♰15  魔剣。



 枕の下で握った短剣を、忍び寄る人影の首に当てる。


「あれ。起きてたんだ」

「……闇の住人?」


 私は目を細めて見据えた。

 真っ黒で口が見えないが、普通に声が聞こえる。

 男……いや、少年のようにも感じる声だ。

 イクトの言っていた闇の住人か。それを確かめる。


「そっ。君の呪文に応じて、モンスターを引っ掻いた闇の住人」

「それはありがとう。で? 殺戮する気なの?」


 私に短剣を当てられているにも関わらず、ベッドに座ると肩を竦めた。


「はぁ」


 ため息。


「困るんだよねー。あのダークエルフが言うように、闇の住人の全員が殺戮者と思わないでほしい」

「違うの?」

「違うね。そりゃあ、引き裂くのは好きだってことは否定しないけど」


 にやり。僅かだが、笑みが見えた。


「俺は別に殺戮するために出てきたわけじゃないよ」

「……そう、無害と判断していいわけ?」

「信じてくれるの?」


 信じるか。顔は真っ暗だし、目も確認出来ない。

 声音からも、確信は得られなかった。


「……」


 私は、短剣をしまう。


「わかった。信じる」

「おっ?」

「今は眠い。もう寝る。起こさないで」

「ええー?」


 重たい瞼で瞬きをした私は、横たわり丸くなる。


「睨んでいると思ったら、単に眠かっただけ?」

「寝てたんだもん」


 枕を抱き締めるように、眠ろうとした。


「初めて俺と目を合わせてきた時は、精霊をけしかけてきたのに。寝込みを忍び寄られても、首掻き切らないって、変なの」

「精霊をけしかけた? なんの話?」

「あ、覚えてない?」

「ああーいいや、私は寝る」


 一度は顔を上げたけれど、眠すぎてだめだ。

 ベッドから影を蹴り落として、私は眠ろうと深呼吸をした。

 静かになったので、そう時間がかからないまま、眠りに落ちる。




 自然と目を開くと、朝陽が白いカーテンから差し込んでいた。


「君って、神経図太いね。一応俺雄なのに、よく眠れたね」

「……名前は? 私はロイザリン・ハート」

「闇の住人に名前なんてないよ。なくても意思の疎通が出来るからね」

「……そう」


 朝陽を避けるように部屋の隅っこに座っている人影に、名前はない。

 まだ寝足りないと思ってしまう頭を掻きながら、私は少しだけ考えた。


「じゃあ、デュランって呼ぶ」

「デュラン?」

「私が最後に読んだ本の主人公の名前」

「……ふぅん……」


 闇の中では意思の疎通が出来ても、ここではないと不便だろう。

 名前をつけたあと、私は立ち上がって寝間着を脱ぐ。


「俺は雄だって……。デュランは、影に潜るね」


 呆れたように言うと、私の影に落ちた。

 中に入ったのだろう。


「なんで私の影の中に入るの? そもそも、なんでいるの?」


 私は着替えつつ、問う。

 そうすれば、足元から声が響いた。


「術者の影から離れられないんだよ。その術者が死ねば自由に移動出来るけどね」


 術者。私のことか。

 私が究極の闇の魔法を使った拍子に出てきたんだもんな。


「精霊に加えて、闇の住人もついてくるのか……」


 本当、モッテモテだなぁー私。


「それで? デュランは、何が目的で出てきたわけ?」


 ズボンを穿いたあと、ベッドに腰を下ろしてブーツを履きながら、目的は何か尋ねた。


「ロイザリンはお人好しなの? 術者を殺せば自由にこの現実世界を動き回れるって聞いても、殺されない自信でも持っているわけ? 殺戮しないって本気で信じちゃったの?」

「んー……人を見る目はあると自負しているけれど、表情も目も見えないからね、確信はないけれど……」


 黄色に艶めくベストを着込んだあと、私は質問に答える。


