1-2 復讐の誘いと蘇生術


「……ここは、光の間? 女神樣から<聖女>の力を授かった……あれ? 足がある! 手もある!」


 真っ白な空間に立った私がまず驚いたのは、身体がきちんとあることだった。

 ぶんぶんと手を振って、足踏みする。

 あ、すごい。

 手が動く。足が動く。

 首から下もきちんと繋がっているし、私の思い通りに顔が動かせる。


 なにより、痛みがない。

 私の身体は魔王討伐時の<聖女>のように、白い法衣に包まれ健全な肉体を取り戻していた。


 そのことに驚いていると……

 久しい声が、耳を打つ。


「久しぶりだね<聖女>レティ。君の姿をまた見れて、嬉しいよ」

「え? ……あ、ああっ」


 私は二度目の驚きに目を見張る。


 そこに居たのは。

 私の大切な仲間にして、伝説の<勇者>の名を授かった、私達の隊長さん。

 こざっぱりした銀髪を揺らし、男の子のように笑う、とても格好良い女の子。


「勇者、様」

「ちょっと、様は止めてって言ったでしょ? 百年経っても相変わらずね、レティ」

「………………」

「レティ?」

「…………っ、ううっ」


 話したいことは沢山あったはずなのに、喉につっかえてうまく出てこない。


 代わりに溢れたのは、涙だった。

 私を、レティ、と呼んでくれる優しい声。


 百年、ずっとずっと待ち望んでいた。

 夢でもいいから会いたいと思っていた。

 ……あの日、エルフに裏切られ、殺されかけた私達を庇い、彼女が命を落としたあの時から。


 私の震えを察してか、勇者様が影のある笑みを浮かべる。


「ごめん、レティ。君には辛い思いをさせてしまったね。……君の過ごした百年は、ここからずっと見ていたよ。本当にすまなかった」

「そんなの、勇者様のせいじゃ」

「いや、ここは謝らせてくれ。許してくれ、とは、とても言えないけれども」


 そして勇者樣は自然な動作で、私を抱き締めてくれた。


 私はなにかを言おうとしたのだろう。

 口を開いて、けれど言葉が続かず……


 ぼろぼろと涙をこぼし、静かに泣き続けた。

 それは百年の想いを詰め込んだ、苦しみの涙だった。

 勇者様はそんな私を、なにも言わずに抱き留めてくれた。



 どれくらい、泣きはらしていただろう。

 ようやく気が収まり、状況を聞こうと声をあげる。


「勇者様。それで、ここは……?」

「女神の間だよ。人間の魂に、女神から<勇者>や<聖女>の神託を貰うときに来ただろう? 生命の魂は、死ぬと一度必ずここに来るのさ」

「じゃあやっぱり、私は死んで、女神樣に……え?」


 顔をあげた私はそこで、とんでもないものを見てしまう。


 私達に神託として<勇者>や<聖女>の力を授けてくれた、女神グラスティアナ。

 魂の女神とまで呼ばれ、二枚の光の翼をもつ最上位たる女神が……


 勇者の聖剣で串刺しにされ、血反吐を吐いた姿で地面に縫い付けられていた。


「め、女神様!? 勇者様あれ」

「すごいでしょ。殺っちゃった☆ まだ生きてるけどね」

「ええっ!?」


 地味に条理を覆す暴挙である。


「レティ。詳しい話は省くけど、あの女神もエルフの仲間だったらしくてね。僕達は最初から騙されてたってわけ。だからムカついて殺っちゃった」

「殺っちゃった、で殺せちゃうの凄いですね。相変わらず規格外と言いますか……」

「いやぁ苦労したよ? あの女神、魔王より強いのなんの。僕も腕は吹き飛ばされるし、頭も一回消し飛ばされるしで死ぬかと思った。もう死んでるけどね」


 その戦いがいかに凄惨だったか、私には想像するしかできない。


「けど、それでも僕には女神を殺さなきゃいけない理由があったんだ」

「理由?」

「うん。……ねえ、<聖女>レティ。……復讐したいとは思わない?」


 ざわり、と勇者樣の気配が闇をまとい、私は震える。

 それは……私にも身の覚えのある空気。

 果てしない憎悪と、世界を塗りたくるような殺意。


「まっさきに殺された僕は、君や仲間達、人々が殺されていくのをここで見るしかできなかった。その怒りは、今さら伝える必要もないと思う。……そう、君の感じているその感情だよ」


