1-3 エルフの姉妹と遊ぼう1


 気がつくと、私はうっすらと明るい森の中に佇んでいた。

 空を見上げればぽかぽかと暖かい木漏れ日が降り注いでいる。小さな森の中らしい。


 久しぶりに太陽の暖かさを感じた私は、改めて自分を見下ろし「あれ?」と首を傾げる。


「服が、黒の法衣になってる……?」


 現役<聖女>時代は女神の加護を受けた白の法衣だったはず。

 不思議に思ったけれど、こちらの方が復讐者ぽくて良いかもしれない。


 他の装備品は同じようだ。

 腰元に、道具を異空間に収納するアイテム袋。背中には<聖女>時代に愛用した打撃武器バトルメイスを背負っている。


 私は快調な身体をかるく動かしながら、きょろきょろと森を見渡す。


「私が死んでから、どれくらいの月日が経ったんでしょう。女神の空間は時間の流れがおかしいと聞きましたし、そこから確かめないと……あとは場所ですね」


 ふぅむと考えていると、がさがさと草木の揺れる音と小さな声が聞こえてきた。


「あっちにいったよ! お兄ちゃん!」

「よーし、ミニィ、兄ちゃんに任せとけ! そりゃあっ!」


 森をかけ抜けて行くのは、幼いエルフの兄妹だ。

 見た目は、人間換算でおよそ七歳くらい。

 二匹は元気に森の獲物を追いかけているらしく、兄がひゅんとナイフを投げつける。


「やったぁ!」

「お兄ちゃんすごーい!」


 木陰の獲物に命中したらしく、兄がぐっと拳を握る。とても元気な兄妹だ。

 せっかくなので、あの二匹に聞いてみよう。


「こんにちはー。君達この辺に住んでるの? ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ここってどの辺なのかな? あと、いまは聖エルフ歴何年?」

「わ、お姉ちゃん誰?」

「旅の人。ちょっと迷子になっちゃって」


 人懐っこい性格なのだろう、兄妹はびっくりしながらも、くりくりとした明るい目で教えてくれた。

 今は聖エルフ歴101年らしい。

 私が処刑されたのが聖エルフ歴100年なので、既に一年が過ぎていた。


「それで、あっちはカミノ村だよ! 王都アンメルシアはすぐ近くなの!」


 ということは森を抜ければ王都だろう。

 ふむふむと頭の中で地図を描いていると、妹が「はい!」と元気に質問してきた。


「綺麗なお姉ちゃんは、旅の人? どこから来たの?」

「ふふ。じつは地獄から戻って来たの。あなた達を皆殺しにするためにね。すごいでしょう?」

「へ?」

「ところで、さっきは何して遊んでたの? あなた達を肉塊にする前に、お姉さんにも教えてくれると嬉しいなぁ」


 膝を屈めてにこにこ笑いかけると、へへーん、と兄が鼻を鳴らして自慢する。


「狩りだよ! 農場から逃げたウサギを捕まえたんだ!」

「お兄ちゃん、昔からウサギ狩りが得意なの! ほら見て!」


 二匹に誘われて森の奥を覗くと、確かにナイフを刺され絶命したウサギが転がっていた。


 サイズも性別も、エルフの妹と同じくらいだろうか。

 身を切り刻まれながらも逃げていたのだろう。太ももや腕を始め全身に擦り傷や殴られた痕があり、うつ伏せに倒れた背中には兄の投げたナイフが深々と刺さっていた。その瞳は大きく見開かれ、ぽっかりと穴が空いたように無念の色を浮かべている。


「そっかー。それで、殺したウサギさんはどうするの?」

「え? どうするって? ……ただ殺すだけだよ?」

「面白いじゃん!」

「そうなんだ。じゃあ、お姉ちゃんも参加していい?」


 私の質問に、兄はうーん、と腕を組んで考える。


「一緒にやりたいけど、でも獲物がいないからなぁ。最近ウサギ少ないんだ」

「そうなの? でもいるじゃない、獲物なら」


 私はそっと耳を出す。人間とエルフを区別する最大の特徴はやはり耳だ。

 二匹が、え、と目を見開く。


「あ……う、ウサギさん?」

「そう、私もじつはウサギさんなの。でも同じ遊びだと楽しくないから、今日はウサギ狩りじゃなくてエルフ狩りにしましょうね」

「え」

「よーい、スタート!」


 私は遠慮無くバトルメイスを振り抜いた。

 ごりっ、と肉のえぐれる音がして、エルフ兄の腰から上が消えた。


「……あら?」


 どさりと二本足が倒れるのを見ながら驚いたのは、私。

 半殺しにするつもりが、うっかりオーバーキルしてしまった。

 生前のステータスを考えると、あり得ない程に攻撃力が高い。


「もしかして私、魔力だけでなく身体能力も、勇者様と女神のものを受け継いでる?」


 となると今の自分は、魔王すらも撲殺できるかもしれない。


「ごめんなさい、力加減まちがえちゃったね」

「………………お……お兄、ちゃん?」


 口をぱくぱくさせ、兄だったものを信じられない目で見つめる妹。

 放心してしまったらしい。

 仕方ないので妹も殺すか、と獲物を握った私はふと思い出す。


「そういえば……蘇生術を試してみるのも、良いかもしれませんね」


 憎悪の力を得た私の蘇生術を、勇者様は、魂の冒涜と表現をしていた。


 私は右手をかざし、兄だったものの足に手を乗せた。

 瞼を閉じ、頭の中で虫の魂を呼び寄せるイメージを浮かべる。

 一気に魔力が流れ込み、兄の身体が再生していく。


「あら、すごいですね……詠唱なしで蘇生できそう。これなら触れずとも複数蘇生できるかも」


 ふむふむと確かめてる間に、兄の身体は光につつまれ完全蘇生が完了する。


「げほっ! ……え? お、俺……なん、で。いま、死んで」

「お、お兄ちゃん!?」


 理解でない、とばかりに目を見合わせる兄妹。

 その二匹を見ながら、私も新たに起きた現象に目を見張る。


「これは……?」


 今しがた蘇生を行った、私の右手。

 その指先から兄の心臓へ、黒い糸のようなものが伸びていたのだ。



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