井上立夏の存在

第32話 (空くん、実はタピオカにハマったりしてない?)

 昼食を終えて再び公園に来たが、子供が遊んでいたので公園で話すのはやめることにした。

 不審者扱いされては困るからな。

 ぶらぶら歩いていると、ユズと一緒に行ったタピオカ店にたどり着いていた。

 そっか、傍から見れば俺はここに一人で行ったんだな。変な目で見られていた感覚も、そのせいだったのか。


「そらくん、ここ行きたい!」


 俺が店を眺めていると、ハナがバカデカい声でキラキラとした熱い視線を向けてきた。

 女子ってみんなこういう店にテンションが上がるものなのか? 俺は専門店とかよりはメニューが豊富なレストランのほうがテンション上がるけどな。

 な? ウミ姉。

(え待ってなんで私に振るの? 空くん私のことなんだと思ってる?)

 いや、イメージないからな。ウミ姉が女の子っぽいものに興味あるってイメージが。

(流石にあるよ。バリバリあるよ)

 その言い方が信用できん。


「ハナ、行くか?」


 俺は、興味津々で店を眺めているハナに言う。俺はあまり人の視線を気にする人間じゃない。まあ、多少は気になるし恥ずかしい部分もあるが、そんなことを思っていたら公園でエアサッカーなんかできん。

 一度恥ずかしい思いをした店だって別に堂々と入れる。ハナのためなら尚更だ。

 だが、ハナはぶんぶんと首を横に振った。


「行きたいけど、どうせならユズちゃんと行きたい!」

「……そうか」


 せっかくできた新しい友達を、ハナは失いたくないんだよな。


「日向君?」


 突然、後ろから俺を呼ぶ声がした。

 凛とした芯のある声のある方向に振り返ると、そこには星川さんがいた。

 同じ星川ゆずでも、俺が探しているのはユズのはずなのだが。


「こんなとこで何してるの? 入るんなら入りましょ」

「あ、いや、入らな――」


 星川さんは、俺の声を聞くそぶりもなく、店の中に入って行ってしまった。

 どうしよう。行ったほうがいいのだろうか。

 そもそも星川さん、元々ここに用があったのか? あんまり一人でくるイメージのない場所だが。友達と待ち合わせだろうか。

(とりあえず行ってみたら?)


「ハナ、俺は入るけど……」


 ユズと行きたいっていってたしな。

 そんなことを考えて戸惑っていると、ハナはぶんぶん首を振った。今度は縦に。


「じゃあ、私もいく!」


 はは、自由だな。ハナは。


「ユズちゃんとはまた別の日にいけばいいしね。レッツゴーだよそらくん!」

「ああ……そう、だな」


 別の日。ハナの言葉に罪悪感のような、後ろめたさのようなものを感じる自分が、嫌になる。俺はそんな感情がハナに気づかれないように、一度ハナから目を逸らす。


「……行くか」

「うん!」


 俺たちはユズとの思い出のタピオカ店へと入っていった。


(一昨日のことだけどね)



「こっち」


 注文を終えてミルクティーを持ちながら彷徨っていた俺は、手招きされた方向へ向かう。四人席の一つに座っているが、星川さんの周りには友達らしき人は一人もいない。

 星川さんの向かいの席に座ると、目の前の彼女は俺の顔をじーっと見つめたまま無言でタピオカミルクティーを飲んでいた。いや、飲み物の色は緑だから、抹茶ラテとかだろうか。

 無言が続くのに耐えられなくて、俺も何も言わずミルクティーを飲んでいた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「おいしいっ! おいしいよそらくん!」

「ゴホッ!」


 思わずタピオカが気管に入るところだった。

 隣の席を見ると、ハナが幸せそうに俺と同じタピオカミルクティーを飲んでいた。いつの間に。


「そらくん、こんなおいしい飲み物、どうして教えてくれなかったのっ! ユズちゃんと二人きりで、内緒で、私の大好物たべるなんてずるいよっ」


 おう、もう大好物になってしまった。

 それにしても、目の輝き方がユズと同じだ。まるでほっぺを落としてしまいそうなくらい、幸せそうに緩んだ表情。

 でもずるいだのなんだの言ってて、怒ってるんだか喜んでるんだかわからん。


「別に内緒にはしてねえよ。昨日も話しただろ?」

「そうだけどー、でもでも、こんなにオシャレでおいしいお店だとは思わなかったもん!」

「わかったわかった。ごめんごめん」


 ユズだけかと思ってたが、飲み物でこんなに興奮するやつ、ほかにもいたんだ。

 女子はみんなそうなのかも、とは思ったが、目の前で淡々と飲んでいる星川さんを見る限り別にそういうわけではな――。


「っほ、星川さん⁉」


 ハナに気を取られて、星川さんがいるのを忘れていた。

 今の会話、星川さんにはどううつったのだろうか……。さすがに人の目は気にしないといっても、知り合いが目の前にいる前でイマフレと話をするのは避けてきたのに。

 小学生のときも中学生の時も、つい忘れて会話をすることがたまにあった。その時は例外なく、冷めた目で見られたっけ。


「ふふ、楽しそうね」


 冷めた目……ではなく、まるで子猫を見るような愛くるしい笑顔で、星川さんは笑った。なんなんだ、その目は。馬鹿にしているようにも見えない。

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