第5話 執事が言うには 

 紳士下着(使用済み)と官能小説を持たされて、家庭教師の仕事はまったくさせてもらえぬまま、部屋から追い出されました。


 敗・北・感。


 ずうぅんと空気が淀むほどに暗く沈んで歩きながら、私は溜息をついた。

 年下の男の子なんか、弟のコニーみたいなものだと思っていた。

(コニーは可愛かったな~~。お姉ちゃんのことだーい好きだったし)

 ひきかえアルバート様は、自分とさほど年齢の違わぬ相手を教師として認める気はさらさらなく、それどころかセクハラとパワハラのコンボを決めてきた。


 慎ましく生きて来たエリザベス・コプカット十六歳。官能小説の実物を手にしたのは今日が初めて。

(セクハラだと思うの。中身は想像もつかないけれど、淑女が口にしてはいけない言葉の数々がしたためられているはず)

 ましてやそれを、年下の御主人様のねやにはべって声に出して読み上げろ、だなんて。

 超弩級のセクハラだと思う。


 打ちひしがれて使用人サーヴァンツ控室・ホールに戻ると、何かと気にかけてくれる執事のミスター・カワードとばったり顔を合わせた。

「リジ―お嬢さん、アルバート様とはうまくやっていけそうですか?」

 謹厳実直そうなこの道五十年の老紳士を前に、私は答えに窮する。


(正直に言ったら解雇かな? まだなんの役にも立っていないの)


 家庭教師の仕事をさせてもらえないばかりか、嫌がらせを受けている。使用人は立場が低いとはいえ、いじめられた側が職も失うなんて理不尽だ。


「そのご様子ですと、手を焼いていらっしゃるようで」

 ミスター・カワードに見透かされたように苦笑されて、私はため息交じりに答えた。

「年が近いのが気に入らないのかもしれません。明日は別の作戦を考えます」

 小娘だからセクハラされるのかな? 正直に言いたいのを、ぐっと堪えて。

 代わりに、情報収集してみることにした。


「参考までにお伺いしたのですけれど、今までの方はどういう理由でお辞めになっています? 自分からおいとまを願い出ていますか、それともクビですか」

 あの悪行に耐え切れなかったのか、或いは役立たずの烙印を押されて放免か。


「アルバート様が、手の付けられないやんちゃになったのは、最近のことでございます。今までは年の近い姉君のロジーナ様と仲良くなさっていたのですが、嫁がれてからはふさぎこんでしまって」

 わお、シスコン。


(そのお姉さまと年齢の近いはずの私には散々嫌がらせですか。同じこと、お姉さまが嫁ぎ先でされていたらどうします?)

 たしか、ロジーナ姫といえば異国に華々しく嫁がれたはず。言葉が通じなくても、心細くても、逃げ出すことが許されないのは、今の自分と重なる。


 知り合いもいない場所に、弱い立場で一人きり。御主人様からは手ひどく扱われる。

 それでも、おめおめと実家に帰るわけにはいかない。うまく勤め上げれば次の仕事にも繋がるだろうけれど、「解雇された」となればそれも難しいのだから。


「ロジーナ様は本のお好きな方で、文字を読むことのできないアルバート様に、毎夜様々な本を読んで差し上げていらっしゃいました。嫁がれてからは、別の者が読み聞かせを申し出ましたが、すべて気に入らないと三行も読むことなく追い払われてしまいまして」

 私は耳を疑って、尋ねた。


「文字を読めない? 王子様なのに?」

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