親の七光にあらず

 試合の規則ルールは、次の通りである。


 ——時間無制限。

 ——闘技場の場外に落ちたら負け。

 ——棄権可能。

 ——意識喪失は負けとみなす。

 ——死亡、もしくは試合続行不可能なほどの重傷を負った時点で負けとみなす。

 ——武器の持ち込みは自由。ただし試合中、外部から受け取ることは不可。


 そんな規則の上で始まったこの武闘大会は、勝ち抜き戦形式で行われる。十六人いる選手達を一回戦ごとに半分ずつ減らしていき、最後に残った二人が決勝戦を戦い、勝った方が優勝。新たな【槍海覇王そうかいはおう】の誕生である。


 開会式の終わって早速始まった、一回戦、第一試合。


『それでは第一回戦、第一試合!! 華々しき初陣を演じるのは、この二名!! 【六合刮脚りくごうかっきゃく宋璆星ソン・チウシン選手と、【転纏擺殲招てんてんはいせんしょう顧井雷グゥ・ジンレイ選手!!』


 游香ヨウシャンの高らかな紹介に、歓声が膨張する。


「まさか初戦から、あの名高き【無影脚むえいきゃく】の愛娘と戦うことになるとはな」


 チウシンの目の前には、一人の男が立っていた。


 背はチウシンより少し高めで、体格も細身に少し肉が付いた程度。坊主頭であること以外何も目立った特徴もない普通の若者に見える。しかし、一見凡庸な顔付きからは、分かる者には分かる静かな戦意がにじみ出ていた。


 その対戦相手——顧井雷グゥ・ジンレイの発言に、チウシンは苦笑しながら、


「いやだなぁ、わたしなんてまだまだですよ! 偉大なのはお父さんであって、わたしじゃないんですから!」


「ふっ、そうだな。兎にも角にも、まずは手を合わせてみなければ何も始まらん。この大会に参加できた時点でそれなりの実力はあるのだろうが……親の七光ななひかりでないことを願うとしようか」


 む。


 確かに謙遜したが、親七おやななとか言われるとちょっとだけムッとする。……密かに気にしていることであるため。


 けれどチウシンはそれを戦意に変換し、やや挑発的な語気で返した。


「あなたも、「一度絡まれたら倒れるまで出られない」っていう【転纏擺殲招】の謳い文句が、単なる誇張表現じゃないってことを頑張って証明してほしいな」


「……ふふ、言ってくれるな。いいだろう。敗北しても良い思い出になるよう、全力を尽くしてやる」


 気を張った微笑を交わしつつ、互いに右掌左拳の抱拳礼をして、構えを取った。


 それから数秒の間を置いて、


『——始めっ!!』


 游香ヨウシャンの号令とともに、両者の気迫が爆発した。


 先に動いたのはチウシン。急迫し、蹴りを真っ直ぐ疾駆させた。


 直撃寸前、ジンレイの姿が消えた。かと思えば背後に気配。チウシンは前へ伸ばした蹴り足をそのまま迅速に背後へ振り、ジンレイの回転肘打ちとぶつけ合わせた。両者の術力が喧嘩独楽のかち合いのごとく衝突、反発した。


 チウシンは素早く体勢を持ち直し、近づいて回し蹴りを放つ。ジンレイはその回し蹴りの内側へ入るや、踊るように回転しつつチウシンの背後へ回り込む。そこからすかさず回転肘打ち。


 対し、チウシンは前に伸びた蹴り足に重心を移すことで一歩前へ移動。その肘を避けてから、穿つような蹴りを後方へ真っ直ぐ放った。ジンレイはその剛槍じみた蹴りを身の捻りで避けつつ、その蹴り足の外側に沿うようにして再びチウシンの背後へと移動。チウシンは蹴り伸ばした足へ踏み換えて一歩退き、ジンレイの回転肘打ちを紙一重で回避。それから再び蹴りを走らせるも避けられ、また背後へ回られ……


(これは……噂に違わぬしつこさだね……!)


