鑑定のサダメ

シモルカー

第1話 サダメとアヤメ

       序、ふたりの誓い


 『鑑定係』は、真実を見抜く。

 真実は、『鑑定係』のみが語る。

 そして、人は、本物だけを愛している。


       *

「何があっても大丈夫。だってあなた達は、二人で一つなんだから。

もしお前に出来ない事があったら、お姉ちゃんを頼りなさい。その代わりに、お姉ちゃんが出来ない事を、お前がやるのよ……サダメ?

 それから、アヤメ。お前はお姉ちゃんなんだから、サダメをしっかり護りなさい。だけど、もし助けが必要な時は、サダメを頼りなさい。だって、この子は長男なんだから、きっとお前を助けてくれるわ。そして、お前達は、このしのぎ家の、武家の子……きっと、成し遂げるわ」


 それが、母の最期の言葉であって、僕とお姉ちゃんの合い言葉にもなった。


「お姉ちゃん、これからどうなるのかな。僕ら二人で、生きていけるのかな」

「大丈夫よ、サダメ。私達は双子。二人で一つ」

「うん、そうだったね。僕らは二人で一つ。何があっても、二人で乗り越えていこう」

「ええ、そうよ。一人じゃ無理でも、きっと二人一緒なら……」


 握った手は、互いにまだ震えていた。

 だけど、繋いだ絆は強く――


 二人でなら、どんな事にも負けない。

 そう思ったんだ。


 この両手を繋いだ絆が、この時の僕らにとってたった一つの真実――。


「二人一緒なら、きっと――」

       *



       一、サダメとアヤメ


       *

 地獄の沙汰は金次第、という言葉を聞いた事があるだろうか。

 よくお金が全てじゃない。お金じゃ買えない物はないっていうけど――本当にそうなのかな。

 少なくとも、僕は知っている。お金が全て。あらゆる物には価値があって、お金は、それを明確化してくれる。

たとえ、それがどんな『モノ』であっても――。

       *


 安政四年。

 梅雨明けの、雲一つない快晴の日――その人は、現れた。


 それは、母親が死んですぐの事だった。

 葬式が終わった途端、見計らったように、うちの中に親戚を名乗る大人達が入ってきた。

 喪服に近い黒い着物を着ている人もいたけど、大体の人が普段着のままで、幼いながらも、この人達が母の葬式に来たわけでない事が伝わった。

 それは僕よりも、勘の鋭い姉のアヤメの方がはるかに上で――おじさんやおばさん達が現れた途端、お姉ちゃんは僕を背に庇った。

「なんですか、あなた達」

 六歳児の子どもの言葉とは思えない、落ち着いた声色で姉は問うた。

 それに対し、大人達は愛想笑いを浮かべて近付いてきた。

「さっきも話した通り、おじさん達は遠い親戚だよ」

「ほら、覚えてないか? 小さい頃に会った事があってね」

 胡散臭い笑顔を浮かべた大人達に囲まれて、僕は思わず後ろに下がってしまた。それが、いけなかった。お姉ちゃんから、離れちゃったから。

「君が、サダメ君だね?」

「え?」

 突然話しかけられて、後ろを振り向いた途端――強い力で腕を掴まれた。

「サダメ!」

 すぐにお姉ちゃんが僕に駆け寄ろうとするけど、その周辺に別の大人達が立ち塞がった。

「いいかい? サダメ君。お母さんが死んじゃった今、遠い親戚のおじさん達が君達姉弟を引き取る事になるんだけど……。それで、みんなと相談したんだけど、君達は、別々の家に引き取る事にしただよ」

「別々の、家って……」

「おじさん達も、二人同時に引き取る事は出来ないんだよ」

「そ、それなら、引き取って貰わなくて、結構です!」

 少し離れた距離からお姉ちゃんが叫んだ。

「母に言われているんです。私とサダメは、二人で一つ。二人一緒に、乗り越えなさいって。だから、私達は二人で生きていく」

「アヤメちゃん、いくら何でも、それは難しいんじゃないかしら」

 お姉ちゃんの傍にいたおばさんが、困ったような笑みを浮かべて言うが――その目は笑ってなくて、見下している事が僕でも分かった。

「二人一緒でないなら、私達は行きません」

 背の高い大人達に囲まれて怖くない筈ないのに、お姉ちゃんは屈する事なく、はっきり言った。その姉の様子を見て、説得するのは無理だと思ったのか、優しそうな笑みを浮かべていたおばさんが、小さく溜め息を吐いた。

