第44話 (簡単な理由。それだけでいいの)

「何もないただの女の子でいいんだよ。俺には、俺と一緒に現実の世界へ引っ張られてくれる存在が必要なんだよ。現実であろうとしなくていい。無理やりな目標なんてなくていい。ただ、俺と……ハナたちと一緒にいてくれるだけでいい。ユズが生まれてきた理由は、それだけで十分なんだよ」


「…………っ」


 私は、言葉を失いました。

 そして、振り返ります。ずっと目を逸らしたまま話すのは、なんだか、逃げているような気がしましたから。

 すると、空さんとハナさんが……私をとても真剣な目で見ていました。目を逸らしていた自分が恥ずかしいな、と思っていると、ハナさんが一歩前へ、踏み出しました。


「ユズちゃん、急にいなくならないでよ! わたしだってそらくんに何かを求められてるわけじゃないよ? 確かに最初はそうだったかもしれない。そらくんを助けるために生まれたかもしれない。でもその後はそらくんに迷惑ばっかかけてるもん。それでもね、そらくんは一緒に居てくれるんだよ。わたしももっと一緒に居たいと思うんだよ。一緒に居たいからいる……それだけ。もっと気楽でいいの。わたしは、ユズちゃんともっと一緒に居たい!」

(うんうん、ハナちゃんの言う通り。私なんて空くんのことからかってる記憶しかないもの。それでも許してくれる。空くんはドMだからもっといじめていいんだよ。私もハナちゃんもダイチくんもユズちゃんも、ただの友達で、メイドやカウンセラーじゃないんだから。空くんの役に立たなくたっていいし、ときには傷つけてしまっても後でちゃんと謝ればいい。何かあったら一緒に悩む。それで十分なんだよ。本当に、ただの友達でいいんだ。むしろ一緒に居ることに理由なんていらないんじゃないかな)


 なんですか……それ。

 イマジナリーフレンドって、そんなものなんですか? 必要とされてるからいるんじゃ、ないんですか……? それじゃあただの友達じゃないですか……。

(空くんにとってはそうなることが一番の救いなのかもね。それに……多分この人は、一度友達になった人を見捨てられないみたい)


「そのままでいいんだ。ユズ」


 空さんは……ばかです。

 私は自分がイマフレだと知って、自分には友達ができないと知って。空さんの期待に応えられないことを知って、こんなにも苦しかったのに。

 私はただ、空さんの友達でいたかっただけなんです。それだけでした。だけど、それだけじゃ空さんの隣にいちゃいけないと思っていました。だから、憧れたリア充JKになって、空さんを導きたくて……。

 早く教えてくださいよ……。それでいいって。何もできないただの友達でいいって。


「ユズちゃん! これから一緒に、わたしと女子高生になっていこう!」


 熱くなる目頭をに耐えていると、ハナさんが手を握ってくれました。

 そして空さんも、一歩だけ、前に進むと言いました。 


「ユズならなれるはずだ。……それに俺達には、本物のリア充JKがついてるしな」

「え?」


 空さんの言っいてることがよくわかりませんでした。

 だけど空さんの表情は、驚くほどさわやかで、私がさよならを告げた時の混乱した顔はどこにもなかったのです。

 私があれほど拒否をして、それでも私を連れ戻すことは、何かなければ絶対に無理なはずです。その何かを、どこかのタイミングで、彼は手に入れたのでしょう。

 一人の女子高生が、教室中へ入ってきました。


「――ユズちゃん、はじめまして」


 黒い髪。すっとしたスタイル。見惚れるほど綺麗な顔立ち。

 星川ゆずさんが、私が名前を借りた彼女が、私のことをみつめています。

 イマジナリーフレンドの私を、やさしい目つきで、まっすぐと見つめていました。


「日向君、私は一応JKだけど、リア充は違うわ」

「……そうか。リア充の基準がよくわからん」


 ……?


