第31話 (空くんの気持ちは、私たちの気持ちでもあるんだよね)

「――というわけだ」


 気を取り直して俺は、昨日の放課後のことをハナたちに話した。本当は話さなくてもイマフレには伝わるのだが、自分でも色々整理をしたかった。

 ユズがイマジナリーフレンドだってこと、星川さんが会ったという、井上雪菜さんのこと。


「そっか、そんなことがあったんだ」


 ハナがいつもより低めのトーンで呟く。ユズとはノートで会話したときから仲がよさそうだったから、色々と複雑な気持ちなのだろう。


「ユズちゃんがそーしたいなら、俺はそれでいいと思うけど」

「……思うけど?」


 ダイチの言葉は一旦途切れ、しばらく間が開いた。言うか言わないか迷っているのだろうか。


「うーん……。駄目だ! どんなに考えても、俺はこんな終わり方じゃ納得できねー!」


 ダイチは自分の中で何度も考えて、納得できないという結果を口にした。


「そうか」


 俺は、まだ何もまとまっていない。馬鹿のダイチよりも、俺自身に整理がついていない。

(仕方ないよ。空くんの中にはたぶん、ユズちゃんの気持ちもあるんだから)

 そう、だな。

 イマジナリーフレンドは、俺が想像で無意識に作り出した人間だ。だから、ユズの気持ちがわからないわけがない。

 だけど、ハナやダイチ、ウミ姉の気持ちもわかる。

 ユズが消えてほしいとは誰も思っていない。

(うん。そうだよ。私たちは、ユズちゃんを失いたくない)

 だけどさ、それが俺の考えなんだかわからないんだよ。

 多数決をとればハナたちの「ユズを連れ戻したい」という考えが多いし、実際にそうした方がいいのかもしれない。

 でも、ユズの気持ちを考えると、昨日、教室でユズが行き場もなく突っ立っていたのを思い出す。このクラスで明るい未来を想像していたユズにとっては、救いのない世界だ。

 ユズに帰ってきてほしいと思いつつも、俺の傍で傷つくユズをみたくないとも、思っている。

 俺は結局どうしたいんだよ……。

(空くん、空くんはきっと、ユズちゃんのことをまだ受け入れていないんだよ。イマジナリーフレンドとして)


「俺が、受け入れていない……? ユズのことを?」


「空の中で、まだユズちゃんは現実の女の子なのかもなー」

「そらくんがユズちゃんのことを本気でこっち側へ迎え入れることができれば、ユズちゃんは救われると思う!」


 ダイチとハナも、同じようなことを言う。

 確かに、ショックが大きくて正面から受け止めきれなかったのかもしれない。

 でも、どうしたら俺は、ユズは、ユズの存在を受け入れられるんだよ……。

(空くんが迷ってるのは、ユズちゃんとまだ、ちゃんと話しきれてないからだと思もうな。もう一度、ユズちゃんと話せる機会を作ることができれば……)

 確かに、俺はユズとちゃんとした話し合いをしてなかったかもしれない。

 あの時は混乱して、まともに会話ができなくて、一方的な別れ方になってしまった。


「そうだな。俺、ユズを呼び出せないか、試してみる。少しの間、静かにしていてくれないか?」

「そういうことならもちろん!」

「おう! ユズちゃんがきたら呼んでくれよ!」

(がんばってね)


    * * *


「うぉおおおおおおおお」

 どんなに踏ん張っても。


「がぁああああああああ」

 どんなに意識を全集中させても。


「ぎょええええええええ」

 人間をやめそうになっても、ユズは現れなかった。


    * * *


(気持ち悪い奇声を上げてるところ申し訳ないけど、そろそろお昼の時間じゃないかな)


 何時間経っただろうか。

 しばらくユズの呼び出しに集中していると、ウミ姉の声が聞こえた。気持ち悪いとか言うな……。

 気が付かなかったが、公園の時計を見ると、もう十二時を過ぎていた。

 俺は何かに集中するとき、こうなることがしばしばある。時間を忘れて自分の意識の中に閉じこもることが。ウミ姉がいなければ夕方あたりになっても同じことを繰り返していたかもしれない。


「いつもすまん。ウミ姉」


(ううん。いつものことだもの。空くんって何かに没頭してるときの集中力、すごいよね。私が呼びにいかないと永遠とやってそうだもの。まあ、昨日は呼ぶことすらできなかったんだけどね)

 まさかウミ姉、昨日のこと、まだ怒ってる?

 …………。

 返事がないってことは、肯定ってことだろうか。

 まあ、そりゃあ怒るよな。ウミ姉たちにとって俺は、生みの親なんだ。そんな親が自分で生んだ子の存在を忘れるなんて、まるで俺の両親じゃないか。

 ……つくづく俺は、最低な人間だ。


「じこけんおはだめだよ! 空くん!」


 いきなりハナの顔が目の前にきて、俺をまっすぐ見つめたまま、俺の頭のあたりに手を置いたようだった。その手はゆっくりと、まるで撫でるようにして上下に揺れる。もちろん触れられてる感触はない。感触までしたら、それこそ現実との区別がつかなくなってしまう。

 それでも、不思議と心地よく感じるのはなぜだろうか。


「な、なんだよっ」


 しばらく無言な時間が続いてから、ハッと我に返って、思わず後退る。


「ウミ姉が、(空くんが自己嫌悪に陥ってるから、ハナちゃんの力で優しく癒してあげて)って言ってたから、なでなでしてみたんだっ。だめ……だった?」


 寂しそうにハナは言う。瞳の奥で涙が浮かんでいくのが見える。


「い、いやいやいやいや! だめじゃないだめじゃない! だめじゃないからな!」

(大事なことなので三回言いました)


 正直超癒された。ありがとうウミ姉。


「そっかぁ、よかった!」


 ああああああああああああああああああああ!

 ニッ、と、太陽のように明るく、雪のように柔らかく儚い幼馴染の笑顔をみて、俺は発狂しそうだった。

(発狂してるよね。心の中で)


「じゃあ、じゃあ、もっとなでなでしてもいい?」


 輝く目で、うきうきとした様子のハナがお恐ろしいことを言ってくる。

 冗談じゃねえ! これ以上なでなでされたら、俺の精神が幸福と感動で溶けるだろ!


「まあ、少しくらいなら……いいぞ」


(心の声と現実の声が見事に一致してないね)

 それから俺は、心が満たされていくのを感じながら、ハナのなでなでを堪能した。


    * * *


「この状況を見せられて俺はどうすりゃいいんだっ。クソっ、人前でいちゃいちゃしやがってえ!」


 そういえばダイチがいるのを忘れていた。

 膝をガクンと落とし大げさに悔しがるダイチに、少しだけ同情することにした。

 かわいそうに。((棒))

 おい、人のモノローグに棒を足すな。

(えへっ)

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