第14話 父性愛

「……ミリア、今日は君に何もするつもりはない。だから安心していいよ」


 震える彼女に、そう声をかけた。


「えっ……あの……その……私、何か失敗、しましたか?」


「いや、そうじゃない……ちょっと急すぎた、と思っただけだ。それに、まだ秘密にしてたことがあって、それも全部聞いておいてほしいとも考えたんだ」


「……秘密……ですか?」


 ミリアは不思議そうな顔をしていたが、俺がなにもしない、と言ったことに対して、少しほっとしたような表情だった。


「ああ……まず、急ぎすぎたっていうのは、そもそも君が『泊めて欲しい』って言ったのは、今日の昼間の話だった。それが成り行きで、あっという間に俺のアパートに引っ越してきて、一緒に住むことになって……そしてこうやって一つのベッドで寝ている。急展開すぎるような気がする。少し落ち着いた方がいいんじゃないかな……」


「……そうかもしれないですね。私、今日中に前の宿舎を追い出されることになっていたから、かなり焦っていました。ハヤトさんのところにしか頼るところがなくて……それで、受け入れてくれることになって、それだけで嬉しかった……ごめんなさい、やっぱりご迷惑でしたよね……」


「いや、迷惑とか、そういうんじゃないんだ。今、一緒にいて分かった。君がまだ、俺のことを怖がっているってことを……」


「そんな、怖いとかじゃなくて……怖いとすれば、その……今まで経験がないからっていうことに対するもので……」


 ちょっと口ごもるようにそう言葉にした……暗いのでよくわからないが、おそらく、真っ赤になっていることだろう。


「まあ、そういうのも含めてだろうけどな……それにもうひとつ……秘密にしていたことっていうのも話しておくよ……眠いようだったらやめておくけど」


「いえ、さすがに目は覚めていますから……ちゃんとお聞きしますよ。秘密を話していただけるっていうことは、それだけ信用されているっていうことですし」


 俺が隠していることを話す、というのを聞いて、彼女はさらに安心したようだ。

 しかし、俺が語り出したその話を、彼女はにわかには信じられないのではないかと思った。


 元々はこの世界の住人ではないこと。

「カガク」と呼ばれる、魔法をも遙かに上回る学問が高度に発達した、時空を平行する世界。

 魔物は存在せず、五十階建てを越える建築物があり、空を飛ぶ乗り物で普通に大陸を越えて旅行できる。

 こちらでは裕福層しか持つことができない、どれだけ離れていても会話できる道具を誰もが持っている。


 そんな世界でも、演劇は人気があり、多くの公演が成され、それを人々が見て感動の涙を流す。

 劇場に見に行けなくとも、自宅に居ながらその様子を見られる、大きな窓のような道具が存在する……。


 その世界で、俺は小さな女の子を助けようとして事故に巻き込まれ、死んだ。

 そんな俺を哀れんで、神様がこの世界に転移させてくれた。

 そのときに授けられた、俺だけの秘密の能力……最近まで、発動条件すら分からなかった特別な力。


「『父性愛』……それがその能力の名前だ。そしてそれは、君と『パパ活』の契約をしたことにより発動した。俺が無意識のうちに、君のことを『娘』のように愛することによって、この能力が発動したんだ」


「……娘、ですか……」


「ああ、そうだ……そしてその能力の詳細は、『自分の息子や娘を想い行動するとき、その能力が大幅に上昇する。また、対象者の才能開花を後押しする』だ……つまり、君を娘の様に想うことにより、冒険者としての能力が高まっている。それに……君の才能の開花にも、少しは役立っているんだ」


「……素敵な力……」


 ミリアは、俺の言うことをあっさりと、素直に受け入れてくれた。


「神様が、ハヤトさんにそんなご褒美をくださったのですね……」


「今の話を、信じてくれるのか?」


「はい……だって、私、分かります……急に演劇のコツをつかんだ、とでも言えば良いのでしょうか。いままでずっと苦労してきた、その役になりきることが、前よりずっと自然にできるようになったのです。自分でも、何があったのだろうかって思うぐらいに……それが、ハヤトさんと知り合った時期と重なります」


 ……やはり、ミリアにもその効果が発動していた。


「それに、なんとなくそんな気がしていたんです。ハヤトさんが応援してくれている、頑張らなきゃ、って考えるほどに、苦しかったはずの練習も、苦にならなくなっていました。ひょっとして、これが恋愛感情なのかなって思っていましたけど……」


「……実は、それは『父親に対する愛情』みたいなものだったのかもしれないな……だったら、なおさらだ。ひょっとしたら、俺たちは、男女としてこれ以上進んだ関係になってはいけないのかもしれない」


「……そうなんですね……」


 ミリアは一言、そうつぶやいた……くらいので表情はよく分からない。

 でもまあ、それで納得してくれたなら、俺も諦めがつく。


「……でも、そうじゃないかもしれないんですよね?」


 えっ、と俺は思った。


「だって……本当の親子なら、それはいけないことかもしれませんけど、私とハヤトさんは血が繋がっているわけではありませんし、そもそもそれがダメなら『パパ活』自体が成り立たないんじゃないでしょうか……」


「……まあ、それはそうだな……」


「パパ活」という名前ではあるが、そこで出会った年齢の異なる男女がある程度、恋愛感情を持ったならば……それは普通の男女の交際と変わりがない。

 多少の金銭のやりとりがあるかもしれないが、それは普通のカップルで、男性が女性の気を引くためにプレゼントにお金をかけるのと大差ない。

 それに、その手の『娼館』と決定的に異なるところは、女性の方も相手を選べる、ということだ。


「……ハヤトさんは、たくさんいる女の子の中から、私のことを選んでくれたのですよね?」


「ああ……パパ活ではまだ数人しか会っていないけど、この後誰と出会ったとしても、君以上に思いを寄せる女性は現れないと思う」


「……私も、すごく自分勝手で申し訳ないのですが、ハヤトさんだからいいかなって思ったんです。その……前にあった人で、そういう誘いをしてくる人もいましたから……でも、その気になれませんでした。たしかに、ハヤトさんみたいな方がお父さんだったら良かった、っていうふうに思った事はあります。ううん……今でも思っています。でもそれ以上に、ハヤトさんになら、その……初めてのお相手になってもらいたいなって、思ってしまったんです……もう、他の人は考えられません……」


 ミリアの言葉は、ズクン、と俺の心に響いた……彼女は、本音を語っている。


 俺が異世界からやってきた人間だということを、素直に信じてくれた。

 さらに、俺のことを信頼し、そして実の父親以上の愛情を持ってくれている。

 その身を、初めてを、俺なんかに捧げたいと思うほどに。


 そして俺もこう考えている。

 ミリアを、他の男に取られたくない――。

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