「直感的に、嘘は言ってないと思ったから、信じることにした」

「……」

「初めて見た時は、異様さにゾクッてきたから敵だと過ったけれど、寝ちゃっても襲ってこなかったし、信じてもいいでしょう?」


 私を殺して自由に動き回りたいなら、夜のうちに寝首を搔いていたはず。

 本当に殺戮はしないと信じていいだろう。


「あっ。そう言えば、精霊様に頼んだっけ……守ってって。けしかけたってそれのこと?」

「うん。いきなりでかい木で突き刺してきたから、びっくりして影の中に逃げた」

「精霊様が見えるの?」

「いや。見えない。いるのはわかるけどな」


 気を失う直前の自分の発言を思い出した。

 精霊は私の頼みを聞いてくれたのか。


「守ってくださり、ありがとうございます。精霊様」


 私は見えないけれど、ちゃんとお礼を伝えた。


「あ、それとデュラン。私のことは、ロイザでいいから」


 影の中のデュランに言ってから、朝食をとるために部屋を出る。

 あれ、結局、デュランの目的を聞いていない。

 ……あとでいいか。

 目に見えない精霊と闇の住人を連れて、私はまたたび宿屋をあとにした。

 流石、若返った身体。疲れは残っていない。

 んーっと背伸びをして、クインちゃんと待ち合わせたアゲハ夜間学校の寮の前まで歩いていく。

 学校の敷地内の花壇に水やりをしているクインちゃんを発見。


「クインちゃん、おはよ」

「おはよう、ライザちゃん」


 私に気付くと、ぱぁあっと顔を綻ばせた。

 すぐに水やりをすませると、私の元までてくてくと来る。


「……?」


 私の目の前で足を止めたクインちゃんは、不思議そうに私の頭の上を見上げて首を傾げた。

 精霊を見ているのかな。


「クインちゃん、昨日のこと、フェイ校長には話した?」


 それより、昨日のことについて、フェイ校長に謝罪しなくては、と校内を覗いてみる。

 おたくの生徒さんを危険な目に遭わせました、と。

 しかし、クインちゃんは、首を左右に大きく振った。


「だめ。謝るの、だめ」

「でも」

「ロイザちゃん、悪くない」

「んー」

「それに、プレゼント、バレる」

「そっちかぁー」


 プレゼントはサプライズにしたいのか。

 わかったわかった、と頭を撫でる。


「でもさ、あとから噂で聞くより、報告した方がよくない?」


 一切黙っているより、プレゼントを渡したあとにでも報告した方がいいと思う。

 氷の谷が塞がれたことで警備騎士も動いた事態。噂で聞くはず。

 ヘニャータちゃんも、もう知っていたし。


「ううん。ウチのことは噂にならない。噂の主役、ロイザちゃん」


 ……それはそれで、嫌だなぁ。

 いや、まぁ、いずれは最強の冒険者になるんだから?

 これくらいの噂ぐらいで動じてはいけない、なぁ?


「行こう」

「うん」


 手を引かれたので、そのまま手を繋いで、ギルドマスターと待ち合わせした武器屋に向かう。

 朝から、カンカンと鉄を打ち付ける音が響く、賑やかな職人区。

 冒険者らしき人達が何人か、私に注目している気がする。


「おーい、こっちだこっち」


 前方に手を振るギルドマスターを見付けた。


「おはようさん」

「おはようございます、ギルドマスター」

「おはよう、ございます」


 朝の挨拶をすませると、ギルドマスターは収納魔法から袋を一つ取り出す。


「昨日の報酬だ」

「ありがとうございます……って、なんか多くないですか? 重い」

「元々シルバーのランク3のトルメタの群れの討伐依頼だからな、パーティで討伐するのが普通だから依頼報酬も多い。それに加えて、凶暴化だろう? その分の上乗せもしているから、当然だ。553000コルド」


 か、過去最高の報酬金額が、私の手に……!

