第14話 (空くんの友達想いなところ、実は好きだったりするんだよ)

「空さんおはようございます!」

「……お、おはよ。ユズ」


 いつも通り早めに教室に来てハナやウミ姉と話していた俺は、後ろからきた突然の声に、反応が遅れてしまう。


「ユズちゃん、おはよー! 昨日は楽しかったね!」


 ハナは俺の隣でユズに話しかける。当たり前だが聞こえるような素振りはない。

(それでも、一度関わった人には誰に対しても声をかけるよね。ハナちゃんは)

 ああ。見えてないって分かってても、聞こえていないって分かっていてもな。ハナは笑顔で話しかけることができるのだ。

 けど、俺には見えている。


「ユズ、ハナが昨日は楽しかった。だってさ」


 だから俺は、ハナの言葉をユズに伝えた。


「はい……! またぜひ、ハナちゃんたちとお話ししたいですっ!」


 ユズにみんなのことが見えていればよかったんだけどな。もちろん、ノートでの会話も楽しかったけど、こうやって同じ場所にいながら言葉が交わせないとなると、あまり慣れなくてもどかしい。


「私も、ハナちゃんたちのこと、見えたらいいのになぁ」


 思うことは一緒か。

 もとは俺が作り出した空想だと説明したのに、彼女はちゃんと、ハナたちを自我を持った人間として認めてくれている。


「まあ、ハナたちとはまたノートで話せるし、今日はクラスで友達作るんだろ?」

「そ、そうでした! 空さん、見ていてくださいねっ」

「ああ」


   * * *


 昼休み。ユズはお弁当を持って教室を彷徨っていた。


「でさー、その後あいつがー」

「へえ。その人変わってるね」


 おっと、ユズと俺の前の席で、ゆるーく喋ってる女子二人のグループに話しかけるつもりだ。

 彷徨っていた割には結局こっち戻ってきたな……。

 一応教室の真ん中に、六人組でいかにもって感じのリア充女子グループはいるが、あの中にいきなり入ろうとすれば明らかに不審がられる。明確なグループとして形成されていない、二人のグループの方が、気軽に入りやすいのだろう。グループと言うよりは席が隣で話しているだけにも見える。


「あ、あの、お弁当、一緒に食べ、べませんか」


 声が小さい。隣の俺でもギリ聞こえる声だ。

 距離的には彼女たちと変わらないが、話に夢中な二人には聞こえるはずもない。


「ああああああ、あのおっ!」


 うるさっ! 今度は声がデカすぎる!

 耳が壊れるかと思っただろ!

(心の中でツッコまなくても)

 それよりも、彼女たちの反応は……。


「あ、そうだ。昨日のテレビ見たー?」

「いやいや、テレビって何チャン? ていうか、何時?」


「……あの!」


「ほらほら、昨日から始まった連続ドラマ。一昨日話したじゃん! それでうちら仲良くなったようなもんだし」

「あー昨日だった! お母さん録画してくれてるかなー」


「あの、お弁当を一緒に……! 食べませんか!」


「うち録画してるからさ、見せてあげようか?」

「まじ? すっごい助かる! ありがとっ」


 ……これはあれか。

 まさか、無視してる、のだろうか。

(あんな大きな声で話しかけてたのに聞こえないわけないよね)

 彼女たちにイライラしながらも、俺は自分の前の席の何とかさん(名前は知らん)の肩を叩いた。


「おい。話しかけてるだろ」

「……はい? ごめん。何?」


 肩を叩かれた本人は、眉をひそめて俺の顔を見てくる。

 なんか、久しぶりに苦手な人間と話した気がする。まあ、そもそも人と話す機会なんてほとんどないんだけど。


「俺じゃない。さっきからそいつが話しかけてんのに、なんで無視するんだよ。断るなら断われ」


 俺は、ユズの方を指差し、前の女子に言い返した。

 イラつきが前に出てしまったのを反省しつつ、やっぱり無視したこいつらが悪いな、と自己完結した俺は、相手からの返答を待つ。

 二人はユズのほうを見ると、目を合わせる暇もなくすぐにお互いで顔を合わせる。

 困惑といった表情をわかりやすく全面に出しながら、苦笑いをしていた。


「あーえっとぉ……うちら、そういうのとはちょっと、無理かなぁ?」

「あははー、それなっ。ヒナタくん? が仲良くしてあげればいいんじゃないかな?」


 は?

 なんだよそれ。無理って、なんだよ。

 カースト低いやつは低いやつ同士で仲良くやれってことかよ。


「言っとくけどな、俺は陰キャだよ。俺は誰と友達にならなくたっていいよ。勝手に見下せばいい。でも、ユズは――」

「空さん! ありがとう、ございます。……もう、十分です」


 ユズは、誰にでも屈託のない笑顔を向けることができるし、素直で優しい心を持ってるし、誰よりも中心に立つ価値がある人間だ。

 そう言おうとした。でも。

 泣きながら俯くユズを見て、俺は言葉を失う。

 そんな姿、見たくなかったよ。

 ユズは、この教室で笑顔を振りまくはずだった。なのに、なんで、真逆の状況になってるんだよ。


「……っ!」

「おい、ユズ!」


 ユズは、涙で濡れる顔を腕で隠しながら、走って教室を飛び出した。

 俺は食べかけだった弁当をそのままにして、彼女を追いかけた。弁当を作ってくれた森子さんには、後で謝っておこう。

(空くん、昼休み終わっちゃうよ)

 だからって、放っておけないだろ。

 友達を、放っていい訳がないだろ。

(うん。やっぱり空くんは友達想いだね。友達は少ないけど)

 この状況で俺を追い込む気か? 鬼かよ。

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