」

「オレのせいなの?」


 買わせたかったガイウスさんの舌打ち。


「やっぱここは無難に、片方が火で片方が氷にしておくか? 付与すれば強化される。さっきゼウが見せたように、風の魔法でリーチを伸ばさなさなくてもいいしな」


 なんだか仕方なさそうにそう言う。


「火と氷の双剣あるんですか?」

「ねーな。普通、弱点属性と合わせて作ることはねぇんだよ。珍しい組み合わせの属性持ちだしな、需要がねーんだ」

「なるほど。じゃあ、火と氷の短剣を選べばいいんですね」

「ちょっと待っていろ」


 またガイウスさんは、奥へと行ってしまった。

 今度は、二本の短剣を持って戻ってきたガイウスさん。

 さっきと似たように曲線のある片刃の短剣だ。手渡されたので、逆手に構える。


「おっ、ちょうどいい長さですね」


 肘より長い形。一番しっくりくる。


「赤い方に火を、白い方に氷を、付与してみろ」

「はい」


 言われた通り、右で持った赤い短剣に火を、左で持った青白い短剣に氷を付与した。

 ボッと赤い炎が纏わりつき、反対側ではピキピキと空気が凍てつき、白い息を吐くことになる。


「そんな大量に魔力を込めろとは言ってないだろうが!」

「え? いつも通りに付与しただけなんですけど……」


 ガイウスさんに怒られてしまったので、慌てて付与を解除した。

 やば、天井に氷柱が……。


「何? お前、魔力量はいくつあるんだ?」

「えっ、測定は昔にやったっきりなんですけど……」


 体力測定と一緒に、魔力量も量ったっけ。


「そう簡単に魔力量は変わらねぇ! 最後に量った時はいくつだった!?」

「えっと、確か三万くらいでしたね」

「「三万!?」」


 ガイウスさんとギルドマスターが、同時に声を上げてギョッとする。


「それで雷以外の魔法が使えるのか!? かーっ! お前さんには驚きっぱなしだな! 普通、そんな量の魔力、扱えなくて、魔法使いを断念するレベルだろう?」

「んー、小さい頃から魔法で遊んでいたので、別に苦も無く魔法使いになれましたけど」


 まだ本が読めなかった幼い頃を思い出してみれば、遊ぶものが他になく、魔法で遊んでいたことを思い出す。

 そう言えば、魔力量が膨大過ぎても、魔法が上手く扱えないことが多いのだっけ。

 魔力のコントロールに関して、難しいと思ったことはない。


「そうかぁー究極の魔法を使ったあとに、大技の魔法を何発も放てたのは、その魔力量のおかげかー。すげーな」


 ギルドマスターは自分の頭を掻きながら笑う。

 昨日の戦いは、詳しく聞いたみたいだ。


「究極の魔法だぁ? 初手で一撃必殺で仕留めたい時に使うような大魔法じゃねぇか」

「流石に消耗すぎて、クラってきましたね」

「普通は気を失うぞ? 闇の究極の魔法なら、余計だ」


 ガイウスさんが、ゴーグルを外して、ギョロッと睨み上げてきた。


「闇の究極の魔法だと? お前、それよく使うのか?」

「人生で三回目ですね」


 今回の人生で。


「闇の住人の件なら、ダークエルフの少年から聞きましたよ。もう使いません」

「そうか……物分かりがいいな」


 ドワーフ族も、闇の住人の話を信じているのだろうか。

 闇の住人の一人が、私の影の中にいるって言ったら、驚くだろうなぁ。


「モンスター相手には加減は要らんだろうが、人と戦う時は注意しないとな。それでいいな?」


 決定にするのか。

 ガイウスさんが確認するので、私は期待を込めてギルドマスターを見上げた。


「おう!」


 ニカッと、ギルドマスターは笑って返事をする。

 わぁああっ! 魔剣! 魔剣二つ、買ってもらったぁああ!

