第16話 陵辱の追加
ミリアが合格した名門劇団「ラージュ」は、基本的に新人かつ独身者は全寮制だった。
なので、俺との同棲生活は、入寮する一週間後には終わりを迎えることになる。
思ったより早い別居となるが、それは最初から覚悟していたことだった。
娘として考えるのなら、彼女はいつか親離れするときが来る。
恋人として考えるならば、そもそも俺は結婚できない。
冒険者、ハンターとして生活している以上、常に死の危険が伴う職業であり、そのことが俺を結婚という決断をするに至らせていなかった。
同じ転移者のリョウのように、そのときはそのとき、と自身も彼女も割り切れるなら良かったが、俺はそのような割り切りができない。
事実、十年近く付き合ってきた彼女とも別れてしまっていた。
ミリアにも、そのことは伝えていた。
なので、俺に気兼ねすることなく、憧れていた劇団で演技の練習に励むようにと送り出した。
別に、全く会えなくなるわけではない。
以前のように、時々近況を報告し合うだけでも、本当の家族のような絆を感じ合えることができた。
それでも、慣れていたはずの一人の部屋に帰ると、寂しく感じられた。
ミリアが料理を作ってくれていたキッチン、一緒に楽しく会話しながら食事していたテーブル、一緒に夜を過ごしたベッド……それらを見る度に、ミリアが俺のなかでどれだけ大きな存在になっていたかを感じていた。
俺のステータスは、少しだけ下がってしまっていた。
自分の娘として認識していた彼女が独り立ちしてしまったことに、俺自身のテンションがさがってしまったことが原因だろうと思う。
もう、今の劇団で活躍するのであれば、「スポンサー」はそれほど重要ではなくなってくる……劇団側で彼女を売り出してくれるからだ。
ミリアは、俺が知る限りこの都市でトップレベルの超絶美少女だ。
小さな劇団とはいえ、下積みも十分重ねていた。
その彼女が才能に目覚め、一流の劇団で努力を重ねている。
絶対に成功するだろう、と確信していた。
しかし、それがわずか一ヶ月後にはヒロインとして舞台に立つことが決まったと聞かされたときには、驚きの声を上げてしまった。
前にも聞いたことがある、看板女優が不在という事情があるにせよ、それはあまりにも早すぎる気がした。
実力主義。
冒険者稼業でもそうだが、この世界では本当にそれが全てなのだと実感した。
ほんの二月前には着の身着のままで俺のところに転がり込んできたような少女が、いまや名門劇団の看板女優になろうとしている。
もう、俺の手の届かないところに上り詰めようとしている……。
嬉しそうにそれを報告してくれるミリアの笑顔を見て、俺も喜びと、切なさ、寂しさを感じていた。
しかしわずかその数日後。
演劇には疎い俺の耳にも、その噂話は聞こえてきた。
名門劇団「ラージュ」が、大富豪ラプトン氏に買収された、というものだ。
ラプトン氏はこのイフカの街で多数の不動産やギルドを持つ実業家であるが、その強引な買収劇や金に物を言わせた経営手法で反感を買うことも多い人物だった。
色や欲にまみれている、という噂も聞いたことがある。
六十歳を過ぎているが、大柄な体格でエネルギッシュであり、常に一人か二人の美女と三人以上のボディーガードを引き連れているので目立つ男だ。
そんな奴が、伝統と高い格式の劇団「ラージュ」を買い取ったと聞いて、非常に嫌な予感がしたし、実際にミリアに会ったときも、不安げな表情を浮かべていた。
そしてその懸念は、数日後に的中した。
ミリアとレストランの個室で食事をしたあとに、ラプトン氏の意向で書き換えられたという公演のシナリオを見せられた。
基本的には、元々のストーリーである若い男性冒険者と囚われの姫、というよくある英雄伝説を元にしたミュージカルだった。
しかし、その変更内容を見て、思わず
「ふざけるな!」
と声を出してしまった。
捕らわれの身となった姫が、悪人どもに衣服を剥ぎ取られ、陵辱されるシーンが追加されている。
そこではヒロイン、つまりミリアは、本当に全裸にさせられてしまう。
陵辱シーンも、一線を越えるものではないが、様々な拷問道具で苦痛を味会わされることになっている。
さらには、英雄と結ばれるシーンでは、本当に一線を越えるように指示されている――。
「他の劇団員は、このことを了承しているのか!?」
俺は頭に血が上るのを感じながら、ミリアにそう問いただした。
彼女も困惑した様子で、
「ううん、さすがにみんな私に同情してくれて、拷問のシーンと、最後の一線を越えるシーンはいくらか表現が緩められることになりました。でも、その……全裸になることは確定で……」
「ばかな……それでミリア、納得できるのか?」
「……私としては、それが芸術性の高い演劇であるならば、裸になることは厭わない覚悟でした。でも、この内容は……」
「……そうだな、男どもに衣服を剥ぎ取られるなんて……絶対に許容できない!」
「わたしも、そう言おうと思ったのですが……嫌なら辞めていいって言われて……私一人の問題でなくなってしまっていて……」
困惑と悲しみで涙を浮かべるミリア。
自分の娘がそんな目に遭うと分かって、容認する父親がいるはずがない。
「……ミリア、今から行くぞっ!」
「えっ……どこにですか?」
「決まっているだろう、ラプトンのところだ!」
自分でも冷静さを欠いていることは分かったが、もう怒りを押さえることはできなくなってしまっていた。
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