 動揺せず、大人の女として、ポーカーフェイスで収納魔法の中に置いた。


「よし、じゃあ、新しい武器を買おう。ここの店長は、ちょっと口が悪いから、先に謝っておく。ごめんな」


 ギルドマスターは笑って見せると、先に武器屋の中に入る。

 私とクインちゃんも、あとに続く。


「子連れで冷やかしかぁ? ゼウ」

「冷やかしじゃないぜ、ちゃんと買いに来たんだ。ガイウスのじいさん」


 カウンターの奥に椅子に座っていたのは、ドワーフ族らしい髭をたくわえた老人。

 ゴーグルのようなものをかけていたから、顔色はわからないが不機嫌な声を放つ。


「ここの店長のガイウスのじいさんだ。こっちは、ロイザリン・ハート様とクイン様」

「どうも、ロイザリンです」

「……」


 ギルドマスターが紹介してくれたので、頭を軽く下げる。

 クインちゃんも、無言のまま会釈をした。


「噂の若返った冒険者か!」


 ゴーグルをずらして、ぎょろっとした目で見てくるガイウスさん。

 目の色を変えたとは、このことだろう。


「紹介するのが遅すぎやしねぇか? ゼウ」

「そう文句つけるなよ、ちゃんと連れてきただろう?」


 ギロリ、とギルドマスターを睨んだあと、ガイウスさんは私に目を戻した。


「武器は短剣か?」

「はい。双剣として戦います」


 ホルダーにしまっていた一つの短剣を取り出す。

 よこせと言わんばかりに手を振って急かすガイウスさんに、柄を向けて手渡した。


「こりゃ安モンだな」


 一瞥しただけで、そう言う。


「それも作られてから十年以上は経っている。シルバーのランクのモンスター相手に、よく持ったな」

「……確かに。同感です」


 魔法を付与していたとは言え、あの皮固すぎゴリラモンスターによく持った。


「なんで短剣で双剣スタイルなんだ? ロウィンと戦ってた時、投擲してたよな。どこにそんな腕力があるんだ?」


 軽く笑ってギルドマスターが私の戦闘スタイルの理由を問う。


「学校で剣術を教えてくれた教師が、剣一本より、二本がいいだろうって持たせてきたから……なんとなくそのまま今のスタイルになりましたね」

「なんとなくなのか」


 それと前世から接近戦を好んでいたせいかもしれない。それは言わないけれど。


「長剣では長すぎて、だからと言ってナイフだと短すぎるなぁっと思い、短剣サイズがしっくりくるとなりましたね」

「そうかそうか。じゃあ、短剣サイズの魔剣を二つにするか?」


 ギルドマスターが、簡単に言い放った単語を聞き、驚愕してしまう。


「ま、魔剣!? それを買うと言うんですか!?」


 ポーカーフェイス、無理。


「まけん、おたかい」


 クインちゃんも、棒読みになるくらい驚いている。


「確か、ナイフサイズの魔剣でも、500000コルドはくだらないのでは……!?」


 さっきもらった報酬だけでは、双剣は買えない!

 すると、ガイウスさんが私の短剣を置いた。


「こんな安モンの短剣しか使ってこなかったんだ。初めてだろ、魔剣。簡単に言えば、魔法の剣だな。魔力を補充すれば、魔法を放てたり。または魔剣自体に魔法を叩き込んで、それを使ったり」

「いや、その程度の知識ぐらいあります!」


 田舎者でも知っているから! 学校で教わったから!


「で? どんなタイプの魔剣が欲しいんだ?」

「そうだなぁ……雷の魔法が使える魔剣なんてどうだ? 苦戦したんだろ、氷の谷のモンスターに」

「ちょっと待ってください! 魔剣はいただけません! いくらなんでも高すぎますよ!」


 ガイウスさんに急かされて、ケロッとした顔でギルドマスターが私に問う。

 お詫びとお礼をかねた武器の新調。魔剣二つ分では、高すぎる。

 少なくても1000000コルドか!? 0がいっぱい!!


