海を吐く

きさらぎみやび

海を吐く

 まだ幼い娘がダイニングテーブルの上に吐き出したのは、海だった。


 突然、なんの前触れもなく俯いたかと思うと蛇口の栓を限界まで開けたかのように娘の口から吐き出される大量の水を、私はしばし呆然と見つめていた。


 大量の水を吐き出し続ける娘の表情はその異常さに反比例して驚くほどに穏やかだった。淡々と、成すべき事をなしているだけだとでもいうように大人びた表情で自分の口元を見つめている。


 それが海だと気がついたのは吐き出される水の中に海星や海月、それに小さな魚が混じっていたからだ。どう見ても娘の口の大きさよりも大きいはずのそれらは、しかし明らかに娘が吐き出している大量の水に混じって私の足下まで流されてきている。

 いったいどこから来たのだろうか。

 娘の口元がどこかの海とつながってしまったとしか思えなかった。


 冗談のようなその光景を目の当たりにしたままその場に立ちすくんでいた私が最初にした行動は、足下にいる海星をつまみ上げてしげしげと眺めることだった。


 黄色くて星の形をしたそれは私の手のひらの中で輝きだすと、するりと風に乗って高い空へ運ばれていく。気がつけば周囲は暗くなっており、空へ運ばれた海星は一番星となって私の頭の上で誇らしげにいっそう輝き始めた。


 その間にも水は留まることなく流れ続け、足下を覆う水かさは増していき、私の腰のあたりまでがもう水の中に入ってしまっている。このまま世界のすべてが海に覆われてしまうのではないかと思われた時、地球の反対側で一人の男の子が突然に土を吐き出し始めた。娘が吐き出す海水の量に比べてその男の子が吐き出す土の量はおおよそ半分となっていて、これは地球の海と陸地の割合に等しい。


 二人が新たに生み出した海と大地は瞬く間にこの星の地表を覆い、そして私の娘と見知らぬ男の子は新世界の創造主となったのだった。

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