第11話 (空くんの初めて――って言い方すると色々想像できちゃうね)

 翌日。


「――と、いうわけなんだ」


 窓の向こうが暗くなり、夕日の光を浴びて赤く染まりつつある放課後の教室に二人。

 俺と星川さんは、教室のど真ん中で、向かい合っていた。

 俺は意を決して、彼女に自分のイマジナリーフレンドのことを、話した。

(どうして、話す気になったのかな? 今まで誰にも言ってこなかったことなのに)

 それは、星川さんが何も追及してこなかったからだ。

 俺がハナと思いっきり話していても何も言わなかった。それどころか、友達になってくださいとまで言ったんだ。すごく勇気を出して。

 だから、少しくらい信じてやりたくなるだろ。俺だって、人間不信なわけじゃない。

 これで引かれたり笑われたりしたらそれまでだ。どうせ俺の立ち位置は、一人くらいに話したところでこれ以上は下がらないだろう。

(そういう空くんのやさしいところ、好きだよ)

 普通に口説いてくるな。その声で言われると惚れる。

(そのまま惚れ続けてくれたらいいのに)

 俺は意識を戻して、目の前の星川さんを見つめる。

 ハナやウミ姉、ついでにダイチのことも洗いざらい話した。なんて返ってくるのだろうか。

 …………。


「や……」


 や?


「やば」


 やば?


「やばたにえん!」


 なんだそれ。


「昨日話しかけた時、一体誰と話してるのかと不思議に思ってたんですけど、聞いちゃいけないことかと思って……話してくれてうれしいです」

「あ、ああ。やっぱりハナと話してるところ、見られてたよな」

「それにしても、頭の中やみんなの見えないところにお友達がいるなんて、すごいです! 私もハナさんやウミ姉さんみたいなお友達、ほしい!」


 顔が近い……! いつの間にか星川さんとゼロ距離まで顔を近づけていた。星川さんは自分から他人と近づいていることに気が付いているのだろうか。感情を優先しているのか、全く恥ずかしがる気配もない。

 俺はそっと後ろに下がり、星川さんから少しだけ離れる。あのままじゃ鼻と鼻がぶつかるところだった。

 テンション上がりまくりなのはわかるのだが、さっきのやばなんたらは、JK用語か? なんかネットとかで見た覚え……ある気がする。でもあれ、結構前に聞いた用語のような……。

(思考が脱線してるよ空くん。今は星川ちゃんと話さなきゃ)

 ああ、ウミ姉悪い。頭の中で色々考える癖が抜けきれなくてな……。


「その、俺のこと、おかしいとか思わないのか? 何もないところに喋ってるようなものだし」

「……? どうしてですか? 日向さんの目には見えてるんですよね?」

「え? まあ、そうだが」

「でしたら、ハナさんたちはちゃんと、生きてます。ですよね? 私は、そう思います」


 全くその通りだ。俺の中では確実に、ハナもウミ姉もダイチも生きている。そう思っている。

 でも、それを認めてくれたのは、星川さんが初めてだ。

 彼女がハナのように天然だからか。

 彼女の本来のやさしさとか、素直さなのか。

 そもそも俺が知らないだけで、認めてくれる人とは他に出会っていたのかもしれない。

 それはわからない。

 それはわからないけど……。

 俺はしばらく、なんていえばいいのかわからなかった。いい意味で。

 ただ、星川さんが人のことをみてコソコソと陰口を言うやつらとは違う、というのは確かだ。

 星川さんがハナたちのことを否定しないで、存在を認めてくれているのは確かだ。


 なら、俺の答えは一つ。


 ウミ姉も言ってたもんな。友達の一人や二人くらい作っても、消えないって。それ、信じるからな? 信じても、いいんだよな?

(うん。もちろん。私は消えるつもりないよ? きっとハナちゃんも、ダイチくんも同じ気持ちだよ。何よりも空くんに消えてほしくないって思われてるなら、私たちは消える理由がないもの)

 はは。そうだよな。俺はお前らに消えてほしくない。絶対に。

 ――よし、大丈夫だ。

 すぅー、はー。

 俺は深呼吸をする。実際には深呼吸をするほどのことでもないだろう。

 それでも、俺にとっては特別なことだ。

 今まで、ハナがイマジナリーフレンドだと知ったあの日から決めていた決意を覆すことなのだから。


「星川さん、俺と、友達になってください」


 俺は、初めて……。


「――えっと……はい! もちろんでしぅ……です!」


 初めて、現実の友達ができた。



 ……大事なところで噛まないでもらいたい。

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