 蛇がまとわりついてくるかのような執拗な動きに、チウシンは内心で感服した。


 【転纏擺殲招】は、相手の周囲をグルグルと踊るように回りながら、拳や肘、蹴りなどで怒涛の連続攻撃を仕掛ける武法だ。大蛇が獲物を絞め殺す様子をもとに編み出されたという経緯を持つがゆえ、一度まとわりつかれたら倒れるまで脱出は至難である。


 しかも、このジンレイという若者の練度はかなりのものだ。離れることはさらに難しいと見た。


 さすがは【槍海大擂台そうかいだいらいたい】。実力の高い武法士が多いことである。


 けれど、そんなのは最初から分かりきっていたこと。


(わたしは、登り詰めてみせる! かつて、お父さんが登った頂まで! それが……お父さんへの、そして、死んだお母さん・・・・・・・への恩返し・・・・・なんだから!)


 チウシンは心を燃やした。


 この状況を、どう解決するか?


 簡単だ。相手が自分の渦の中にこちらを引き込もうとしているのなら——自分も同じように己の渦に巻き込んでやればいい。


 急回転。小さな台風と化したチウシンの周囲を、重い術力のこもった回し蹴りが幾度も回り廻る。


「ぐぅっ……!!」


 そのうちの一発が、ジンレイの拳と衝突。術力同士の一瞬の押し合いに負け、ジンレイの体勢が後方へ大きく崩れた。


 チウシンは迷わずそこを狙った。ジンレイの背後へ回り込み、もう一度回し蹴りを叩き込んで弾き飛ばす。さらに吹っ飛ぶ方向へ迅速に先回りし、再び回し蹴り。


 追いかけて回し蹴り、追いかけて回し蹴り、追いかけて回し蹴り……それを延々と繰り返す。

 

 ジンレイもやられっぱなしではなく、全ての蹴りを【こう】でしっかり防御していた。術力に包まれて鋼鉄と化した部位には、刃物さえも通らず、痛みもほとんど感じていないだろう。


 だが、【鋼】で防御しようという考えを抱いた時点で、ジンレイの敗北は決まっていた。


 何度も蹴りを防ぐ過程で、ジンレイは気づいた。……蹴りと蹴りの間の時間が、どんどん狭くなってきていることに。


 胸騒ぎを覚えたが、時すでに遅し。


 ジンレイの往復の揺れ幅がだんだんと小さくなっていく。それに合わせて、チウシンの放つ連続蹴りの時間的間隔も小さくなっていく。


 ——チウシンは今、ジンレイを「蹴りの嵐」に巻き込みつつあった。


 回り込んで蹴ってを繰り返し、その移動範囲を徐々に狭めていく。まるで渦潮が螺旋を描きながら中心へ収束していくように、蹴られた勢いに流されるまま抜け出せなくしていく。

 

 やがてジンレイは、その嵐の「中心」に閉じ込められた。


「ぐおおおおおおおおっ!?」


 四方八方から、止むことのない怒涛の蹴りが叩き込まれる。途切れなく周囲から繰り出される衝撃の勢いによって、ジンレイの足が地面から浮き上がり、宙に留め置かれたまま術力に全身を殴られ続ける。まさしく嵐の中に身を置かれたかのごとし。体がバラバラに引きちぎられそうだ。


 全身にまで【鋼】の術力を延べ広げて防御しているが、悪あがきでしかないことはジンレイ本人が一番知っていた。【鋼】の術力は一塊の粘土と一緒だ。体の一部なら分厚い防御力で固められるが、全身に広げてしまうと否応なしに防御が薄まってしまう。ただ動けなくなるだけで、防御の面での利点メリットがほとんど無いと言ってよかった。


 蹴りの勢いの中に閉じ込め、それをどんどん狭めていき、やがて怒涛の蹴りの嵐で強引にねじ伏せる——【六合刮脚】の一技法【春嵐しゅんらん纏葩てんは】は、薄く頼りない【鋼】に包まれたジンレイの全身を瀑布のごとき衝撃の連鎖で痛めつけていく。


 しばらくすると、ジンレイの【鋼】が途切れた。本人の意識とともに。

 

 それを確認すると、チウシンも技を解いた。宙に浮かされていたジンレイがどさっと落ち、横たわる。動かない。


 游香ヨウシャンが近づき、ジンレイの様子を確かめる。【巡遊じゅんゆう楽人がくじん】は旅の道中で身を守るために武法を身につけるのが常識だ。ゆえに、彼女にも人の状態を見る目があった。


『ジンレイ選手、意識喪失! 勝者——宋璆星ソン・チウシン選手!!」


 そんな彼女の観察眼は、そう結論を出したのだった。


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