「二人で生きていくなんて、無理に決まっているでしょう。子どもだけで……全く、これだから、子どもは。何も分かっていないんだから」

「あら、分かっていないのは、どちらかしら」

 お姉ちゃんが、言った。

 凜とした少女の言葉に、その場の空気が一瞬で変わった。

「落ちぶれても、私達は武家の、鎬の子。母の教えに従い、弟と二人で生きていく。それがどんなに困難でも、乗り越えてみせるわ! 鎬の名にかけて」

「ちっ……」

 その時、僕の腕を掴んでいたおじさんが舌打ちをした。

「そういう所だけは父親似か……」

「痛い!」

 僕の腕を掴んでいたおじさんが、腕に力を込めた。そして、そのまま引っ張られた。

「やめて! 僕は、お姉ちゃんと一緒じゃなきゃ、やだ!」

「いいから! お前は、こっちに来るんだ!」

「サダメ!」

 お姉ちゃんも必死に手を伸ばすけど、お姉ちゃんの身体も他の大人の人に囲まれている。

「暴れるな。悪いようにしない。うちはちょうど娘が生まれたばかりなんだ。武家の血を引いているなら申し分ない」

 僕を連れていこうとするおじさんが何か言っていた。意味はよく分からなかったけど、僕らを離ればなれにしようとしている事だけは分かった。

「女、か。出来たら長男の方が欲しかった所だが、この際いい。嫁がせれば、それなりに役に立つだろう」

「おい、要らねえなら、姉の方はうちにくれ。嫁が欲しかった所なんだ」

「待っとくれ。うちには跡継ぎがいないんだ。長男をおくれ」

「だったら、うちだって長男が必要だ」

 だんだんと、大人の人達は争い始め――頭上で雷鳴のような話し声が往来した。

 何を言っているのか、はっきり分からなかったけど――僕らにとって、とても悪い事だという事だけは伝わってきた。


「サダメ!」


 その時、言い争っているスキをくぐり抜けて、お姉ちゃんが僕の傍に駆け寄ってきた。

「大丈夫よ、サダメ。私達は、二人で一つ。決して離ればなれになったりしない。何処へ行くのも、何をするのも……ずっと一緒だよ」

 そう言うお姉ちゃんの身体も、少し震えていた。

「お姉ちゃん……僕、離れたくない。お姉ちゃんと、離れたくない」

「大丈夫、大丈夫だよ、サダメ」


「おい、お前はこっちだ」


 その時、首ねっこを誰かに掴まれて、身体を持ち上げられた。

「お姉ちゃん!」

「サダメ!」

 互いに手を伸ばすが、どんどんと距離は広がる。

(このままじゃ、離ればなれになってしまう)

(ダメだ、僕らは、二人で一つ。離れたりしたら、ダメなんだ!)

(お姉ちゃん!)


「待ちなんし」


 その時――、僕とお姉ちゃんの間に、臙脂色の羽織が横切った。

「どちらか片方しか引き取らんと言うなら、わなみが二人とも頂こう」

「なんだ、あんたは?」

「心配しなさんな。怪しい者じゃあ、ございやせんよ。わなみは、少しばかり、そちらの姉弟のご両親に、縁がありやしてね。もしもの時は、頼むよう言われていたんですよ」

「だからって、いきなり割り込んでこられてもなあ」

「そ、そうだ、そうだ! 大体、これは身内同士の話しだ。余所者が首を突っ込むんじゃないよ」

「あれ、可笑しいですね」

 男が、挑発するような笑みを零した。

「確かに、そちらの姉弟のご親戚の方のようですが……」

 と、男はずいっと顔を近付け、

「お前さんらに保護者名乗る資格なんざねえだろ」

 底冷えする声に、大人の人達が一斉に黙った。

「保護する幼子おさなごを、こんなにも怯えさせて……保護者なんざ名乗れねえよな?」

「……っ」

 大人の人達が怯んだスキを見逃さず、お姉ちゃんが僕の元に飛び込んできた。

「サダメ!」

「お姉ちゃん……」

 僕らが互いの存在を確かめ合うように抱き締め合っていると、僕らの身体がまた宙に浮いた。

「そういうわけですから……こちらの姉弟は、わなみが引き取りやす」

 若い男は、器用に僕ら二人を同時に抱き上げていた。僕らは、もう二度と離ればなれにならないように、互いに手を握り締め――

「待ちな! だからといって、みすみす逃がすとでも……」

「そうだ、そうだ! 大体、うちは、その子らの両親に金だって貸しているんだ。借金のカタに貰っても、罰は当たらないだろ」

「はぁ、まったく、分かりやすい人達ですね」

 羽織の男は、大きく溜め息を吐いた後、僕らに耳打ちした。

「いいかい? よく見てな」

「え?」

「今から、世間ってやつを教えてやる」

 羽織の男はそう僕らに言うと、器用に僕らを抱えたまま懐から財布を取り出し――そして大人の人達に向かって投げつけた。

 地面に落ちた拍子に財布の中から金色に光る物が見えた。


(あれは……お金?)


「こ、こいつは!」「おい、小判じゃねえか」「本物だ」


 僕らを見下ろしていた大人の人達は、一斉に地面に這い――とても小さく見えた。さっきとは別だ。

「くく、金は天下の回り物ってね」

 羽織の男は忍び笑いをしながら、大人の人達に声をかけた。

「おい、おっさん達! まだ足りねえか?」

「い、いえ!」「大丈夫です」「どうぞ、どうぞ」

 さっきとは打って変わった態度に、僕とお姉ちゃんは、手を握ったまま呆けていると――

「地獄の沙汰は金次第。そして、この世の沙汰もまた、金次第ってね……金の価値っていうのは、平等なんだよ。武家が持っている一両も、ガキが持っている一両も、一両は一両にすぎない……勉強になったろ?」

「あなた、何者なの?」

 お姉ちゃんが、羽織の男を見上げた。

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。これは、失礼……」

 その時、一際大きな風が吹き――彼の羽織が翻った。

 臙脂色の綺麗な生地に、「鑑定」と刻まれた文字が見えた。


「『鑑定係かんていがかり刀剣改番とうけんあらためばん』。名を、都喜要ときかなめ。……君達の、師匠ですよ。たった今からね」


 優雅に微笑んだ横顔は、とても美しく、頼りがいがあっって――


 まるで、鍛え抜かれた刀のようだった。

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鑑定のサダメ シモルカー @simotuki30

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