「架空の長編で世界観や設定の説明が粗方おわったタイミングに出すようなエピソード」をお題にした小説

 俺が次に目を覚ましたのは、見知らぬ場所の医療カプセルの中だった。あれだけド派手に流れていた腹部からの出血も収まっている。

 俺は治療カプセル内部にあるスイッチを押して開き、周囲を見渡した。

 病院……という雰囲気では無かった。どちらかと言えば、慣れ親しんだ基地の医務室だ。それに、他の患者も見当たらない。しばらく呆然としていると、部屋のドアがスライドする音が聞こえた。


「おや、もう起きたのか。流石戦闘用クローンは丈夫だな」


 部屋に入ってきたのは男だった。アルビノであろうか。このご時世に珍しい。真っ白な髪と肌はいかにも日光に弱そうで、細い手足と相まって随分頼りない。


「ここは、どこだ」


「安心してくれ。君の故郷の船団から、そう離れてはいない宙域にここはある」


「そうか、なら帰してくれ。俺は」


「CMJ-08502、識別用簡易ネームはサカキ。連邦のエースパイロットだろう、知っているよ」


「そこまでわかってるんなら話は早い。俺は未知の敵に襲撃されて……」


「巨大な人型の正体不明生物だろう。もう話さなくていい。君が今置かれている状況について、僕達は君以上に詳しい。説明しなければならないのは僕達だ」


 男の言い方は鼻についたが、ここについて知りたいのもまた事実だった。俺達の船団の近くに、こんな場所があるだなどと聞いたことがなかった。


「歩きながら話そう。自主的にカプセルを開けられたということは、それくらいまで回復しているということだろうしね」


 言われた通り、俺はこの真っ白な男についていくことにした。



***



 「君が遭遇したモノは、数年前から既に観測されていた」


 しばらく歩いてから、真っ白な男――――――彼は自分をブランと名乗った――――――が話し始めたが、彼の話は、最初から俺を驚かせた。


「観測されてた……ってマジかよ!?最新鋭の兵器が全く効かない相手を、民衆に知らせず放置してきたのか!?」


「落ち着けサカキ。君は知らせられると思うのかい。オーバーテクノロジーを手にした人類でさえ太刀打ち出来ない化け物が出現した、などと」


「ぐっ……」


 それもそうだ。そんなことをしては、いたずらに人々を不安にさせてしまうだけである。俺が黙ったのを見て、ブランは話を続ける。


「僕達はあのアンノウンの調査をし、その対策を練るために、船団から離れ、ここで研究と兵器開発をしている。そしてサカキ、君を治したのは他でもない」


「なんだ」


「君はアンノウンとの交戦経験がある。そして、パイロットとしての成績も素晴らしいものだ。その君に、僕達が開発した戦闘機に乗って欲しい」


 ブランの提案は俺にとって唐突なものだった。てっきり俺は治療が終われば原隊復帰出来るものだと思っていたが、なるほど確かに、あの存在のことを知れば、俺を野放しにしておくわけにもいかないのだろう。

 ブランは言葉を続ける。


「悪いが君に拒否権は無い。何故なら僕はオリジナルだからだ。クローンである君に、僕に逆らう権利は無い」


「なっ……!?」


 こいつ今、なんと言った!?オリジナル、オリジナルだと!?最早この宇宙を見渡してもほとんどいないとされるそれ、クローン達にとっての神に等しい存在が、目の前にいる!?そんなバカな!

