第4話 (空くんの回想入ります。ぱーと2)

 さっき昔のことを思い出したせいか、入学式が始まって校長先生の話で眠くなり始めた俺は、もう一度昔のことを思い出して眠気を吹き飛ばすことにした。



 ハナが監禁された俺を助けてくれた日から数日後、両親とは離れて暮らすことになった。

 俺は、父側の祖母の家で暮らすことになる。

 祖母の森子さんは優しかった。だけど、裕福だった頃の両親と違って、俺を甘やかしすぎることはなかった。

 それが、俺にとっては心地よかった。

 甘やかされ過ぎると、両親のように愛想をつかされてしまうと怯えただろうし、厳しすぎても自分の殻にこもってしまうところだったと思う。

 そんなことを考えるほど、俺の心は弱っていた。

 だから、学校に行くのは森子さんの家で暮らし始めたその日から一ヶ月ということになった。

 遊び相手がほしいと願うと、決まってハナが遊びにきた。


「そらくーん! 遊びに来たよっ!」

「ハナ! 今日は何する?」

「鬼ごっことかしたい!」

「ハナいつも早いから一度もタッチできないんだよなあ」

「じゃあじゃあ、わたしが鬼やる!」

「よし、それなら…………って同じだよ! すぐ捕まっちゃうよ!」

「あはは! そらくんおもしろーい!」

「なにがおもしろいんだか……」


 他愛もない会話。

 普通の友達だと思っていた。

 だから、森子さんのいる前でも普通に話していた。

「おばあちゃん、ハナがぼくをからかってくる!」なんて、ハナへの不満を森子さんへぶちまけた程だ。

 だから、俺は病院に連れて行かれた。

 あんなことがあった後だから、森子さんは俺の心を心配したのだろう。


   * * *


「イマジナリーフレンドですね。小さな子供にはよくあることです。かんたんに言えば、空想の友達……空くんの頭の中だけの友達ですよ」

「治るのでしょうか……」

「学校に行って、友達を作るなりすれば、自然と消えますよ。空想の友達と話すこと以外に楽しいことを見つければ、時期にいなくなるでしょう」


 俺は別室にいたが、森子さんと医師の会話は、全部聞こえていた。


「もし、しばらく経ってもお話しているようでしたら、もう一度来て下さい」


 頭の中だけの友達? いまじなりーふれんど?

 消える……? 誰が? ハナが?

 友達を作ったら、ハナは消えるの?


 幼い俺は、混乱していた。

 森子さんにはハナが見えていないことを知ったのは、その時だった。その上消えるなんて言葉を聞いたときには、頭がどうにかなりそうだった。

 そうなるのも仕方がない。

 狭い部屋の中に三ヶ月間もいたのだ。遊ぶものもなかった俺は、ハナを作り出す前から何かと想像をして、自分の作り出したもので遊んでいた可能性だってある。小さい頃の記憶は曖昧だから、ハナのこと以外はよく覚えていないが。

 イマジナリーフレンドは病気じゃないと言われている。想像力が豊かな子供には発症しやすいことだと。

 ただ、その中でも俺は、いわば病的なほどの想像力を持ったまま高校生になったのだ。

 想像力が豊かどころではない。常に幻覚や幻聴を聞いているようなもので、何が幻で何が本物かなんて、今の俺にだってわからないこともしばしばだ。

 幼い頃の俺はそんな、現実と対等に見えていた幻を否定され、大きなショックを受けた。


 ――消えてほしくない。

 ――ハナは、ぼくの大事な友達なんだ。

 ――ハナがいなくなるくらいなら、他に友達なんていらない。


 現実の友達を作ればハナは消える。

 逆に考えると、誰とも関わらなければハナは消えない。

 当時、単純で弱い心を持っていた俺は、誰とも関わらずハナの存在を守ることを誓った。


    * * *


 学校に行くようになって、クラスメイトと打ち解けることを拒んだ俺は、休み時間になると、いつも中庭でハナとおしゃべりをしていた。前みたいに鬼ごっことか、動き回る遊びはできなかったものの、学校の中でハナと話をするのは楽しかった。

 しかし、ハナと一緒にいられる時間は、前よりは減ってしまった。

 一緒に暮らしている森子さんに、ハナの存在を知られたくなかったからだ。

 当時は自分の部屋も無かったし、森子さんが出かけることも買い出しくらいしかなかったから、俺は話し相手がいなくて寂しかったのかもしれない。

 もしくは、ハナの存在を誰も知らないことに、俺は寂しさを感じていた、のかもしれない。


 ――そして、雨ケ崎海。ウミ姉が現れた。


 彼女はハナみたいに地上に姿を現すことはないけれど、脳内で会話をすることができるイマジナリーフレンド。

 俺から生まれたにも関わらず、ハナとも脳内会話ができるようで、その会話は俺自身には聞こえない。むしろ全てを見聞きできるのは俺じゃなくウミ姉なので、実に謎である。



(私の存在なんてどうでもいいから、空くんの過去話、続けてほしいな)

 あーはいはい。わかってるって――――ってなんでウミ姉聞いてる⁉

 俺はウミ姉とハナを意識しないように自己整理してたのに!

(でも結局、私達の昔話してたよね。ツンデレだなあ、空くんは)

 あーあー聞こえない聞こえない。世界の秘宝とも言える美しい女神のような声なんて聞こえなーい!

(空くんってデレ方が特殊だよね)


 まあつまり、今まで俺としか話せなかったハナに、初めて家族みたいな友達ができたのだ。ハナは嬉しくて仕方なかっただろう。もともとハイテンション少女だったが、笑顔も増えた。俺も、そんなハナの笑顔を見て嬉しかった。


(あ、聞かなかったふりして話戻した)

 …………。

 うん。もう回想はできなそうだ。

 ウミ姉の存在がちらちらしていて自分の思考がまとまらん。

(私のせいにされても。せっかく、もう入学式終わるから呼びに来たのに)

 俺は、ハッと我に返った。

 みんな立ち上がってるじゃないか。

 ウミ姉、俺をからかってる暇あったら早く教えてくれ……。

(うーん、それはないかな? 私、空くんいじめるのすきだもの)

 はあ。知ってたよ。

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