エピローグ

深い山奥で雪女は昔のことを思い出していた。

若いころ、雪の降る日に遊び半分で人間の姿をして繁華街を歩き回っていた。寒さを感じないこともあって、服装選びがうまくなかったせいもあり、浮いた恰好をしていたのがまずかった。変な若い人間に絡まれたのだ。

「お姉ちゃん、寒くないのお」「俺らと遊ばない?」

正直、妖怪である自分よりもよほど異質な存在だと思った。人間を心から見下した。ただ、人混みで力を発揮するのはリスクがある。どうやって逃げようか考えていたときに、横から声がした。

「おい、何しているんだ」しっかりした恰好の好青年だ。

「あん?サイトウじゃねえか」若者はその男の名前を知っていたらしい。そこでけんかが始まってしまった。だが、サイトウは強かった。武道の心得があったのか、軽々と若者複数人を相手に倒してしまった。私はあぜんとしていた。

「大丈夫か」人に心配されるなんて恥ずかしいような。


そんな運命的な出会いを果たしても、春が近づくころ、私は人間の世界にはいられなくなる。彼は受け止めてくれるだろうか。そんな期待を持った自分が、今となっては恥ずかしい。

私は正体を見せつけた。雪女の力を。乱暴な若者相手に勇ましかった彼は、悲鳴を上げて消えていった。


「雪女さん」

誰かに呼ばれて、思い出は遮られた。

「雪男か」

鬼のような顔をした雪男。少なくなった雪国妖怪の一人。

「昔、恋した人間のことでも思い出していたんですか」

「なんで知っているんだよ、そのこと」

「有名ですから」雪男はにやけた。なんとも滑稽な顔だと思う。

「まあねえ、でも雪はさあ、」思わず空を見る。白い空からちらちらと粉雪が舞う。

「融けてもまた長い年月をかけてまた雪になって舞い降りるのさ」


雪女が去って、10年ほど後のこと。あつきには娘が生まれた。

肌が白い、汚れのないその顔を見て、あつきは思わず声をかけた。

「ゆき…また会えたな」

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二人の雪女、そして人間 糸井翼 @sname

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