第7話 (空くん、隣の席の女の子とは何かしら起こるものだよ)

火曜日。高校入学二日目。


 俺は明らかに避けられていた。ヒソヒソと俺の方を見ながら話す声も聞こえる。

 これが幻聴でなければな。


「……昨日一人で走りまわってたんだよ。まるで見えないボールでも追いかけてるようにさ」

「マジ? こわ」


 お願いだ幻聴であってくれ。


(かわいそうな空くん)


 まったくだ。ウミ姉の声が聞こえないうえにハナの姿すら見えないなんて、あいつらは人生を損してる。可哀想に。

 俺がクラスメイトに同情の目を向けていると、教室をキョロキョロしている女子が視界に入る。

 長い前髪で前が見えているのかわからない視線を、俺の方へ向けてきた。

 そして何かに気づいたように、そのまままっすぐ歩き出す。

 あれ? なんで俺のところに? どっかで会いました? そもそも自己紹介のときにこんな女子いたっけ?

 と、疑問に思っている間にも、女子はついに目の前に。


「あの、何か用……」


 そして、俺の目の前を通り過ぎて隣の席に座った。

(あー残念。勘違いだったね。ふふっ)

 うぐっ……自分の席を探して見つけただけかよ。

 俺はなんとなく隣の席に座った彼女を見る。

 艷やかでまっすぐと伸びた後髪は、肩に触れるところできれいに切り揃われている。横に流した前髪が鼻にかかるくらいまで伸びているせいか、左目なんかは完全に隠れている。

 顔の半分を髪で隠しているのにも関わらず、漂うお嬢様感。幼く見えるその顔を眺めていると、ふいに彼女がこちらを向く。


「あ、お、おおおはようございま……ぅ」


 彼女は目を泳がせながら、小さな声で言う。最後の方は噛んでしまったのか、泣き出しそうな勢いで俯いた。

 まるで俺が泣かせたみたいじゃないか。


「おはよう」


 俺はとりあえず挨拶を返した。

 昨日は欠席だったな。だから見たことなかったのか。名前は確か……。


「星川ゆずさん?」

「は、はいぃ⁉ ど、どうしてわた、私の名前」

「いや、座席表に書いてあったから。昨日休んでたみたいだけど……」

「ね、寝坊しちゃいまして……。あはは。起きたら、式、終わってる時間で……」

「お、おぉ、それは災難だったな……」


 マジでか? 入学式終わったの十一時だぞ。入学式とわかっていながらそんな時間に起きるとは。親は起こしてくれなかったのか? 親も寝坊したのか?

(ドジっ子ヒロインだね。彼女にしたら?)

 うむ。そうだな……って馬鹿か! そんな簡単に彼女ができるわけあるか! それに俺には好きなやつが……いや、何でもない。

(ハナちゃんだね)

 うるせえ! そもそも俺は森子さん以外現実の人間に関わるつもりはないんだ。

 ……っと、危ない危ない。雑談に夢中になるところだった。

 これ以上ウミ姉との会話が顔に出てしまうとやばいので、俺は簡単に話を切り上げて、前を向いた。

(もったいない。かわいいドジっ子お嬢様風童顔美少女が隣の席にいたらラブコメ展開の始まり始まりーってなると思ったんだけどなあ)

 ない。ないない。

 俺の好みはもっと幼馴染でポジティブでポニーテールな女の子だ。なお、女神のようなお姉さんボイスなら考えてやらなくもないな。

(じゃあ、全くタイプではないと?)

 …………。

 そうは言ってないだろ。

(空くんは素直じゃないね。ううん、逆に素直かな)

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