「命を救ったんだ、少なすぎるくらいだぜ。若き冒険者達の命を救ったお礼と、これからの活躍に期待を込めての投資。そう思ってくれ」


 命を救った冒険者にいちいちギルドマスターがお礼をするのか、と言おうとしたが飲み込む。

 これからの活躍に期待か。ずいぶん高く評価してもらっているようだ。

 まぁ、いずれは最強の冒険者になるんだし?

 これからの活躍の期待には応える自信もあるし?


「わかりました……喜んで受け取ります。ギルドマスター」

「おう。その調子でロウィンも従獣として受け入れてくれるとありがたい」

「それはそれです」


 にこっと、言い切る。


「ん? なんだ。フェンリルのロウィンのやつ、やっと主を決めたのか?」

「ハート様にゾッコン」

「そりゃ期待もするなぁ」


 ゲラゲラとガイウスさんはひとしき笑うと、魔剣を見せ始めてくれた。

 魔剣は高級品だから、店の奥に展示されている。

 陳列されたナイフや短剣がど真ん中に置かれていた。壁には、長剣が並んでいる。

 あ、双剣もあった。

 刃から柄まで真っ赤な双剣。かっこいいなぁ。


「持っていいですか?」

「おう、重さを確かめろ」


 ガイウスさんに許可をもらって、一番先に目に留まったその赤い双剣を持ってみる。


「わっ。軽いですね」


 ちょっと驚いた。

 すぐに逆手に持ち替えて、軽く振ってみる。


「それは火の魔法を放つタイプの魔剣だ。火の付与と相性は抜群だ。そういやロイザリン、お前さん、属性はなんだ?」

「ロイザでいいです。火属性と氷属性です。雷だけ適性はないです」

「ロイザか。じゃあゼウの言う通り、雷の魔法を放つタイプの武器を持っていた方がいいんじゃないか?」

「そう思います? 私としては、氷タイプのモンスターの時だけ使う形で、普段は別の属性の魔法を使いたいですけど」

「なら、三本買っちまえ。予備に雷の魔剣を持っておけ」

「流石に、三本も買ってもらうのは無理です」

「何もゼウに全部買わせろとはいってねーよ。自分で払ってもいいんだぜ?」


 あ、確かに。

 んーでもお高いなぁ。

 もうちょっと余裕を持てるようになったら、雷の魔剣を買うとか。

 いや、でもあった方が、無難なのかしら。


「私は双剣に風の魔法を纏わせて、長剣の長さにして戦うことも多いので……それを邪魔しない魔剣がいいです。火の魔剣では相性が悪いですよね?」

「そうだな。でも、こういう使い方もあるぞ」


 私の手から双剣の片割れを取ると、ギルドマスターはボッと火を灯した。

 長剣の長さの炎の剣が出来上がる。


「魔法を唱えずして、すぐにリーチを伸ばせる。なんなら、二つの属性を相殺しない魔剣を作ってやろうか?」


 ガイウスさんが作るとか言い出すから、ギョッとしてしまう。

 それこそ、かなりの値が張るのでは……。


「そんなレオナンドじゃあないんだから、そんな高いものを買わせようとするなよ。ガイウスのじいさん」


 ギルドマスターが、レオナンド総隊長の名前を出したから、首を傾げた。


「レオナンドの剣は、このじいさんが作ったんだ。火と雷の二つの属性を同時に出せる魔剣」


 へぇーそうなのか。

 じゃあ氷と風の属性で挑めば、勝てるかもしれない。

 なんて考えてしまった。いや、まだまだ。

 もっと強くならなくてはいけない。

 あの人を超えるために、もっと強くーー。

 私は、新しい武器選びを続けた。



 

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