 だがしかし、納得はいく。クローンが名乗るだけで死に至るオリジナルを名乗って、ブランは死んでいないし、今ではほとんど生まれないとされているアルビノであることも、説得力に拍車を掛けていた。


「驚いているね。だがしかし、オリジナルを名乗っても僕が溶けて死んでいないことが何よりの証拠だろう」


「ああ……正直死ぬ程驚いちゃいるが、それを疑う余地はねぇな。わかったよブラン。だが、俺をスカウトしたいなら、もう一人をスカウトして欲しい。俺のことにあんだけ詳しいアンタだ。俺に優秀なパートナーがいたことは知っているだろう」


「CFJ-11111、エヴァか……彼女は……」


「ブランさん!こんなところにいたんですね!あっ、彼、起きたんですね!?」


 言い淀むブランの後ろから、元気な、そして聞き慣れた声が聞こえた。楽しげな笑顔は間違いなく、彼女のものだ。


「エヴァ!やっぱり生きてたんだな!はは、当たり前か。俺より先にお前が死ぬわきゃあねえ!」


「あっ、おい君、彼女は!」


 俺はブランを置き去りに、彼の後ろからやってきたエヴァに抱きついた。ああ、抱きしめた時の感触だって、間違いない……!

 あの時上手く脱出したんだ!そしてここに、俺より早くやってきたんだろう。流石だ!


「ごめんなさい、サカキさん。私はエヴァさんではありません」


 抱きしめ返してくる感触を期待した俺は、その言葉を聞いて彼女から離れ、改めてまじまじと観察した。

 そんなわけがない。髪の色も瞳の色も、纏う雰囲気さえ彼女と同じだ。仮にクローンだとして、ここまで似ることはあり得ない。


「だって、私はオリジナルですから」


「――――――ッ!!」


 ダメだ、死んでしまう!と俺は再び彼女に近づいたが、しかし、その時は一向に訪れなかった。つまり、本当に……。


「お、おお、おおおおおッ!!!!!」


 俺は叫んだ。感情抑制機構が全く働かない。人の喉からは、これほど大きな声が出るのだということを、初めて知った。


「そういうことだ。知らせるのはもう少し後にしようかと思っていたが……」


 背後でブランが喋る声がする。だが、俺はその意味が上手く理解出来なかった。

 俺は立ち上がり、ブランの胸ぐらを掴んだ。


「ヤツに対抗するための機体はどこにある!そして、ヤツはどこにいる!!」


「それは、我々の元で戦う気になったということだね。すぐに案内しよう。アンノウンが潜伏している場所も掴んでいる」


 こうして俺は、クローンよりも感情の無いこの男の部下になった。



***


 数時間後、俺はブランが容易した機体のコクピットに座っていた。対人型不明生物用宇宙戦闘機、ミストルテインのコクピットに。


「無敵の光神バルドルを殺したヤドリギの名を持つ機体だ。あのアンノウンに、これで傷を付けてくれ」


 ブランはそう言っていた。言われなくてもそうするつもりだった。俺からエヴァを奪ったあの生き物を、刺し違えてでも殺してやる、と。

 決意を固めていると、通信が入った。開けば、エヴァの顔……いや、先程の女の顔が映し出される。


「アンタ、オペレーターだったのか」


 敬意を払うべきオリジナルに対して、こんな気安い口調で話してしまうのは、やはり彼女がエヴァに瓜二つだったからだろう。何度見ても、本当に別人なのか疑いたくなってしまう。


「は、はいっ、先日配属されたばかりの新米で、名前はイヴと言います!」


「名前まで似てやがる……ああいや、なんでもねえ。さっきはすまなかったな」


「い、いえ、お気になさらず!操縦方法は大丈夫ですね!?」


「ああ、さっきインストールしたし、そもそもがユニバーサル規格だ。迷うことはねえよ」


「では、ご武運を」


 通信が切れる。コクピットには、束の間の静寂が訪れた。ふと、俺はディスプレイの片隅に表示されているカレンダーを見た。長期間の宇宙戦闘で時間感覚を失わないようにするためのものだが、俺はついぞそれを気に掛けることがなかった。

 だが、一体何日あの治療カプセルで眠っていたのか聞きそびれていたから、今日はこんな気まぐれを起こしたのだろう。

 ――――――表示されている日付は西暦3022年12月24日。本来なら、エヴァと過ごすはずのクリスマス・イブだった。


「全く、最低のクリスマス・イブになっちまった……!」


 ぼやきながら、俺はエンジンに火を入れた。

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ワンライ置き場 まつこ @kousei

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