蝶蝶結び

詠三日 海座

読み切り1話

「すごい、りょう君。もう少しだよ」


「先生、これが輪っかかな?」


先生、と呼ばれた女性は笑顔で返事をする。当人よりもずっと楽しそうだった。亮平の手にあるのは一本の長い毛糸。器用に輪を作り、その間に糸を通そうとしている。蝶々結びだ。


「あれれ、あぁ、だめだよ、絡まっちゃった。先生、ほどいてぇー」


先生は亮平から絡まった毛糸を受け取り、一本の糸に戻る。この繰り返しが何回も行われている。


「さっきは惜しかったよ。先生、手持ってあげるから、もう一回やってみよう?」


亮平はうなずく。先生は笑った。


「先生ぇ、遊ぼぉ?ゆきちゃんが仲間に入れてくれないの」


「先生〜、こーき君がまたケンカしてる!」


後ろから多くの救援が求められ、先生は手を止め、振り向く。


「ちょっとまってね?あいちゃん、こうき君ケガしたら行けないから、先生こうき君のところ先行っていい?」


愛衣は先生を見つめたままうなずく。先生は亮平に糸を預けて去っていった。部屋のずっと奥の方で、子どもの大きな怒鳴り声が聞こえた。先生に取り残されて、一角の静かな空間に立ち尽くす亮平と愛衣は、思い思い一点を見つめて黙り込んでいた。


「りょうへい君、なにしてるの?」


亮平の手の中の毛糸を見つけて、愛衣が問うた。


「先生とリボン結びの練習してたんだよ」


愛衣はふーんと返事をして言葉を次ぐ。


「りょうへい君、リボン結びなんかできないよ」


「できるよ。練習すればなんでもできるって、先生言ってたもん」


「だってりょうへい君、目見えないじゃん」


瞬間、空気が凍りついたような沈黙が流れた。亮平は愛衣の声のするどこかを見つめていた。だがその視線の先にはなにも捉えていない。

亮平は生まれつき、目が見えなかった。


「見えなくてもできるよ。ぼく目が見えなくても絵描けるし、お歌も歌えるもん……」


亮平は手の毛糸をいじりだす。


「でもりょうへい君、自分の描いた絵どんなか見たことないでしょ?」


「うん、でも……」


「折り紙も時間かかるでしょ、色もわかんないでしょ?この前、茶色でチューリップ折ってたよ?」


「でも……」


亮平は顔を上げる。


「でも、下手ではないでしょ?」


そう言って手元の毛糸を見せる。バランスのとれたリボン型の毛糸が、そこにはあった。


「あいちゃん、ゆきちゃんが遊ぼうって言ってるよ?」


先生が二人のもとへ歩いてくる。


「わ、りょう君、リボンできたね!すごいね!」


亮平はにこりと笑う。


「すごい……」


愛衣はつぶやいた。


「ぼくは遅いけど、下手じゃないでしょ?」


亮平は愛衣にも同じように笑ってみせた。

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