第10話 (空くんが面白すぎてずっと笑ってました。……ふふっ)


 水曜日。

「一番乗りだね!」


 俺が職員室でもらった鍵を開けると、ハナが俺よりも先に教室に入った。

 一番乗りといっても、少しすればみんな集まるのだからそんなに嬉しそうにしなくても。まったく、かわいい幼馴染だ。


「鍵を取りに行くのは面倒だけどな。こうしてハナと話をしても平気なら、毎日一番乗りがいいかもな」

「うんうん! わたしもそらくんとお話しできて楽しいよ! 教室って、特別な感じするよね。高校生の気分味わえるからっ」


 ハナは俺の席に座る。こうして座っている姿が、俺の見ている幻覚だとは到底思えない。

 俺の目には、現実と変わらないくらいの幻覚と、幻聴が見えている。

 時々、その事実を考えてしまう。


 ハナもウミ姉も、ダイチも、俺が作り出しただけで、本当は存在しない友達だってことを。


 目をそらし続けているが、それは事実なのだ。

 それでも俺は、ハナたちを本当の友達として迎え入れている。作り出したとかそうじゃないとか関係なく、ハナたちが俺の友達であることも紛れもない事実だ。

(そうだよ。どんなことが起こっても、私は空くんの友達で居続けるからね)

 ウミ姉……。ありがとな。

(たぶん)

 おい! 一気に不安になったぞ! その一言いらないからな!

(私のことはいいからハナちゃんと話そうよ)

 話しかけてきたのは誰だよ……。


「そらくんどう? わたし、高校生らしい?」

 

 座ったまま鉛筆を持つポーズをしながら、ハナは上目遣いで俺に尋ねてきた。


「ハナはもう少し身長が伸びれば、高校生っぽいな」

「うぅー、そらくんにはわたしが何歳に見えるの?」

「うーん。十二歳?」

「十五歳だもん! 怒るよ!」

「別にそんなに変わらないだろ……」


 ハナは席を立つと、頬を膨らませて思いっきり背伸びをしながら、俺に顔を近づけてくる。

 いや、怒っているんだろうけど、めちゃくちゃかわいいから。むしろ怒らせたくなるから、その顔やめて。


「あ、日向さん!」


 俺がハナのかわいさに浸っていると星川さんの声がした。いつの間にか教室に入ってきたようだ。

 俺は慌てて自分の席に座る。

 また俺がハナと話しているところを見られたら色々と面倒くさいからな。


「お、おは、おはようです」


 星川さんは、小さな声だがにっこりと笑って挨拶をしてくる。


「星川さん、おはよう」


 昨日は寝坊したのに今日は早いな。


「日向さん、早いですね。丁度良かった。あの、お話したいことがあって」


 話したいこと……?

(なんだろ。告白かな?)

 んなわけあるか。

 星川さんは自分の席に座って荷物を整理するかと思ったら、俺と向かい合うように座りなおした。


「あの、お願いがあるんです……」

「お、おう」

 顔中真っ赤にしながら、もじもじと、何かを言いよどむ様子で俺から目をそらす。

 な、なんなんだ? なんでそんなに恥ずかしそうなんだ?

 まさか……?

 まさか、そんなまさかな。昨日会ったばかりだぞ。

 確かに、ノートを貸したり、放課後沢山話したりはしたが、それでもまだ知り合ったばかりだ。

 そんな俺に、そんなまさかな。


「こんなこと言うのは、日向さんが初めてで、緊張しちゃって……ごめんなさい」

「あ、ああ。ゆっくりで、いいから」

「日向さん、私と……!」


 ――⁉

 待て待て。平常運転平常運転。

 俺は好きな人がいる。たとえ空想の友達であっても、好きな人だ。

 だから、仮に彼女が俺に……そういうお願いをしてきたとしても、俺は断ることしかできない。

 考えろ。俺。傷つけずに済む言葉を考えろ。

 考えろ!


「私と友達になってください!」


 …………?

(ふふっ)

 ああわかってた。そんなことだと思ってたよ! ウミ姉も笑ってんじゃねえっ!

(いや、だって、空くん面白すぎるんだもん。……っふ。あははっ)

 はあ。もういい。一生笑ってろ。どちらにせよ。返答に困る内容だ。

(ちょっと! こんな面白い典型的な勘違い、スルーできないよっははっ)

 ぐぬぬ……。何も聞こえない何も聞こえない。


 友達になってください……か。

 普通なら文句なしにオッケーなんだろうが、友達を作らないと決めた俺にとっては、すぐに返事できない。

 ただ、星川さんなら……と思う自分もいる。なんでかは知らないが。


「放課後まで」

「……?」

「放課後まで、考えさせてくれ」

「は、はい……!」


 友達になるのに、考えさせてくれはないだろと思いながら、俺は考える時間をもらった。

 ウミ姉、俺はどうしたらいい?

(私は、作るべきだと思うよ。現実の友達)

 そうか……わかった。

 だったら俺のやることは一つだ。

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