 内心で小躍りをしてしまうくらいには喜んだ。

 おっと、ちゃんと言葉にして伝えなくてはいけない。


「ありがとうございます! ギルドマスター!」

「どういたしまして。お詫びとお礼と期待を込めているからな、そのこと忘れないでくれよ」

「はいっ!」


 二ッと歯を見せるように満面の笑みで、元気よく頷いた。


「ほら、ロイザ。ホルダーを作ってやるからこっちこい」

「あっはい」


 再び奥に向かうガイウスさんに、ついていく。

 奥は店内よりも多い数の剣が壁に飾られた部屋だった。

 ちょっとした作業場にもしているようで、中央に机が置かれている。ガイウスさんはそこに座って、私が持っている魔剣の鞘に合わせて、ベルトに付けるホルダーを作り始めた。

 あれ? 私ここに来た意味ある?


「その右にある下の段の三番目にある黄色いナイフ、取ってくれ」

「ああ、はい」


 ガイウスさんに頼まれた通り、後ろを向いてあった下の段の右から三番目のナイフを取る。

 これは……ダガーナイフってやつだろう。両サイドに刃がある。黒い刃だけれど、柄が黄色。


「どうぞ」


 私は刃の方を持って、柄を向けて差し出す。


「ロイザ、それどう思う?」

「このナイフですか? んーナイフは学校の授業で少し触った程度ですけど……軽くていいですね、やっぱり。これも魔剣ですか?」

「そうだ。気に入ったんなら、やる」

「えっ」


 手を止めたガイウスさんは、私をニヤリと見上げた。


「投資だよ。オレもな。いらねーってんなら、壁に戻せ。それは雷の魔剣だ。魔力を補充すれば、雷を付与する。おっと、ここで魔力を注ぐんじゃねーぞ? お前の魔力で感電死したくねーからな」


 ええ、そこまでの威力になる?