 くふ、と勇者様がうすら寒い笑いを浮かべる。

 それは初めて見る表情……たぶん、私も同じ顔をしていたはずだ。


 全てを奪い尽くしたエルフ共。

 人々を家畜のように扱い、むごたらしく死に至らしめ、弄び続けた奴等。

 王女アンメルシアはもちろん、その取り巻きや、家族、エルフ種の全てが私は憎い。


「だから君に、その復讐を果たして欲しいんだ」

「でも、どうやって……」

「蘇生術。君なら使えるだろう?」


 確かに<聖女>の高位魔術として、生命を蘇生する魔術はある。

 でも当然のように限度があるし、なにより私は死んでいる。

 死者が死者を蘇らせることが条理に反しているのは、魔術に詳しくなくても分かるだろう。


「そこで、コレの出番という訳だ」


 勇者はにこにこと笑いながら、血塗れの女神の背中に手を突っ込んだ。

 ぐげふっ、と悲鳴をあげる女神から心臓をねじり取り、私の前へと差し出してくる。


「女神の魔力核。君自身の力。そして勇者である僕の力を、君にすべて托したい」

「……え」

「この女神さ、どうやら再生するみたいでね。僕はこいつを百年殺して、百の魔力を集めた。ついでに僕も<勇者>特性で再生するから、自分を百年殺してありったけの魔力を取り出した。その全部を力に変換して君に渡せば、自分を蘇らせることもできるはず。……ううん、その力は単なる蘇生を越えた、魂を操れるくらい冒涜的な蘇生術になるはずだ」

「百年……?」

「ふふ。ああ、殺したいなぁ。本当は僕の手で、あいつらを全員殺したいよ。けど、僕を蘇らせることは<回復三原則>を考えると、どうしても難しいからね」


 当然のように話す勇者様を見ながら、私は今ごろ理解する。

 この百年、私は痛みに狂っていたが、彼女もすっかり狂っていた。

 女神を百度殺して百の自殺をするなんて、普通じゃない。


 だからこそ、


「……ふふっ」


 私は歪に笑ってしまう。

 この復讐心が私だけのものでないと知ったから。


「分かりました。勇者樣のお願いとあっては仕方ありませんね、もうっ」

「あ、その返事、すごく昔のレティっぽい。……元々の君は、脳天気で素直な性格だったね」

「そうでしたっけ?」

「ああ。いつも愛らしく可愛くて、僕達パーティを活気づけてくれる楽しい子だった。僕が男だったら確実に惚れてたよ」


 懐かしい会話に、少しずつ本来の私が戻ってくる。

 そう、私は本来そこそこ明るい性格だったのだ。


「おっと、長話はこの辺にしておこうか。女神の話もしたかったけど、女神の空間は時間の進みが早い。あまり長居すると三原則に引っかかってしまう。君の蘇生が失敗したら一大事だ」

「さっきまで無駄話をしてたのに?」

「つい楽しくて。無駄話は勇者の醍醐味だよ」


 そういう言葉をあっさり言えてしまうのが、女なのにイケメンな勇者樣らしい。

 苦笑する私に、勇者様は百年集め続けた魔力を私へと托していく。



 黒い光を浴び、自らの内側に渦巻くすさまじい力を感じながら、これならいけると確信した。

 魔王なんて、比べものにもならない魔力。


「……すごいですね。これが、私と勇者様と、女神の力」

「僕の百年分の恨み辛みだ、きっと君の身体に馴染むと思う。遠慮なく使って、奴等を冒涜するといい」

「ありがとうございます、勇者様」

「だから様は止めてってば。もうっ」


 互いに笑いながら、私は自らを蘇生させるための術式を詠唱する。

 すぐに私の身体をふわりと光が包み、魂が地上に引き寄せられていく。


「では、勇者様。いってきます」

「……ごめんね、レティ。また大変な役を押しつけて。本当は僕が行ければ良いんだけど」

「なに言ってるんですか、勇者樣」


 私はにこりと彼女に微笑み、胸に手を当てて宣言する。


「確かにこの百年は、痛くて、泣いて、辛い日々でした。……でも今から始まる日々は、奴等を虐げて愉悦する最高に幸せな時間ですよ」


 譲れと言われても、譲りません。

 私が笑うと、勇者様もくすっと笑う。


「じゃあ、僕の分まで楽しんで」

「はい!」

「いい笑顔だ。あ、そうだ、レティ。復讐ついでに頼みがあるんだけどーー」


 そして勇者樣は、私に幾つかの伝言を托す。

 最後に付け加えるにしては途方もないお願いだったけれど、私はその全てを承諾し「任せてください」とにこやかに微笑みながら、再び大地へと戻るのだった。

 復讐のために。



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