第1話 はい、よーいスタート

「……君が、犯人だ」


 集められた人間の中で、証拠から導き出された犯人に指を指す。

 それは本当に……想像を絶するような事件だった。

 学園で起きた事件。それは、まるで死体をおもちゃのように扱うような恐ろしい犯人。合理性と、狂気が重なった犯行。そんな殺人鬼を僕は犯人として告発するのだ。


「そ、そんな……本当に!?」

「嘘でしょ……こんな、酷いことを……」


 その先に居るのは……この大学でも人気のある女生徒である間時 彩子(まとき あやこ)さんだ。

 事件にも協力的だった彼女を犯人として告発した僕にその反応は……


「そんな……私ではありません! そんな怖いことを……出来るはずが……」


 涙を流して、否定をする。

 ……そこだけを見れば犯人なんて信じられない……いや、今でも信じたくない。それでも、真実を突きつけなければならないのだ。


「君がどうやってアリバイを作ったか……そして、君がどうやって犯行を誤魔化したか。トリックを説明するよ」


 否定する彼女に向けて、その恐ろしい全容を説明する。

 死体をマネキンのように扱い、それこそ道具のようにトリックに組み込む。殺した人間を前に動揺すらしない怪物の所業を。

 そうすれば全てが説明できて……何よりも、彼女しか犯人ではありえないのだ。


「証拠も確認しているし、直接見せることだって出来る……だから、観念するんだ」


 その言葉に、俯いている彼女にそう叫ぶ。それでもなお、否定してほしいという気持ちがあった。

 そして、間時さんは……


「……あーあ、バレちゃったんだ。失敗したなぁ」


 ケロっとした表情で明るく言う。それは先程までの彼女とは全く違う誰かのようだった。

 まるで深窓の令嬢のような、物静かで清楚な女性はそこに居なかった。

 いるのは軽薄で、どこか薄っぺらい笑みを浮かべて、底なしの悪意を持つ……異常者だ。


「うーん。失敗、失敗……探偵って聞いて、ちょっと面白そうだからで放置しちゃったのが悪かったなぁ。でも、私が協力をしなくても犯人にたどり着いてたよね? その感じだと」

「……そうだね、情は関係ないよ。真実にたどり着くことが僕の役目だから」

「なら、やっぱり殺しちゃったほうが良かったかなぁ。タイミングはあったんだけどねぇ。でも、リスクもあるし殺して終わりなんてつまらないから辞めちゃったんだよね」


 まるで、昨日プレイしたゲームの話でもするように僕に向けて笑みを浮かべてそんなことをいう。

 そこには悪意もない。ただ、淡々と失敗したテストの答え合わせをするような、あっけらかんとした軽さがあった。


「彩子さん、それが本性なのかな?」

「ん? ああ、これ嫌い? ……これでいいでしょうか?」


 その言葉に、一瞬でこの事件で見ていた……元のお嬢様のような間時さんに変貌する。

 まるで二重人格のようで……しかし、それはすべて意図的に行われていたことだ。


「……好きな方でいいよ。二重人格とかじゃなくて……演技なんだね」

「うん、そうそう。わかってくれたんだ。いやー、いいね、探偵さん」

「……いいねっていうのは?」

「すんなり殺し尽くして逃げ切って終わりってのも退屈だなーって思ってたから。うん、期待してた程度には頑張ってたよ」


 まるで遊んでいるかのような言動に、その場に居合わせた誰かが叫ぶ。

 

「なっ、な……! 殺した人をなんだと思ってるんだ! お前のせいで、僕の友達は……!」

「別に何も? 死んじゃったんだから仕方ないでしょ」


 悪びれずにそういいのける。あまりにも予想すらできない言葉に、その言葉を発した人間は絶句する。

 だが、わからないことが一つだけあった。それは……


「なんで……こんな事件を」

「ん? 分からない? まあ、私の邪魔をしたやつが居てさぁ……許せないじゃん? だから、そいつには後悔してもらおうって思ったんだよね。で、普通に殺しただけじゃ意図がバレるだろうし……いっそ盛大にやっちゃおうって。木を隠すなら森の中って奴かな」

「盛大にって……く、狂ってる……人を、関係ない人を何人も殺したんだぞ……!?」

「んー、だから何? 一人でも百人でも本質は同じじゃない? どっちにしても人殺しでしょ?」


 彼女の殺人はある意味ではわかりやすい。本命を殺すために、偽装殺人を行なった。それだけなのだろう。

 だが……そのために、たった一人を殺すためだけに5人以上の命を奪ったと考えれば、もはやそれは異常者ではない……怪物(モンスター)だ。


「うん、でも分かりやすい犯人を用意したのに私を見つけた探偵さんはおめでとー! ご褒美に、ちゃんと大人しく捕まっておくね?」

「……気味が悪いくらいに素直だね」

「んー、大学だって面白いかと思って通ってたけどそこまで大したことなかったしねぇ……まあ、探偵にあって謎解きゲームをした後に他に楽しいこともなさそうだし。環境変えるほうがいいかなーって。じゃ、刑事さん。ほら。手錠、手錠。じゃあねー」


 まるで、最後までゲームでもしているかのようにあっさりとしながら笑顔で去っていく。

 ……ああ、終わってからも未だに抜け出せない悪夢のような事件だった。

 死体を道具にして、殺人を手段とした恐ろしい事件。関係なく、たくさんの人の大切な人を殺した事件。

 誰も彼もが、事件が終わったのに安心すらしてない。あんな怪物を目の前にして……恐怖をしていた。


「……事件は解決した」


 だからこそ、僕は止めるしかない。この最悪の事件を

 合言葉に世界が止まる。そして、マガツが現れる。


『ひゃははははは! 最高だ! 最高だねぇ! あのねーちゃん! いやあ、いいねぇ! 面白い奴じゃねえか!』

「冗談じゃないよ……事件としても最悪だよ。殺人鬼が相手だなんて」

『ひひひ、まあ殺人鬼相手ってのも面白いじゃねえか! 俺からしてみればな! さあ、今回は問答無用な手段で殺すような最悪な異常者の相手だぜ!』

「まあ、マガツはそうだろうけどね」


 だが、それでも闘志は折れない……いや、むしろ強くなっていると言っていい。

 あの災害のような理不尽に対抗出来るのは、僕しか居ないのだから。


「……とはいえ、間違いなく苦労するだろうなぁ」

『ああ、手加減なんてしねえぜ? ちゃんとやり直す時にはお前には死んでもらう。これは契約だからなぁ!』

「わかってる。覚悟は最初から決めてるよ」


 僕の言葉に頷いてから、マガツは高らかに宣言する。


『さあ、今回は黄泉坂学院殺人事件! この学校で起こった無差別な6名の被害者を出した連続殺人事件だ! 間違いはねえな!」

「うん、ないよ」


 改めて聞いても狂っている被害者の人数だ。そして何よりもこの事件の恐ろしいところは……


『事件の開始は今日の10時! そして事件の終了は16時! さあ、6時間の事件だ! さて、何回で止めれるかな!?』


 たった6時間という短い時間でここまでの殺人を犯した異常とも言える手際と殺人に対する抵抗のなさ。

 やはり闘志があっても気が重い。


「……さて、それじゃあ頼むよマガツ」

『ひひひ! ちゃんとお前を殺す時のネタは用意しておくぜ! せいぜい楽しみにしてな!』


 その言葉に気分が重くなる

 そうして、最低最悪の殺人鬼を相手にしたゲームが始まるのだった。

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