 私は差し出したまま、ナイフを見た。

 ぽいっと宙に投げて、半回転したナイフの柄をキャッチ。

 氷の谷のモンスター相手に、練習してみようか。


「ガイウスさんの投資も、ありがたくいただきます」


 私は一礼した。


「おう。せいぜい頑張れよ」

「頑張ります」


 グッと拳を固めて見せる。


「ゼウに見つかる前に、収納魔法にでもしまえ。一応、そのナイフのホルダーもやる」


 なんでギルドマスターには内緒なんだろうか。

 疑問に思いつつも、私は言われた通り、収納魔法の中にしまった。


「ギルドマスターとしてカッコつけているのに、オレまで投資なんて、霞んじまうからな」


 あ、なるほど。ガイウスさんの独り言のような言葉を聞いて、納得する。

 ギルドマスターに格好つけさせるため。

 それでも容赦なかったと思うけれどなぁ。二属性の魔剣をすすめたり。


「どちらもありがたいですよ。私は両親を三年前の流行り病で亡くしたので、こうやって与えてもらえるのは、本当に嬉しいものですね」

「ほう、それは気の毒だな。まぁ、いくつになっても、甘えていいんだよ。若返ったら、なおさらだな! わっはっは!」


 豪快に笑い声を上げると、ガイウスさんは作業を続けた。


「そういやぁ、なんでまた若返りの秘薬を飲んだんだ? まだ三十だっていうじゃねーか」

「まだ若いって言いたいんですか? ピチピチの方がいいじゃないですかぁ」

「そりゃそうだな。まぁ、二度目はないから、美しく老いろよ」

「この姿に向かって、老いろって……」

「わっはっは!」


 美しく老いろ、とは、上手く老いた人が言える言葉だろう。

 いいおじいちゃんだ、なんて思ってしまった。

 そんなガイウスさんの仕事は早い。あっという間に私が腰につけたベルトにホルダーを取り付けて、鞘ごと魔剣を収めた。


「微調節は自分でしな」


 そう言われたが、フィットしていて、短剣も抜きやすい位置にある。

 後ろに交差する形でも、歩いて足にぶつからないし、いい感じだ。


「ありがとうございます、ガイウスさん」

「よし。ゼウに見せてやれ」

「はいっ!」


 弾んだ足取りで、店内で待つギルドマスターとクインちゃんの元に戻る。

 装備した姿を見せて、似合っているという言葉をもらう。


「これから二人で買い物に行くんだろう? じゃあな、またギルドで」

「あ、はい。ありがとうございました。ギルドマスター」


 武器選びが思ったより長引いてしまった。

 ずっと沈黙しているクインちゃんのためにも早く行こうか。

 私は改めてお礼を言って、一礼をしておく。


「そうだ。試し切りなら、ブロンズの討伐依頼がいいんじゃないか? 二人でコンビを組んでやってみてくれ」

「そうですね、そうしてみます。じゃあ、また」


 ガイウスさんにも手を振って、私はクインちゃんとまた手を繋いで店をあとにした。


「じゃあ、ブロンズの討伐、あとで行く?」

「うん。フェイ校長のプレゼント買ってからね。昨日摘んだ薬草は売った?」

「うん!」


 フンッと鼻から息を吐いて、気合い十分なクインちゃん。


「なんか長く付き合わせてごめんね、武器選び」

「ううん。魔剣、見れて嬉しかった」

「そっかぁ」


 いい子だわ。


「フェイ校長にあげるもの、候補は決めてるの?」

「髪飾り」

「あーフェイ校長、髪三つ編みにしてるもんね」


 すると、クインちゃんが私の髪をじっと見上げてきた。


「ウチ、器用。髪、編んでもいい?」

「編むの? んーいいけど。じゃあ、髪飾りを選んだら、お風呂入らない?」

「うん!」


 フェイ校長は男性なので、二人して髪飾りなどの小物が売ってある店を回って、女性っぽくすぎないものを探す。

 最終的に、シンプルなゴールド製の髪飾りを選んだ。

 それから、二人でお風呂に入って、昼食をおごってあげて、冒険者ギルドに足を運んだ。

 頭から白銀に伸びて毛先が真っ赤な髪は、プレゼントのついでに買った安物の黒いリボンと一緒に編んでもらった。

 それを頭の後ろで垂れ下げて揺らしながら、ブロンズの依頼を探す。

 普通はパーティで挑む、モンスターの群れの討伐を選んだ。

 ブロンズのランク2の依頼。クインちゃんに合わせたけれど、群れだとなると少し厳しいのか、受付嬢が悩む仕草をした。でも大丈夫だと判断をしてくれたので、二人で向かう。場所は精霊の森の方角から、二時間半くらい歩いた先にある、雑木林。

