第6話 (空くんに無視されたからチクってやる……)

 ホームルームが終わった。

 俺はあちこちで散る桜をぼんやり眺めながら、ハナと並んで帰っている。


「そらくん、災難だったねー」

「別に災難でもなんでもねえよ。いつも通りいつも通り」


(そうだね。いつも通り誰にも声かけられず避けられてたよね)


「ぐはっ!」


 傷をえぐるな、ウミ姉。

 ぼっちになるだけならいいが、悪い意味で目立つのは嫌いだ。


「今日は一日目だからお日様もこんなに明るいうちに帰れるんだね!」


 ハナが俺の心情はお構いなしに隣でポニーテールをくるくるぽんぽんさせながらぴょんぴょんする。

(空くん。ハナちゃんがかわいいのはわかるけど、語彙力がおかしくなってるよ)

 …………。

(空くん、今から友達作りの練習をしよう。はい、私が友達役やるから、空くん声かけてみて)

 …………。


「そうだな。春の日差しは気持ちがいい」

「だよね――え! 大丈夫? それ本当? うんうんっ」


 ハナが急に驚き出した。

 今のは俺の言葉に対して反応したように思えない。

 あ、やべえ。

 ハナが俺の見えないとこで会話してるときはウミ姉以外ありえない。


「だめだよそらくん! ウミ姉のこと無視しちゃっ! わたしとは声に出さないと話せないから人前では無視してもいいけど、ウミ姉は違うでしょ?」

「あ、いや、聞いてくれハナ……」


 ハナは天然で誰にでも優しくて、ポジティブだが怒ると面倒くさくなる。

 自分のことよりも友達のことを考えて行動するのは、ハナらしいが。


「わたしもウミ姉みたいに話したいって思ってるのに、そんなウミ姉のこと泣かすなんて、そらくんのいじわるう!」


 でも、なんというか、怒り方が子供っぽすぎて、あんまり怖くない。

 いや待て。いつウミ姉が泣いたと?


(うえーん。空くんがいじめるのー)


 おい。棒読みだぞ。


「よお空! 今日もハナちゃんといちゃいちゃしてんなー! 羨ましい!」


 俺がなんとかハナをなだめながら歩いていると、いつも聞く男の声がした。ブランコしかない小さな公園を見ると、一人の青年が俺に話しかけている。俺とハナを見て膝をがくんと落とす。


「してない。今ウミ姉のせいで絶賛説教中だ」

「もぅー! そらくん聞いてるの! あ、ダイチくんこんにちは! そらくん! こっち見てよ!」


 まあ、全然説教されてる感はないけど。


「まあまあハナちゃん、何があったかわからないけど、許してあげ……ぬぉ⁉ 何? そんなことがあ! どういうことだ空!」


 おいウミ姉。今お得意の棒読み泣き真似披露したろ。しかも、ダイチ相手に。


「空、ハナちゃんがいるからって、ウミ姉を泣かせるほど相手しないとはどういうことだ! オレがこんなにもウミ姉に想いを寄せているというのに、今まで何回振られたと思っている! 五百回だぞ、五百回! そんな俺の前で、愛しのウミ姉を――」

「ああ、わかったわかった。お前のウミ姉に対する熱い思いと、ウミ姉のお前に対する興味のなさはよーくわかった。だから落ち着け。俺はウミ姉を無視したわけじゃない。女神の声過ぎて自分に語りかけてると気づかなかったんだ。ダイチもあるだろ?」

「ああ、それは確かに。俺もウミ姉と話してるときは、本当に自分なんかと話してるなんて信じられない……ってなるぜ! うんうん、ウミ姉の声は女神様のような美声だもんな! なら仕方ない。ちゃんと謝れよ!」


 うむ。話がわかってる。さすがダイチだな。

(ダイチくんの扱いが上手いね)

 そりゃあ、ダイチはバカだから猿の言葉でも信じるだろ。


「……うんうん。おい空。今ウミ姉から、お前が俺に対してバカだの猿だの言ってると聞いたんだが!」

「ところでダイチ、今日は雲一つない空だ。運動日和だな。サッカーでもするか?」

「オレが聞いてるのはそんなことじゃなああああい!」



 ハナとダイチをなだめるのに時間がかかったものの、結局三人でサッカーをすることになった。

 と言っても、奇数だし人数があまりにも少ないので、ダイチ対俺とハナで勝負することに。

 まあダイチはスポーツのために生まれてきたと思われるくらいスポーツ少年だし、学校のスポーツテスト平均以下の俺と、女子のハナが組むというのは理にかなっている。

 こっちは二人である分、パスができるという点では有利だ。ゴールは公園の柵。思いっきり飛ばしてもどうせ【空想のボール】なので周囲には飛ばん。


 そう。周りから見れば俺はエア友達とエアサッカーをする。ということになる。

 俺にとっては友達とサッカーするだけなんだが、周囲の目からは一人で走り回っている高校生に見えるだろう。

 ハナもダイチも俺にしか見えないイマジナリー・フレンドだから。



 結果は三:七。

 前者は俺たちだ。ちなみに勝ち点の三回はハナがシュートを打った。

 え? 実質俺いらなくない?


「いいのか? 空と同じ学校の生徒がちらちら通ったぞ?」

「ああ、別にいいよ。もう高校生活終わったもんだし」

「初日からハナちゃんたちと喋ったのか⁉ 昨日は絶対変人呼ばわりされずに過ごしたいって言ってた気がするけど?」

「クラスが俺に注目してるところで堂々と」

「さすが空! 度胸あるぜ!」


 度胸云々の問題ではない。と言いたい。

 ただ、慣れっこになってしまっただけだ。

 そもそも俺は普段からこいつらと話してるわけだし、他のやつに見えないって言われてもいまいちピンとこない。

 目に見えているし声も聞こえている。なぜみんなはハナやダイチを見ることができないのだろうか。むしろ俺じゃなくて世界のほうがおかしいんじゃないか?

 そんなことを考えていると、スマホがブルっと震える音がした。


『空、入学式終わったかい?』


 祖母の森子さんからのメールだ。結構遊んじゃったな。そろそろ帰らないとまずいか。


『今終わったから帰るよ』


 送信。


「ダイチ、森子さんから連絡入ったからそろそろ行く」

「おう! またな!」


 俺は公園を離れると、ハナと共にまっすぐと帰路についた。

 ダイチはなぜか、公園にしか現れない。だが、裏を返せば公園に行けば必ず会える。ちょっと特殊なやつだが、それでも俺は親友だと思っている。


(小学校四年生からの付き合いだものね)


 そうだな。ハナやウミ姉ほどではないが、ダイチも随分と長い。

 あれ? ダイチが現れた理由って何だっけ。


(たしか、思春期になって男の子の友達がほしかった空くんのために、四年生の頃現

れたんじゃない?)


 そうだった。俺は小学生の頃からぼっちを貫いていた。だが、イマフレには女子しかいないため、クラスの男子同士の遊びが気になっていたのだ。

 祖母の目を盗んでハナと話すため、あのブランコ公園(勝手に命名)に訪れたことがきっかけだったか。

 いや、ダイチの過去話は特に需要ないだろ。いつの間にか友達になってたようなもんだし。


(需要があると思って私たちとの過去、脳内で語ってたの? 空くんの脳内は私しか見てないのに、おもしろいね)

 いいじゃないか。もしかしたら俺の思考が小説化される未来だってあるかもしれん。

(それはぜひ読んでみたいな)

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