「リアルが充実してる人でしょ? じゃあ私は充実した試しなんてないからリア充じゃないわね」

「充実してるように見えればリア充だと思うけどな。非リアからすれば」


 ……どうして、星川さんと空さんが?


「なるほど……。でも今の私、友達がすごく少ないわよ。周りから見てもリア充ではないと思うわ」

「うーん、それもそうなのか。すまん。じゃあ紹介を間違えたかもしれん」


 空さん、星川さんを見て、すごく悲しそうにしてたのに、どうして……? 私がいない間に、何があったんですか……?

(うーん。特に何もないよ? 友達になったのだって昨日だし)

 き、昨日⁉ その割に、とても楽しそうです……。

(ん? 悔しい? 空くんが取られて悔しい?)

 そ、そそそそういうわけじゃないですっ! そうじゃなくて、純粋に不思議で……。


「ユズ」


 私が取り乱していると、空さんが私の名前を呼びました。


「リア充じゃないけどJKの星川さんだ。俺が初めて作った現実の友達で、ユズと友達になりたいと言ってるちょっと変わった人だ」

「なんかムカつくいい方するのよね日向君は……」


 浅い溜息をしながら、星川さんは私の目をみて、言う。一瞬、自分のことが見えているんじゃないかと錯覚してしまう。それほどに、彼女と目が合っているのを感じました。


「よろしくね。ユズちゃん」

「えっと……?」


 もう何が何だかわかりません。この方は何を言っているのでしょうか?


「ほら、友達の友達は友達って言うじゃない。私は日向君の友達で、ユズちゃんも日向君の友達でしょ? だからユズちゃんと私は友達よ」


 え? え? え?


「日向君、ユズちゃん何か言ってる?」

「いや……混乱してるよ。というか強引すぎないか。星川さん」

「友達の作り方に正解なんてないって、言ったでしょ? ね、ユズちゃん」


 凛々しくもにこっと笑う星川さんが眩しすぎて、私は何か言わなきゃと思いつつも、何も言えないでいます。


「えーっと……えと」

「星川さん、ユズ困ってるから」

「ごめんなさい。やっぱり中学の頃の距離の詰め方が変わってないのね。私」


 空さんの隣にいたハナさんが、私の手をもう一度握ってきました。


「ユズちゃんや空くんが星川さんと友達なら、私も星川さんと友達だね!」


 ハナさんの言葉を空さんが通訳すると、「そうね。むしろ親友よ」なんて返ってきます。

 私は、夢を見ているのでしょうか?

 現実の人間とイマジナリーフレンドの間に、何の壁も感じないのです。

 空さんが通訳することは変わりないですけど、まるで私やハナさんがここにいるように、ここに存在できているように、あまりに違和感のない空間に思えるのです。


「……うっ」


 私は、いつの間にか頬を濡らしていました。

 悲しいことばかりで泣いていたのに、今はその涙が、とてもあたたかいのです。自分には実体がないはずなのに、それでもあたたかく感じるのです。

 泣くことって、こんなに気持ちがよかったんですね……。

 空さんは色々なことが起きて混乱する私に向かって、ほのかに微笑んで言いました。


「ユズ、俺と一緒に、現実の世界と関わっていこう。少しずつでいいからさ」


 私は……立ち上がりました。そうして立ち上がってみて、ようやく気が付きました。ここは星川さんの席です。

 星川さんと目が合ったのは、この席に座っていたからなのでしょう。空さんが座らせてくれたのでしょう。この席から見えている景色を、星川さんは知っているんですね。だから、私の目を見ることができたんですね。

 少しだけ、星川さんと近づけた気がしました。それだけではJKになれないのはわかっていますけど……なんだかとても、優しい気持ちになったのです。

 私は、改めてできた友達と新しくできた友達に、自分のできる精一杯の笑顔で、決して作り物でない本物の笑顔で、こう言いました。


「――よろしくおねがいしもっ……します!」


「大事なところで台無しだぞ……」


 えへへ。空さんに怒られちゃいました。

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