 クインちゃんなら平気だろう。木属性の魔法が使えるなら、雑木林なんてクインちゃんの掌の中のようなもの。

 戦闘に対して逃げ腰でも、一網打尽に出来るはず。

 しかし、今回は私のおニューの武器を試させてもらいたい。小動物を貪るモンスターを見付けたので任せてもらった。

 貧弱な身体つきをした中型の犬サイズのモンスターは、ブラウンの皮と出っ歯が特徴的で、あと繫殖力が高い。一体見付けたら、十体はいてもおかしくないほど。

 確認できたのは、ちょうど十体。クインちゃんには悪いが、全部仕留めさせてもらおう。

 まだお古の短剣に比べると、握り方に違和感を覚えるが、それでも抜いて構えた。

 こちらに気付いたモンスターは、戦闘態勢に入る。

 右に火を、左に氷を、付与して、挑む。

 一瞬で、切り付けた二体が、燃え尽き、凍り付いては地面に落ちて砕け散る。

 んー、やはり人相手には、付与は危険だ。加減を覚えなくては。


「風よ(ヴェンド)」


 風に乗って、どんどん仕留めていく。

 最後の二体を切りつけると、切り口だけ火傷と凍傷で留まる。

 うーん。これくらいの加減か。かなり面倒だ。

 人相手に魔剣を振る時は、付与しない方が無難かも。


「ロイザちゃん。なんでも治しの薬草、見付けた」

「ロイザちゃん……完全に私に任せていたのね」


 嬉しそうに薬草を見せるクインちゃん。

 冒険者に向かないなぁ、この子。

 でも、冒険者登録しておいた方が、身分証明書にもなるし、依頼報酬ももらえる。

 仕方ないのだろう。

 あ、討伐の証拠を採取しなきゃ。


「おい、あれ……例の若返った冒険者じゃね?」

「ああ、ほんとだ。あの頭、間違いないな」


 雑木林を出ようとしたら、逆に入ろうとした冒険者達とすれ違う。

 二十代弱、という感じだろう。

 若いのに、シルバーのダグをぶら下げていた。


「結果、若返れたとは言え、信じて飲んだんだろ? はっずかしー」

「ぷはは、だな!」

「アタシならそんな得体の知れないもの飲まないね」


 私を嘲る若い冒険者達。

 クインちゃんは、じっと見ていたから、前を向かせておく。

 じっと見ていただけで、絡まれるかもしれない。

 言わせておけばいいんだよ。

 ピチピチの二十代に、三十路の辛さはわからん。

 称賛される一方で貶されるのは当然。世の中、賛否両論だもの。


「なんだ? ブロンズのモンスターを討伐したのかよ? シルバー冒険者のくせに!」


 先頭の冒険者が笑い声を上げながら、私に言ってくる。

 無視、無視。


「いや、連れのエルフのガキは、ブロンズだったぞ」

「ぷっ! ブロンズかよ! だっせー! あれだろ? ブロンズ冒険者の前で粋がってるんだろ? ほんと、はっずかしー!」

「あんなおばさんにはなりたくないよねー」

「やめなよ、きゃはは!」


 類は友を呼ぶとは言うが、同レベルだな。精神状態。

 あーやだやだ、関わりたくない。

 こんな低級な連中のたわごとを、クインちゃんに聞かせてはいけないと手を引っ張った。

 でも、クインちゃんは動かない。

 振り返って見てみれば、クインちゃんは泣いていた。


「ごめっ……ロイザ、ちゃん……」


 私に謝る小さな声。これ以上は、無視が出来なかった。


「喧嘩なら買うぞ」


 私は、そう下品にゲラゲラ笑う若い冒険者達に声をかける。

 ぴたりと笑い声を止めると、先頭の冒険者はこちらを向く。


「はぁ?」

「はぁ? じゃねーし。格下相手に粋がるのは面倒だけど、喧嘩を売っているなら買うって言ってんの」

「ああん!? 誰が格下だよ!!」

「自覚ないの? そんなんで冒険者続けられるの? 大丈夫?」


 私の挑発に、その冒険者達は怒りを露わにした。


「図に乗るなよ! ババァ! オレに勝てると思ってるのか!?」

「いいえ! アタシが戦うわ!」

「オレがぶっ潰す!」

「わたしにやらせて!」

「あーもうー。わーあわーあ、やかましい。全員まとめてかかってこい」


 クインちゃんに離れるように指示をしてから、私はくいっと人差し指で招く。

 その言葉を挑発と受け取った冒険者達は、さらに怒る。


「精霊に若返らせてもらっただけで図に乗って……!」


 明らかに魔法使いらしきとんがり帽子を被った少女。


「いい気になるなよ、ババァ!」


 黒髪ポニーテールの若い女性が、短剣を構えた。


「後悔させてやる……!」


 剣を抜いた鎧の青年。


「冒険者として再起不能にしてやんよ!」


 先頭の短髪の冒険者も、剣を構える。


「オレ達は、全員シルバーのランク2なんだよ! 後悔しても遅いぜ!?」


 自慢するその短髪の冒険者を見据えながら、魔剣を二つ抜いた。



 

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