僕を連れて進め
「責任から逃げるなッ!!」
――――なんでお前さんはクオカード付きのプランで出張に行くんだ
――――貴様は電車通勤ではないだろう、何故通勤手当を申請する
――――貴様が何と言い逃れしようと社用車でパチンコに行った事実は変わらぬ
「なんじゃ、これは……新入社員の頃の儂か? この記憶は…………」
第三者組織に不正の数々を密告された役員が失脚する。
「言語道断でござる。ま、拙者は絶対に働きたくないでござるがな!」
ニート侍が早上がりした。
♪
「まだだ! まだ働ける! 俺はまだ働ける!」
「クックック、アッハッハッハッハ……!」
ウール製の年休簿を決裁箱に叩きつけるボーイ。溜まりに溜まった40日分が承認される。
「何ともまあ! 惨めで滑稽じゃねえか!」
消費せずに消えていった年休の日数を数えることだけがライフワークの彼は、病んで会社を去っていった。
♪
「これが恋というやつかなぁ。可愛いね、メルロちゃん」
「とっととくたばれ糞野郎」
セクハラ親父は鎖で縛り上げられた。
♪
「規定外の長期労働を強い、能力のない部下を追い込んで自主退職させる…………そんな今の自分をどう思いますか?」
「役員の姿か? これが……これが本当に俺が目指した姿なのか……?」
最後の上弦の役員は転職を決意した。
「ふっ、老躯はいつまでも口出しをすると老害にしかなりませんね。後は若い者たちに任せますか」
老戦士は定年退職した。
♪
「ボーイ、メルロレロ……うぬら二人か!」
逃げようとした親方様が回り込まれた。
「さあ追い詰めたわ」
「おら! 大人しく認めやがれ!」
もはや殴って解決しか考えていない。親方様は幾度となく部下を潰してきたが、それはそれとして酷い話だと被害者面する。
「しつこい」
そして他人事のように糾弾するのだ。
「定時で帰ってもやることはないだろう。残業代をもらっても無駄に浪費するだけだ。いつまでもそんなことに拘っていないで、自分の仕事だけしていればいい。そんなことを気にする異常者の相手はもう疲れた。
だから認めてやる」
臨戦態勢を整えた二人がずっこける。親方様は鼻をほじりながら拗ねた表情だ。二人の間に鼻くそを飛ばす。親方フィールドが二人を包んだ。
「ただし、私の跡を継げるのは一人だけだ。ここで潰し合え」
♪
「⋯⋯やるしかないのね」
「ギャハハハ! ガキンチョ一匹ボコボコにしてやるぜ!」
メルロレロがムッと口を結ぶ。子供扱いされるのは嫌いだった。
「いいわ。どちらが上か分からせてあげる」
そう言って、メルロレロはフィールドスコープを覗く。遠見鏡『ワールドヘッジ』。その魔力は構造を見抜く。
(構造は普通の人間。けど、帯びている力の流れが見える。差し詰め、魔人といったところかしら)
「おぅら!!」
魔法のじゅうたんが浮かび上がる。メルロレロの瞳が一瞬輝くが、すぐにその性質を看破する。
メルロレロが右腕を振った。空中に具現する白球が混ざり合い、ペイント弾を創成する。
「口調の粗暴さにしては、手が姑息ね」
じゅうたんを破壊するのではない。浮遊だけであれば脅威度は低い。メルロレロの攻撃はじゅうたんを白塗りにし、魔法陣の起動を阻止していた。
「この、アマ⋯⋯⋯⋯!」
ボーイが魔法のじゅうたんから飛び降りる。少女に向かって果物ナイフを向ける。メルロレロが左手をかざすと、白球が組み上がってゴムの盾になった。凶刃がゴムの盾に沈み込む。
「あーあ、やっちゃったわね」
ゴムに染み込ませた油が得物の殺傷力を減衰する。油まみれで切れ味が落ちたナイフを忌々しげに眺める。
「死んどけ!」
エレクトロカーペットコード。潜ませたひもをメルロレロの首に巻きつける。構造を見抜く相手の攻略方法は、手の内を見抜かれる前の不意打ちだ。首を絞めるコードに指を掛け、メルロレロがもがく。
「リロード――――クラッシュ」
コードが弾け飛んだ。物質を作り出す魔法とは別種の方向性。ボーイは唾を吐き捨てる。
「概念も模倣可能ってか!」
「模倣じゃないわ⋯⋯『創造』よ」
物質・概念の創造。それが水色の少女の真骨頂。再びござを宙に浮かべるボーイが見たのは、少女が浮かべた水色のござ。
「⋯⋯舐めてんな」
「一度見たからね。りり」
少女のござから伸びる無数のリボン。ボーイが腕を伸ばし、無数のコードが待ち受ける。メルロレロがすっと目を細めると、リボンが炎上した。
「んな⋯⋯ッ!?」
じゅうたんごと大炎上。メルロレロはニヤリとほくそ笑む。
「どちらが格上か分かったでしょう?」
炎に包まれるボーイに背を向け、親方様フィールドの境界に手を向ける。時間を歪め、空間を圧迫する。完全に『時空』の魔法を再現できるわけではないが、これくらいの真似事ならば可能だ。
それは世界を渡る魔法。絶対のバトルフィールドを、歪めて破る。
「やったわ!」
清々しいまでの笑みを浮かべて、少女は笑った。
会心の手応えだった。背後の炎上が鎮火していることに気付かないほどには。
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