第18話 最悪の魔獣

 その夜、俺とミリアは、ラプトンが所有する大規模なカジノの地下へと連れて行かれた。


 そこに存在していたのは、噂にのみ聞いていた、古代の遺跡を改修して建造された、石造りのコロシアムだった。


 大きさは、戦う場所そのものがテニスコート一面分ぐらい、そして観客席も、前世でテニスの試合をテレビ中継で見たことがあるような、闘技場から数メートル高いところからすり鉢状に広がっており、現時点で五百人ほど座っているように見受けられた。


 ラプトンが護衛と共に座っているのは貴賓席、そしてミリアはそこに同席するのを拒否したのか、少し離れた、しかし客席の最前列で見守っている。

 すでに両手を組み合わせ、祈るような仕草を見せていた。


 夜中、しかも地下だというのに、天井に存在する魔道具による照明で、昼間のように明るい。

 闘技場の床には赤土が敷かれている。魔獣の蹄でも滑らないように、ということなのだろう。


 すでに魔獣同士の戦いが行われており、控え室の窓からでもその様子を見ることができる。

 客席の熱気は十分に高まっているようだった。


 そしてしばらく静かになり、会場のアナウンスで、本日のメインイベントであることが告げられ、三ツ星ハンターである俺の名前が紹介される。


 所々に金属板を埋め込んだ、どちらかと言えば動きを重視した革鎧に、丈夫な籠手を装備し、愛用の片手剣のグラディウスを持つ俺が通路を通って登場すると、観客から拍手が沸き起こった。


 今まで、決闘(デュエル)を見せることはあったが、これほどの観衆に拍手で迎え入れられたことはなかったので変な気分だ。


 そしてその後、大きな荷車に乗せられた魔獣が大人四人がかりで運ばれてくる。

 黒っぽく、相当大きな魔獣であることは分かるが、魔道具で拘束されているようでほとんど身動きしていない。


 しかし、会場に運び込まれるなり、恐ろしげなうめき声と共に体をくねらせ、それだけで荷車を引く四人の男達がたじろいだ。


 客席から、おおっ、という驚きの声が漏れる。

 それだけで、なにか嫌な予感がしてしまっていた。

 さらに司会の者が、音声を拡散させる魔道具を使ってアナウンスする。


「本日最後の魔獣は、当闘技場で最強、ランク5の猛獣です。捕らえるだけで四ツ星ランクのハンター2人、三ツ星ランクのハンター5人を投入しなければなりませんでした。それでも十分ではなく、三ツ星ハンター二人を死の淵に追いやったとんでもない化け物です!」


 その説明に、会場全体から再び驚愕の声が上がる。

 まさか、と思ったが、その噂は、俺も聞いたことがあった。


 東方の遺跡周辺に現れた、一億もの賞金が賭けられた化け物。

 生け捕りにされたという話も聞いていたが、まさか、ラプトンの手に渡っていたのか?


 大きな荷車を引いてきた四人は、逃げるように闘技場を退場していき、その出入り口はがっちりと閉じられた。


 そして、数メートル上方の客席から、高レベルの魔術師らしき二人が何やら魔法を荷車の上の魔獣に放つと、その体を拘束していた腕輪、足輪同士が離れ、また、口にはめられていた拘束具も、ポトリと落ちた。


 ぐおららららぁー、と会場全体に響き渡る、おぞましき咆哮。

 思わず耳を塞ぐ観客も多数だ。


 のっそりと立ち上がったその魔獣は、まずその鬱憤を晴らすように、自らを乗せていた木製の荷車を、腕から伸びる三本の長い爪で突き刺し、持ち上げ、そのまま振り回して吹き飛ばした。


 観客から悲鳴が上がる。

 立ち上がったその背丈は、軽く三メートルを超える。

 顔は、オオカミのそれだ。

 全身を黒い毛で覆われ、筋肉質で、がっしりとした印象を受ける。


 そしてその拳から伸びる、長さ1メートルはあろうかと思われる、片腕に三本ずつ生える、白く太く鋭い爪。

 ワーウルフ……それも何かしらの呪いを受け、特別に巨大化した個体のようだった。


「千年の眠りから覚めし、古代の戦闘生物兵器、オーガーウルフと、ベテラン魔道剣士ハヤトとのデスマッチ、今、開始です!」


 そのアナウンスが始まる前に、すでに魔獣は俺に突進してきていた。

 観客からは大声援が沸き起こっていたが、そんなものを気にする余裕はない。


 でかい図体であるにもかかわらず、その動きは驚異的だった。

 両の手から繰り出される爪による斬撃は、そのリーチの長さもあって、躱すだけで精一杯だった。

 俺の装備は軽装のため、当たると大ダメージ、貫かれると致命傷となる。

 力も速さも、以前リョウと二人で戦った六本腕の妖魔を軽く凌ぐ、恐るべき魔獣だ。


 こんな化け物を俺と戦わせるとは、ラプトンは本気で俺を殺す気だ。

 いや……俺を、ではない。

 ようは、この化け物に八つ裂きにされるハンターなら、誰でも良かったのだ。


 おそらく、俺とミリアが屋敷に押しかけてきたという話を聞いた時点で、即座にこのシナリオを描き、俺を生け贄にしようと決めたに違いない。


 だが、そうやすやすと奴の思い通りになってたまるものか。


 俺は左腕から「紫電」の魔法を放った。

 魔獣に直撃し、一瞬動きが止まる。

 客席から、おおっという歓声が再び漏れた。


 しかし、俺が間合いを詰める前に、魔獣は再び動き始めた……さっきまでより、さらに怒りを露わにして。


 そもそも、魔法であっさりと倒せるならば、賞金首になどならないのだ。

 アナウンスでは、古代の戦闘生物兵器、と紹介されていた。

 あるいは、本当に対魔法耐性を持つよう改造された魔獣なのかもしれない。


 俺は、さらに焦りを濃くしていた。

 強い。

 強すぎる。

 俺の想定より、遙かに強く、恐ろしい。


 速く、とんでもないパワー、そして凶暴で、動き続けてもその俊敏さは衰えない。

 逆に、躱し続けている俺の方がスタミナが切れ、ふらついてきた。


 このままではまずい……。

 一瞬、死の恐怖が頭をよぎった。


 観客席がほんの一瞬目に入り、俺のために祈り続けるミリアの姿が視界に入った。

 刹那、わずかに力が漲る。

 一撃、なんとか食らわせる。それで倒しきる。


 俺は全力で魔力を左腕に集め、五連撃で「紫電」をオーガーウルフに放った。

 さすがにダメージを受けたのか、魔獣が一瞬天を仰ぐ。


 ここだ、とばかりに間合いを詰め、飛び上がり、その首をはねようと渾身の力を込めて、愛用の片手剣、グラディウスを振りかざした。


 そして次の瞬間、信じられない光景を目撃した。

 魔獣は恐るべき反応速度で顎を動かし、俺の剣に噛みついたのだ。


 あまりの衝撃に、俺の右手は剣から離れ、体が宙を舞う。

 なんとか着地に成功し、見上げてぞっとした。


 オーガーウルフは、魔力付与され強化されているはずの剣の刀身を、いとも容易く咬み砕いていたのだ――。 

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